第25話 亡霊少女

「……とんでもない騒ぎになってるな」


 スマートフォンで時間を確認しようとした瞬間、春雪はあるネットニュースが目に入った。


『参加者二名が死亡。観客が三十人失神。今回のリボルトは呪われた大会』


 リボルトに出場しているマギストスとサスペンドの二名が死亡、彁の魔力で失神した観客達、これらの出来事が早くもネットニュースに取り上げられていた。


「大会どうなるのかな?」


「リボルトの公式アカウントを確認したが、今日は予定通り準々決勝まで続行するみたいだ。規模の大きな大会だから、簡単には中断できないんだろうな」


 公式アカウントにある最新のトーナメント表を見ると、棄権している選手が何人かいた。


(……この異常事態で棄権する選手が現れるのは無理もないか)


 選手の棄権に加えて、会場で死人も出ているが、大人の事情で大会は続けるようだ。

 

「ぜ、全部、私のせいだ……。ごめんなさい……」


 彁ではない女性の声が室内に聞こえた。


(彁の声じゃなかったよな? 誰だ?)


 女性の声が聞こえたのは背中側だ。春雪は恐る恐る背後を振り返る。

 春雪の背後にいたのは、サスペンドであった。彼女の身体は透けており、身体越しに背後の壁が見えた。 


(どう見てもサスペンドだよな……)


(亡霊になって漂っているってことは、あの子はこの世に未練があるみたいだね)


(未練か)


 サスペンドは暃に理不尽に殺された挙げ句、死体を操り人形にされている。少女がこの世に未練を残していてもおかしくはない。


「うぅっ……。ごめんなさい……私があの死神の道具にされたせいで……」


「今回の件は君のせいじゃない。君は被害者だ」


「操られていたとはいえ、私は人殺しにもなって……」


 両手で頭を抱えるサスペンドは、マギストスを殺したことに責任を感じていた。


「うぁぁっ……。ごめんなさいごめんなさい……」


「マギストスを手にかけたのは君じゃない。暃だ。君が謝ることなんて何もない」


「うぅぅっ……あぁぁぁぁ……。許して許して許してぇっ……」


 サスペンドは泣きながら謝罪を続けて、会話が成立する状態ではなかった。自責の念に苛まれている少女は、自分をひたすら責め続ける。

 春雪と彁はサスペンドが泣き止むまで黙って待っていた。



 十分後――。


「最強神さんにもとっても迷惑かけたよね……」


 泣き疲れたからか、サスペンドは話ができるくらいには落ち着いていた。


「本当にごめんなさい……」


「謝るのはなしだ」


「で、でも……」


「暃に俺と戦わされたことなら気にしなくていい。強い相手と戦えて楽しかったくらいだ」 


「そ、そうですか。最強神さんと――」 


「死神の彁だよ」


 彁はサスペンドの視線を感じると自分の名前を教える。


「最強神さんと彁さんには感謝してもしきれないや……」


 サスペンドは身につけている仮面を外す。

 仮面が外れて露わになったのは、外ハネにした銀髪のショートへアーと宝石のように輝く赤色の瞳であった。

 可愛らしい顔立ちだが、眉毛は八の字で気弱な性格が顔に現れていた。


「仮面外して大丈夫なのか?」


「恥ずかしいけど、恩人の前で仮面をつけたままなんて失礼だし……」


「おおっ。私ほどじゃないけど中々可愛いね~」


「どう見てもお前より可愛いぞ」


「何だとぉっ!?」


 抗議の声を上げる彁を無視して、春雪は会話を続ける。


「……二人に名前教えてないよね。私、椎葉葵しいばあおいっていいます」


 少女は素顔だけではなく本名まで春雪達に明かし始める。春雪も自分の名前を葵に教える。


「成仏できずに亡霊になっちゃったけど、葵ちゃんはこれからどうするつもり?」


「どうすればいいのかな……」


 復讐しようにも自分を殺した暃は既にこの世にいない。葵の心に残っているのは空しさだけであった。


「葵ちゃん、行くところがないのなら私達と一緒に行動しない?」


「え、えっと……」


 彁に提案されると、葵は縋りつくように春雪を見つめる。


「俺は構わないよ。うるさい死神と共生しているし、今更一人増えても別に問題ないから」春雪は彁を指さす。「こいつの話し相手にでもなってやってくれ」


「気になったんだけどさ、葵ちゃんはどうして仮面をつけてたの?」


(……確かに気になるが、デリカシーのない奴だな)


