僕と彼女が生きる道

はくすや

1

 僕の家に住み込みのメイドがやって来た。高性能AI搭載のヒト型アンドロイドだ。

 よくできていて五メートル離れたところから見ると人間の女の子にしか見えない。「彼女」はキャロラインといった。

 僕は国が推進する某事業のモニターとして選ばれた。

 一切お金がかからず家のことをしてくれるというので、期待していなかったが僕はそれを受け入れた。そうするしかなかった。

「今晩の夕食は何になさいますか?」キャロラインが訊いてきた。

「任せるよ」と僕は答える。

 僕の好きなもの、嫌いなもののデータはインプットされている。

 彼女が来る前に僕はネットで我が家の状況、趣味嗜好に関するアンケートに回答していたのだ。

 かなりの個人情報だったが僕は受け入れた。疲れていた僕には他に手だてがなかったのだ。

 献立を任せると答えると、彼女はこれまでの食事メニューと僕が摂るべき栄養素、そして僕の嗜好から最適なメニューを見つけ出し、それを提供してくれるのだ。

 曖昧な命令に対して最近のAIはかなり対応できるようになっていた。他愛のないお喋りだってできる。ここは笑う場面だとAIが判断すれば彼女は笑うことだってできるのだ。時には口論すら可能だ。

 まともに言い合えば理詰めの彼女には敵わないが、彼女の学習機能 は相当緻密にできているらしく、僕の言葉の抑揚や声量、声質を感知して普段と比較し、その上で僕の感情に配慮して自ら折れるといった高度な対応もできるのだ。

 これまでに集めた何万にものぼるデータを解析して、相手ごとに最適解を導き出す性能を持っていた。

 彼女自身は僕のようなモニターの相手を数人しただけだろうが、同じように世話をする仲間のデータが集約されてインプットされている。ある意味本物の人間よりも気配りができるのだった。

「おいしいですか?」

 目の前にズラリと並んだ手料理。よくこれだけのものを作ることができるなと感心する。彼女が来てから僕の健康状態はすこぶる良くなった。

「おいしいよ。君と一緒に食べられたらもっとおいしいのに」僕は言った。

 彼女は食事をとらない。必要に応じてバッテリーを交換するだけだ。

「私たちと一緒に食事ができたら良いという意見を多数いただきます。アンドロイドに食事摂取機能をつけることも検討されましたが費用対効果が小さいとのことで却下されました」

「良いんだよ。それは理解している」

「では私はお風呂をちょうだいいたします」

 キャロラインは立ち上がった。食事はしないが彼女たちは入浴するのだ。しかも「お風呂をいただく」という表現も使いこなしている。

 彼女の体は高性能の人工皮膚で覆われていた。皮下には人間の脂肪にそっくりな弾力性に富む素材が埋め込まれ、その手に触れても機械を感じることはない。

 それほど良くできたものだったためにメンテナンスが必要だった。

 静電気のせいなのかどうしても皮膚に埃がつく。目に見えない粉塵も積もれば垢のようになり、それが目や鼻、耳など穴が開いたところから中にはいると故障の原因となるようだ。

 だから彼女たちアンドロイドは自ら自分の体を綺麗にするようしつけられていた。

 初めて彼女が入浴する際、彼女は「覗かないで下さい」と言って微笑むような顔をした。恐らくはそのようにプログラムされているのだ。

 アンドロイドに感情というものがあるのか僕にはわからない。しかし彼女たちはヒトの感情を読みとり、それに対応するようにプログラムされていた。

 ここは恥ずかしがる場面だとAIが判断すれば恥ずかしがる仕草を見せるのだ。

「ゆっくり入っておいで」僕は言った。

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