最初の冬

結華「悠里、こっち。」


悠里「はーい。」


結華「ぼうっとしてると人とぶつかるよ。」


悠里「わかってるよ。…それにしても今日なんか着物着てる人多いね。」


結華「成人式だしね。」


悠里「あ、そっか。」


結華の姿を見失わないように

前を確と向きながら、

しかしその分多くの人と

ぶつかりそうになりながら

境内を歩いていた。


三が日はとっくに過ぎてしまったが、

年末年始に初詣に行っていなかったため

こうして結華と外に出ていた。

結華から言い出してくれなかったら

おみくじやらお参りやら

頭から抜け落ちていたままだったろう。


どうやら成人式の会場から

近い位置にあることも関係しているのか、

三が日を過ぎても

多くの人で賑わっていた。

もしかしたら受験生も

こぞって集まっているかもしれない。

もう来週には大学受験だ。

共通テストまで後1週間しかない。

高校3年生や浪人生の多くは

家の中で閉じこもり

最後の調整をしていることだろう。

はたまた心を落ち着けるために

あえて勉強し過ぎない体制を

とっている人もいるかもしれない。

私も2年後、そんな状況下になるのだ。

もし進学を選ぶとしたらの話だけど。


考え事をしていると、

いつからだろう、

目でずっと追いかけていたはずの

結華の姿が見えなくなっていた。

長くなってきた髪を

珍しくハーフアップにしているなと

長いこと思っていたはずなのに。

おしゃれすればちゃんと

可愛いのにななんて

思っていた矢先これだ。


悠里「結華ー。」


小さく声を出してみる。

これだけ人がいれば

迷惑になるかどうかなんて

考えなくてよかったな。

周囲の人が数人振り返る。

けれど、何事もなかったように

そのまま通り過ぎる。

声をかける人はもちろんいない。

いや、むしろ声をかけられたら

びっくりするまである。

もし私が小学生だったとしたら

声をかけられた方が危ないに違いない。


悠里「はぁ…。」


結局迷子になったのは

結華だと脳内で唱えながら

参道から外れて隅に寄る。

結華の誘いの、

偶には遠くに出かけようなんて

言葉に乗せられては

わざわざ東京まで来ていた。

近所の神社でよかったんじゃ

ないかと何度も思ったけれど、

年末年始、どうやら私抜きで

大切な話し合いを

何度かしているようだった。

私がリビングに降りると

会話が不自然に始まった

…ような気がしたり、

何となく避けられているように感じた。

だから、今日はお父さんとお母さんの

2人で大切な話があるから

遠くまで来たのかな…なんて思ったり。

人は9割が思い込みだって言うから

本当にそんな気がするだけかもしれない。


隅でスマホを開き、

結華に外れた旨を伝える。

その時、たまたま目の前を通った

3、4歳くらいの子供と目が合った。

お母さんと手を繋いでいるようだ。

人も多いし当たり前のような

光景なのかもしれないけれど、

それが何故か尊く見えた。

その時。


悠里「…!」


子供が笑いながら手に持っていた

小さな袋をかしゃかしゃこちらに振った。

お菓子やらお守りやら

買った後の袋だろうか。

どうにも微笑ましくって手を振った。

すると、子供は笑顔のまま

お母さんに向かって何かを話した。

ぴょこぴょこ跳ねていて

転びそうで不安になる。

すぐに人の足に揉まれて

見えなくなってしまったけれど、

何だか幸せのお裾分けを

してもらったような気持ちになった。


その後わずかの間ぼうっと

流れる人を見ていると、

何だかスペースデブリのようなんて思った。

すると、突如として隣から声がする。

同時に肩を叩かれた。


結華「悠里。」


悠里「あ、ごめんごめん。」


結華「こんな短時間ではぐれるなんて。」


悠里「迷子になったのは結華だから。」


結華「はいはい。迷子は黙ってて。」


悠里「当たり強いなあ。」


結華「昔はもっとばちばちしてたんだよ。」


悠里「どっちが?」


結華「どっちも。」


悠里「じゃあ今は平和?」


結華「それも違うかな。」


悠里「何それ、紛らわしいね。」


結華「そんなもんだよ。」


結華は話を早々に切り上げたかったのか、

それともそもそもこのくらい

言葉数は少なかったか、

そのままお参りの列に並ぶ。

人の隊列はこうも崩れないものかと

不思議に思いながら隣を見る。

今度はちゃんと結華がいた。


お参りを済ませて、

今日は少し浮ついているのか

おみくじを買うと言う結華についていく。

おみくじを買うにも列ができており、

年末年始流石と言わざるを得ない。

思えば人って占いとかおまじないとか

好きだよなって思う。

知らないことを知れるのがいいのかな。

それとも、それを知って

未来に役立てたり抗ったりしたいのかな。

私の場合なんだろう。

結華の場合は?


