第24話 死滅神将星華

「……マスター」


 控え室のソファーの上で眠っていた春雪は、彁の声で目を覚ます。


「よかったぁ! 目を覚ましたんだね!」

「ここは――俺の控え室か」


 春雪はソファーから身体を起こす。


「私が意識のないマスターをここまで運んだんだよ」 

「……どれくらい俺は気を失っていた?」

「三十分くらいかな。まだマスターの試合じゃないから安心して」


 気絶している間に不戦敗になっていないのを彁に確認すると、春雪は安堵する。


「途中から何が起きたか分からないが、暃はどうなったんだ?」

「私が倒したよ」

「彁が倒した? あんなにやられたのにか?」

「あんなの私の切り札を使えば一発だよ」

「彁の切り札――死滅神将星華ってやつか?」


 春雪は気絶する前に彁が呟いていた単語を口にする。


「あー……。忘れてて欲しかったけど、覚えていたんだ」

「記憶力はいいからな。彁が暃に何をしたのか教えてくれないか?」

「……分かったよ」


 彁はしばらく考え込んだ後、自身の切り札について話し始める。


「私の切り札は封印を解いて本当の姿――星華に戻ることなんだ」

「彁が本当の姿に戻るとどうなるんだ?」

「封印している三つの能力が発動するんだ」彁は右手の指を三本立てる。「一つ、私の姿を見た者は死ぬ。二つ、私の声を聞いた者は死ぬ。三つ、私に触れられた者は死ぬ。命あるものに対して無差別に発動する能力だから、普段は封印して力を抑えているけどね」

「彁が目を閉じるように指示したのは、俺を巻き込まないためか」

「そうだよ。私の姿を見たらマスターも死んじゃうからね」


 彁の能力については把握したが、自分が失神した理由が春雪には分からなかった。


「気絶する前に酷い頭痛になったんだが、俺が頭痛で失神したのも彁の能力のせいか?」

「それは能力じゃなくて、私の魔力に当てられちゃったのが原因だね」


 彁が星華に戻ったのは一分程度だったが、春雪のように彼女が放つ魔力に耐えられず体調を崩した人間は会場に何人もいた。


「本気になれば暃を瞬殺できるくらい強いみたいだが、彁は何者なんだ?」

「私は死神から作られた死神だよ」

「作られた死神だと? 他の死神は何のために彁を作ったんだ?」

「科学が発展して、人間って昔よりも長生きするようになったでしょ。この星の増え過ぎた命を間引くために私は作られたんだ」

「彁は人間を減らすための死神――それっておかしくないか? 確か、死神が生きるのに必要なのは人間の寿命だろ。人間を減らして困るのは死神じゃないのか?」

「人間を減らし過ぎたら困るのは事実だけど、多過ぎるのも駄目なんだよ」

「どういうことだ?」

「この星で存在できる命の総数は決まっているんだよ。その数を越えたら――この星は滅びるんだ」

「は?」

「花や虫、犬、猫、人――この世の生命は存在しているだけで、地球のエネルギーを吸い取っているんだ。星のエネルギ-が尽きた瞬間、地球は全機能を失い自壊する」


 彁が神妙な面持ちで生命と星の関係を語る。


「歴史に残っている大規模な自然災害や疫病も実は偶然じゃない。死神の仕業なんだ」


 彁は星の崩壊を阻止するために、死神達が何千年も暗躍していたことを明かす。


「彁、一つ確認したいことがある。お前は人を減らすために作られた死神だって言ったな」

「うん」 

「……彁は自分の力で人を殺したことはあるのか?」

「あるよ。殺した数は暃よりも確実に多いはずだよ」


 彁の返答は、春雪が期待していた答えとは真逆であった。


「そうか……」

「マスター、正直に言っていいよ。私みたいな殺戮装置と一緒にいたくないよね?」


 彁の正体を知った春雪は答えに窮する。


「……マスターとはもうお別れだね。短い間だったけど、マスターと一緒にいた日々は楽しかったよ」


 彁は笑みを浮かべるが、普段の笑顔とは違うぎこちない表情であった。


「何言ってるんだ。俺がいつお前と別れたいなんて言った? そんなこと一言も言ってないだろ」

「……口に出さなくても、私みたいな化物と関わりたいなんて思ってないでしょ!」


 過去のトラウマを思い出し、彁は春雪を拒絶する。


「マスターの前に契約した人達は皆そうだった! どんなに仲良くなっても、私の前から皆いなくなった!」


 ――失せろ人殺し。

 ――その力で私も殺すつもりなんでしょ!


 自分に友好的だった人間達が態度を一変させた瞬間を、彁は今でも鮮明に覚えている。

 人間だけではなく、ほとんどの死神からも彁はその危険過ぎる能力が原因で疎まれていた。

 人間からも死神からも忌み嫌われた彁には、親友と呼べる存在が誰もいなかった。


「お前、案外めんどくさい奴だな」


 春雪は溜息混じりに呟く。


「昔のことを気にしているみたいだが、彁が殺戮装置なのは過去の話だろ」

「……私の手が血で汚れているのは事実だよ」

「彁が想像していたより百倍恐ろしい死神なのは驚いたが、俺は彁の過去なんか気にしてない。彁は自分で能力を封印しているしな」


 彁は能力を封印し、死神の役目を放棄しているが、彼女を作り出した死神達がそんなことをまず許可するわけがない。

 彁は自分の意志で明確に死神を裏切っているのだ。


「俺の知っている彁は、クソ生意気なガキで俺と同じゲーム好きだ」

「マスター……」

「お前の過去が血塗られたものでも、俺はお前を受け入れる。ゲーム好きに悪い奴はいないってのが俺の持論だ」


 春雪は彁の隠していた秘密を全て受け入れる。


「ねぇ、それ本気で言ってるの……!? 私は死神に作られた殺戮装置なんだよ!」


 彁は感情的に叫ぶ。


「……恥ずかしいから何度も言いたくないんだが、もう一回だけ同じことを言うぞ。俺はお前を受け入れる」

「何なのさ……もう……。普段はダメダメなのにこういう時はカッコいいんだから……」


 彁は千年以上生きていたが、自身の秘密を明かしても受け入れてくれた人間は春雪だけであった。

 

「俺に惚れたか?」

「……マスターに惚れるとかないから」

「いつもの彁らしくなってきたな。これからもよろしく頼むぜ、相棒」

「……駄目マスター。私がいないと何もできないんだから」


 いつもらしく悪態をつく彁は、満面の笑みを浮かべる。

 種族の壁を越えて、ゲーマー二人の結束が深まった瞬間であった。

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