「大会に出たばかりの頃は、顔出しで出場するのが恥ずかしいからつけてたの。大会に慣れてきたら、仮面は外すつもりだったけど……」


「俺の知る限りだと、椎葉ちゃんは上位のプロになっても仮面を一度も外してなかったよね?」


「えっとぉ……。顔出ししないミステリアスなキャラが思いの他、人気が出ちゃってぇ……。所属しているチームからも私の素顔は出さない方針にされたし……」


 素顔が分からない女性プロゲーマー(しかも国内トップレベル)。人気が出るには十分過ぎる要素だ。


(予想外に人気が出てしまって、本人の意図しないキャラ付けを周りに強いられたわけか。彼女の性格的にそういうことを断れないだろうしな)


 葵の口から謎のプロゲーマー『サスペンド』の意外な秘密が発覚する。


「椎葉ちゃんに聞きたいんだけど、帝王ミカドと対戦経験はある?」


 春雪は葵から次戦の相手――帝王ミカドの情報を集めようとする。


「彼とは何度か戦ったけど私の全勝だったかな。私のロキがヴェルグに有利相性なのも原因だけど」


「葵ちゃんに勝ったマスターならミカドは楽勝だね!」


「いや、楽勝とは言い切れないぞ」


 ミカドに全勝している葵に勝ったからといって、春雪がミカドより強いとは限らない。

 葵が言ったように使用キャラの相性もある。


「葵ちゃん、煽りカスクズミカドに何か弱点とかない?」


「……彁ちゃん、ミカドに対して当たりがやけにキツいね」


 春雪は彁とミカドの因縁を葵に説明する。


「うーん……。ミカドの弱点――弱点かぁ……」少し考え込んだ後、葵はミカドの弱点を思いつく。「一つあったかも」


(ミカドに何か弱点があるのか)


「実際に戦った時の印象だけど、ミカドは試合が自分の思い通りに進まない時、動きが雑になるように見えたかな」


「ミカドはノワールのように、メンタルがプレイに出やすいタイプみたいだな」


「メンタルといえば、予選で決闘したノワールも二セット目で動きが崩れてたね」


「格ゲーは実力だけじゃなく、メンタルも重要な要素だからな」


「そうだ! マスター、試合中に屈伸煽りしよう!」

(その手があったか――いや、ないな)


 有効な手かもしれないと一瞬考えてしまったが、春雪はすぐに思い留まる。

 大会でマナー違反の煽り行為なんてすれば、下手すれば出禁になりかねない。


「……弱点かは分からないけど、ミカドに関して一つ気になることが」


「椎葉ちゃん、それも教えて欲しい」


「ミカドが私以外に負けた時の試合だけど、妙に場外負けが多かったような気がしたの……」


(ミカドはりっちゃんに近いプレイスタイルだった。前に出て攻める立ち回りなのに、ステージ端に飛ばされる場外負けが多い――確かに引っかかるな)


 春雪はミカドの敗因について考察する。そして、春雪はある一つの可能性を思いつく。


「ミカドの致命的な弱点が分かったかもしれない」


「えっ……。私の話で何かに気づいたんですか……?」


「私達に教えてよマスター」


「まだ確定じゃないが、追い詰められた時のミカドは逃げ癖があるかもしれない。それが場外負けの原因だろう」


「劣勢時に後ろに下がり過ぎる――春雪さんの仮説は当たっているかも!」

 

 思い当たる節があるのか、ミカドと対決したことがある葵は春雪の仮説を肯定する。


「ちょっと待って。葵ちゃんと戦っている時、ミカドが場外負けしなかったのは何で?」


「ロキは相手に攻めを強いる戦い方だ。逃げる相手に自分も逃げてたら決着がつかない」


「あっ。そういうことか」

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