第23話 場外戦④「暃の末路」
「……くだらん」
試合の形勢が覆ろうとした瞬間――暃の触手が勝負に横槍を入れる。
彁は暃の動きを一早く察知し、春雪の顔に伸びる触手を鎌で両断する。
「何のつもり?」
「貴様らの茶番に付き合うのはここまでだ」
暃は最初から正々堂々と戦う気はなく、不利になれば春雪を殺すつもりであった。
「彁!」
「私のことは気にしないで! マスターは勝負に集中して!」
「この俺と対峙して余所見している余裕があるのか?」
暃の拳と彁の鎌がぶつかり合う。
「マスターの邪魔はさせないから」
「……貴様っ」
体格差があるにも関わらず、彁は力負けしておらず暃の拳を押し返す。春雪を狙う触手を彁は再び鎌で切り落とし、暃に接近すると、彼は後方に跳躍して距離を取る。
二人の死神が場外戦を始める中、春雪は相棒を信じてゲームに意識を移す。
(彁が戦ってくれている間に、勝負を決めないとな)
今まで逃げの戦術を取っていたロキが攻勢に出る。
隠れながら戦うのを止め、ロキは口から毒液を吐き出す。
リーチの長い尻尾以外にもロキは毒液という厄介な技があった。毒液は当たれば一定時間体力が減少する毒状態になる。
ギルスは左にダッシュして毒液を避ける。
(隠れながらネチネチ攻めるのは止めるようだな)
尻尾や毒液を主体にロキは離れた位置で戦い始める。
攻め側にリスクがある分、今までの逃げ戦術よりは大分マシだが、厄介なのは変わらない。
相手とのリーチの差もあり、ギルスは防戦一方で後退していた。毒液や尻尾を避けながら、ギルスが後ろに下がっていく。一見すると攻めに押されているように見えるが、春雪の想定している展開であった。
(よし。この辺りだな)
前方に邪魔な武器がない位置までロキを誘導することが、春雪の目的であった。この位置ならば、ステージギミックに阻まれることなく、ロキに接近できる。
ギルスが前方にダッシュすると、ロキの尻尾や毒液が接近を阻止する。
(見える)
全盛期の春雪の強みは、現在の彼にはない反応速度と判断の速さだ。
相手の動きを的確に予測し、ギルスは毒液も尻尾も完璧に避けていく。
豊富な実戦経験に基づく予測と若い頃の反射神経が合わさり、春雪は弱点のないプレイヤーと化していた。
ロキの攻めを上回り、槍の届く距離まで近づくと、敵は地面に刺さった
(逃走ルートも計算済みだ)
ロキを誘導する時、逃走ルートが一カ所しかない場所を春雪は選んでいた。
ギルスはロキの逃走場所を先読みし、槍の突進を食らわせる。ダッシュ攻撃でダウンしたロキにギルスは追撃し、立て直す間も与えない。
ギルスのコンボの途中でロキの体力が尽きる。
春雪に敗北したサスペンドは、コントローラーを落とし、力なくへたり込む。
(……彁は?)
決闘には勝ったが、暃と戦っている彁の姿が見えない。
春雪が会場を見渡していると、傷だらけの彁が横たわっていた。
「愚かだな。人間共を無視して、俺を倒すことに集中していれば多少は勝負になっただろうに」
「くぅっ……」
春雪がサスペンドと試合している間、彁は暃の攻撃から春雪や観客を守っていた。
「彁! 大丈夫か!」
春雪がボロボロの彁に駆け寄る。
「……マスター、決闘はどうなったの?」
「俺が勝った」
「マスターなら勝てると信じてたよ」彁は鎌を杖代わりにして立ち上がる。
「俺の人形は敗れたか。ちっ。役立たずが」
「決闘の勝者は俺だ。約束は守ってもらうぞ」
「約束? 何のことだ?」
暃は決闘前の約束を反故し、触手を用いて春雪を殺そうとする。触手の鞭が直撃する寸前、彁が身を挺して春雪を庇う。
「ぐぁっ!」
触手に頬を打たれると、彁の小さな身体が横転する。
「……あなたも死神の端くれなら、人間との約束くらい守りなさいよ」
彁は着物の袖で口角から流れた血を拭う。
「俺は下等な人間よりも強い。弱者との約束を守る義務などないな」
「強者は弱者に何をしてもいいっていうのがあなたの理屈なんだね。それなら、私がやり返しても文句は言わせないから」
「ようやく本気になったか。この俺が貴様の秘めている力を奪い取ってやる」
暃は彁に会った時から、彼女が力を隠していることに気づいていた。
彁との場外戦で秘めている力が解放されることを期待していたが、彼女は全く本気で戦っていなかった。
「マスター、私がいいって言うまで目を閉じてて」
(前に話した切り札を使うつもりか)
春雪は相棒を信じて両目を閉じる。
「……真名解放『
彁は自身に課している封印を解除し、本当の姿――星華へと変身する。
暃と同じくらいまで巨大化した彁は異様に長い両腕で、下半身は蜘蛛の腹部のように膨らんでいる。
黒い着物は変身前と変わらず、長くなった赤髪が目元を隠していた。
おぞましくも美しい異形へと彁が変貌すると、暃は生まれて初めて恐怖を抱いた。
彁には勝てない。
生物としての格が違うと、暃は理解させられたのだ。
「何だと……!? お、俺の身体が……!」
星華の姿を視界に収めただけで、暃の手足が溶け始める。
自分の姿を見た他者の肉体を崩壊させる。それが星華の持つ能力の一つだ。
暃の屈強な手足や触手は、星華の力の前には無力であった。
「何故だ……! 何故、それほどの力を持ちながら……力を封印していた……!?」
星華は暃の質問には答えず、彼の頬に右手で触れる。すると、肉体の崩壊が加速し、液状化した暃は床の染みになった。
力を求めた死神は、自分よりも強い強者に呆気なく消滅させられたのだ。
星華の巨体が薄れていくと、彼女は彁へと戻る。元の姿に戻った彁は無傷の状態であった。
「マスター、もう目を開け――」
彁の声が途中から聞こえなくなり、尋常ではない頭痛に春雪はふらつく。
(な、何だ……? 急に意識が……)
頭痛は段々と悪化し、内側から頭蓋骨を針で刺されているようであった。
意識を保てなくなり、春雪はゆっくりと倒れる。
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