…言わずもがな

ただの娯楽なんだろうな。


結華「悠里、どうだった?」


悠里「私?これ。」


おみくじを引いて早々

自分のは見ないままなのか、

私のおみくじを覗きに来た。

そこには凶と書かれており、

旅行はすべきでないだの

勉学には気を抜かず励めだの

少し手厳しい言葉が多く書かれていた。

新年早々これだなんて

ちょっとは…いや、だいぶ

出鼻を挫かれた気分になる。


結華「あらら。」


悠里「ある意味運がいい。」


結華「ポジティブだね。」


悠里「上がってくしかないよ。結華は?」


結華「半吉。」


悠里「半吉?」


結華「私も初めて出した。書いてあることはなんとかするなだとか、凶と似てるような書き方だけど。」


悠里「でも吉ってあるよ。」


結華「でも半分だよ。」


悠里「確かに。」


結華「結んでっちゃおう。悪運は使い果たした。」


悠里「そうだそうだ。」


2人でばらばらの位置に結ぶ。

こう言うところは双子だろうが

さっきまで隣にいようが

隣には結ばなかった。

双子ではあれど

別々の人間だと言わんばかりに。


結華「今年は…今年から来年度は怒涛の日々になりそうだね。」


悠里「そうかな。」


結華「だって凶と半吉。」


悠里「あはは、まあそうかも。」


結華「あ、でも悠里は繊細だから気にし過ぎないでよ。」


悠里「それで言うなら結華もだよね。」


結華「え?」


悠里「繊細なの。」


結華「…そう思う?」


悠里「そう見える…時がある。」


結華「じゃ、私はまだまだだね。」


悠里「鈍い方がいいの?」


結華「そんなことないよ。どっちもどっちだよ。」


悠里「どっちもいいよ、とは言わないんだ。」


結華「両方メリットとデメリットがある。なら、どんぐりの背比べだよ。」


悠里「そういう見方もあるんだね。」


結華「悠里はどう?」


悠里「私?」


結華「鈍感な方がいい、繊細な方がいい?」


悠里「自分だったらってこと?」


結華「そう。」


悠里「うーん…ないものねだりでしかないから、答えは出ないよ。」


結華「今だったら鈍感さが欲しいってこと?」


悠里「うん。でも、実際鈍感になったら結局それの悪いところが見えちゃう。繊細がよかったって考えると思う。」


結華「ほら、どっちもどっちでしょ。」


悠里「そうだね。でも、どっちもいいもんだよって思っていたいな。」


結華「未来志向っぽいね。」


悠里「そんな結華は堅実的そうだよね。実際そうだし。」


結華「堅実と繊細が両立すると思う?やっぱり私は繊細じゃないよ。」


悠里「うーん、両立するとおもうよ。」


結華「どうして?」


悠里「繊細だから堅実になるんじゃないの?不安だからとか、きちんとしてないと気が済まないからとか、そう言うことが理由でちゃんとするんじゃないのかなって。」


結華「じゃあ私は違うよ。」


悠里「違うの?」


結華「そう。」


悠里「でも、結華はきちんとしてるよ。センスや才能もあるし。」


結華「才能どうこうは置いておいて、きちんとするのには達成したい目標があるからだよ。不安とか、そんな感情論じゃない。」


悠里「感情じゃないの?達成したいの裏には達成しなきゃもあるはずだよ。」


結華「で、遠回りした話をしたけど、結局何だっけ。」


悠里「結華は繊細で優しいってこと。」


結華「じゃあ悠里も同様ってことで。」


悠里「私もなんだ。」


結華「そりゃあ。思い当たる節なんて沢山あるでしょ。」


悠里「…まあ、そうかもね。」


結華「芸術の分野に似合ってると思うよ。」


悠里「ありがとう。もっとペット頑張らなきゃな。」


結華「それ以外にも。いろんなものに触れてごらんよ。私に頼らずとも。」


悠里「外には出てるつもりだけどなぁ。」


結華「うん、それは完全につもりなだけだね。」


悠里「あー、耳が痛い。早く明日になって学校始まらないかな。」


結華「すぐにテストだよ。」


悠里「でも、そうなったらちゃんと毎日外出るよ。」


結華「そうだね。」


ふらり。

1歩だけ前を歩く。

結華とは双子だけど、妹らしいけれど、

妹らしからぬ姿をいつも見ていた。

私の記憶が初期化されたのも

関係しているのだろうか。

そしたら、多くの負担を

結華に背負わせてしまっている。

その少しでも私が背負えたら。


悠里「ねえ。」


結華「ん?」


悠里「今年はたくさん手伝うよ。」


結華「…。」


悠里「結華?」


結華は振り返ることなく

さらさらな髪を冬風に乗せながら言った。


結華「…ありがとう。」


悠里「えへへ。」


その言葉は妙に落ち着いていて、

まるでお世辞でもいいから

受け取っているような、

しかし反面噛み締めているような。

顔を見せようとしない

その凛々しい後ろ姿だけじゃ

私はわからなかった。


私にとっての最初の冬は

清々しいほどの晴れ。

なんとも言い難いほどに心地よかった。

それにやっと気づいた。

きっと誰かも気づいてた。






繰り返し 終

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