第22話 場外戦③「縦横無尽」

 命を賭けた決闘が始まると、ロキはステージを縦横無尽に駆け回る。アザレアに次ぐスピードを持つロキは、機動力ではギルスを遙かに上回っていた。

 地面に刺さった武器を遮蔽物にしながら、ロキの尻尾がギルスへ伸びる。ギルスは横に槍を一閃し、尻尾を弾き飛ばす。


(暃の野郎、ロキが戦いやすいステージを知ってやがる)


 ロキは全キャラで最も身体が小さい上、尻尾を使ったリーチの長い攻撃ができるため、隠れる場所の多いステージが得意だ。

 更に厄介なのが、ステージ中の武器がギルスの動きを制限していた。


(やりにくいな……)


 身体の小さいロキはギミックの影響をほぼ受けないが、ギルスの方はそうはいかない。

 地面に刺さっている剣に接触しないように動くと、狙い澄ましたかのようにロキの尻尾がギルスの身体を打つ。

 吹き飛ばされたギルスの背中が大剣に触れると、ギルスの体力が二割ほど削れた。

 ロキは攻撃力の低いキャラだが、ステージギミックが攻撃力不足という弱点もカバーしていた。


(相手はステージを味方にして、俺をじわじわ嬲り殺すつもりだな)


 生前のサスペンドは逃げや待ちが主戦術で、彼女はプロプレイヤーの中でもトップクラスに防御が上手い。彼女のロキは大会でタイムアップまで逃げ切り、判定勝ちすることもしばしばあった。


(下手くそな待ちなら崩しやすいだが、流石は国内六位のプレイヤーだ)


 ロキはステージの武器を壁にし、ギルスを一方的に攻めていた。ギルスは攻撃をガードするが、完全には防御しきれなかった。

 槍で反撃しようにも、ロキは武器の陰に隠れてしまう。


(博士との試合みたいにブラストから麻痺させるのはどう?)


(あれが通用するのは、近距離でブラストを決めた時だけだ)


 麻痺をさせる前提条件として、ブラストでダウンさせた後、下段蹴りを食らわせるために相手に近づいている必要がある。

 今回のように離れた位置で、遮蔽物に阻まれている状態ではまず決まらないのだ。ギルスの主力技であるカウンターが使えないのも同じ理由だ。


(逃げながら攻撃するなんて汚い! 卑怯者!)


(ガン逃げもルールに則った戦術で、時止めのような反則じゃないんだ。対応できてない俺が悪い)


 春雪は相手の戦術を破るために隙がないかを探る。


「期待外れだな。大口を叩いておいてこの程度か?」


 暃は春雪を挑発する。


「黙ってろ。俺を追い詰めているのは、お前じゃない。彼女だ」


「戦っているのは俺の人形でも、勝てば俺の勝利に代わりはない」


 試合開始から十分経過したが、ロキに試合の主導権をずっと握られており、ギルスは相手に一撃も食らわせていない。 


「得意のゲームでも圧倒される気分はどうだ猿?」


(マスター、このままだと負けちゃうよ……)


 試合の残り時間は五分で、相手にダメージを与えられずタイムアップになれば確実に判定負けだ。

 

(相手が近づいて攻めてきたら、カウンターとかできるのにぃ……)


 時間切れになれば判定勝ちのため、ロキが強引な攻めをすることはまずない。攻めなければならないのは、ダメージを受けているギルスの方だ。

 だが、逃げに徹した相手を攻め倒すのは容易ではない。


(あのトカゲに弱点とかないの?) 


(弱点はある)


 ロキの尻尾を用いた打撃はリーチが長いという優位アドバンテージがあるが、尻尾に当たり判定があるという弱点もあった。

 つまり、尻尾に何らかの攻撃を合わせることができれば、ロキが離れた位置にいてもダメージを与えられるのだ。


(ようやく相手の動きも少し分かってきた)


 劣勢の状況でも春雪はロキの動きを観察していた。

 初対戦の相手なので時間はかかったが、春雪はサスペンドの行動パターンをある程度分析できた。


(どう攻めて来るか上手く予測できれば反撃できるが……)

 

 ロキの弱点を突くには、二つのポイントで相手に読み勝つ必要がある。

 第一のポイント――尻尾は攻撃時に角度を調整でき、上段・中段・下段にシフトできるため、三パターンの攻めから正解を選ばなければならない。

 第二のポイント――尻尾の動きを読めたとしても、ギルスの攻撃を尻尾にぶつけるにはタイミングを完璧に合わせなければならない。

 この二つの読み合いに勝てない限り、春雪はロキを攻略できないのだ。


(尻尾のシフト方向は三種類あるが、攻め方に大きな偏りはなかった。かえって読みやすい攻め方だ)


 春雪はサスペンドの癖で一つ気づいたことがあった。彼女は『尻尾のシフトを被らないように使用している』のだ。

 ロングレンジの尻尾攻撃は上段から下段、下段から中段等のパターンはあっても、上段や下段の連続使用は一度もなかった。


(……サスペンドは攻めの緩急を上手くつけている。反撃するタイミングが大事だな)


 相手が攻めてくるタイミングは何となく掴めてはいる。しかし、まだ完璧には読み切れていない。そのため、春雪は自身の直感を信じるしかなかった。

 ギルスは上段シフトの尻尾をガードする。


(今までの傾向からもう一度上段はない! 次は中段か下段の二択だ!)


 春雪は相手が中段を選ぶと予測し、やや早めに強攻撃のボタンを入力する。 

 シフトの読みも反撃のタイミングも完璧で、ギルスの槍がロキの尻尾を一閃する。

 尻尾に攻撃を食らうと、ロキが怯んで動きが止まった。今まで逃げ続けていたロキに近づく絶好の好機であった。

 

「ようやく近づけたぜ」


 ギルスがロキとの距離を詰めると、弱攻撃を連打する。


(やっと近づけたのに、連打コンボで終わらせるの?)


 ブレイブソウルズでは初心者向けのシステムとして、弱攻撃を連打するだけで自動的にコンボになる『連打コンボ』が各キャラに設定されている。

 連打コンボは誰でも安定して出せる連続攻撃だが、その分威力が低いというという難点があった。

 

(そんな温い攻めで終わらせねぇよ)


 ギルスは四段目まで連打コンボを続けた後、中段強攻撃、弱攻撃を三回と技を繋げていく。

 槍で足払いする下段強攻撃をロキに食らわせると、ギルスはジャスティスクラッシュを放つ。しかし、必殺技ジャスティスクラッシュはロキに受け身で避けられてしまう。


「……上手くいかなかったか」


 ギルスの下段強攻撃には三割の確率で相手を転倒させる効果がある。転倒中は受け身もブラストもできないため、ロキが転倒していれば必殺技で倒せていた。 


(体力が残っちゃったね。また逃げられるよ……)

(いや、今までのような逃げはもうできない)


 ロキは体力が少ないこともあり、不完全なコンボでも瀕死になっていた。

 ロキの残り体力はギルスを下回っているため、逃げ続けても判定勝ちは狙えない。つまり、相手の方から攻める必要があるのだ。

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