第21話 場外戦②「命を弄ぶ者」

 春雪は控え室に続く廊下でサスペンドを待ち伏せし、ターゲットが現れた瞬間に声をかける。


「時間が空いているなら、俺と対戦しようぜ」


 サスペンドは首を横に振り、春雪との対戦を拒否する。


「言い直した方がよさそうだな。サスペンドの後ろにいる死神――俺と戦えよ」

 

 春雪はサスペンドの背後にいる死神に鋭い視線を向ける。


「人間にこの俺が見えているだと……?」


 死神は予想していない事態に僅かに困惑するも、すぐに冷静さを取り戻す。


「下等生物に俺の姿が見えていたとしても、ここで殺せば何も問題ないな」


「マスターには手出しさせないよ」


 巨人が春雪の頭に手を伸ばそうとすると、彁の鎌が横から伸び、刃が死神の右腕に触れる。


「その気配……貴様は人間に近い姿をしているが、死神だな」


 巨人は彁が乱入すると、すぐさま右手を引く。


「貴様ほどの力を持った死神が、どうして下等な人間さると一緒にいる?」


(あの化物、彁を恐れているのか?)


 彁と対面してから、巨人は彼女の一挙手一投足を警戒していた。


「マスターは私の大事な契約者なんだ。お前なんかにやらせないから」


「……理解できんな。お前が力を解放すれば、人間共を容易く根絶できるはずだ」


 彁が臨戦態勢に入ると、巨人は数歩後ろに下がる。


「そんなことするわけないだろ。私は人間が大好きなんだ」


 相手に戦意がないと悟ると、彁は左手に握っている鎌を消失させる。


「まだ返事を聞いていないが、俺と勝負するかどうか答えろ」


「大会が進めば貴様とはいずれ戦う。ここでやり合う必要はあるまい」 


「駄目だ。今すぐ俺と戦え」


 他の犠牲者を出さないためにも、眼前の死神はすぐに対処する必要があった。


「さっきの試合みたいに俺も寿命を賭けてやる。その代わり、俺に負けたらこの会場から消えやがれ」


「死神を味方につけただけの猿が、この俺と対等に取引できると思うなよ」


 巨人は人間を見下していることを隠そうともしていなかった。


「俺が貴様のルールに従う必要などな――」


「マスターが負けたら私の魂を食らい尽くしていい。これでも不服?」


 彁の提案に巨人は口角を吊り上げる。


「貴様の魂か……最高だ。その勝負、受けてやろう」


 彁が新たな条件を提示すると、巨人は態度を一変させる。


「貴様の魂を食らえば、俺は最強になれる」


「へぇ、お前も最強になりたいのか。俺と同じだな」


「俺の目的を貴様のやっている道楽と一緒にするな」


「最強の死神になって、あなたは何がしたいのさ?」


「死神の掟を壊すために、俺以外の死神を全員殺す」


「死神を皆殺しにするのが、どうして掟を壊すことに繋がるんだ?」


「死神と契約しているのに、何も知らないようだな」


 春雪を見下ろす巨人はくくっと笑う。


「死神の掟とは、俺やそこの女も含む百八体の死神が成立させているルールだ。死神の数に比例してルールの拘束力は強くなる」


「死神の存在自体がルールの一部なんだよ」と、彁は春雪に教える。


「ルールの枷を壊したら、次は人間共を間引いて俺が支配する世界を作る。何人かは奴隷として生かしてやるがな」


 巨人は春雪達の前で世界を支配するという野望を明かす。


(……考えが甘かった。こいつは会場から追い出すだけじゃ駄目だ)


 春雪の想像以上に、目の前の死神は危険な存在であった。大会から締め出したとしても、別の手段で目的を果たそうとするだろう。


「俺が勝った時の条件を変更させてくれ。俺も彁もこの勝負に命を賭けているんだ。俺に負けたらお前にはこの世から消えてもらう」


「……図に乗るなよ猿が」


「ビビってるのか? 命がかかっただけで、見下している猿との勝負から逃げるのかよ?」


 巨人は苛立ちを露わにするが、春雪の挑発に乗る。格下の人間との勝負から逃げるのは、彼のプライドが許さないのだろう。 


「いいだろう。貴様の望み通り、命賭けの勝負を受けてやる。そして、そこの女の魂は必ず頂く」


「もう勝った気でいるみたいだけどさ、ゲームでマスターに簡単に勝てると思わない方がいいよ」


「御託はいい。さっさと始めるぞ」


 巨人は春雪達を連れて試合会場へ戻る。


(モニターが空いててよかったね)


 春雪と巨人が会場の右隅にあるモニターの前に立つ。会場隅のモニターのため、観衆のほとんどはこれから始まる対決に気づいていなかった。


「お前の名前を教えてくれ。今からぶちのめす相手の名前くらいは、知っておきたいからな」


ざいだ。これで満足か?」


「最後に決闘のルールを確認したい」


「よかろう」 


 話し合いで決めた決闘のルールをまとめるとこうだ。

 決闘は一回勝負で、春雪が勝てば暃は消滅する。暃が勝った場合は、春雪の寿命全てと彁の魂を奪う。

 彁のサポートで春雪は全盛期に戻ってもいいが、その場合は暃がステージの選択権を得る。

 暃の能力『時間停止』は使用禁止で使った時点で反則負けとする。


「貴様らに有利なルールを承諾したんだ。これ以上のハンデはやらんぞ」


 決闘のルールを決める際、暃は春雪側に有利な条件を呑んでいた。


「どうして彁のサポートを認めてくれたんだ? 禁止にした方が、暃にとって都合がいいはずだ」


「貴様の土俵で、完膚なきまで生意気な猿を潰してやりたくなった。それだけだ」


(プライドの高い野郎だ。俺に対等な立場でいられるのが相当気に入らないらしい) 


「私とマスターのコンビは無敵だよ。負けそうになっても、時止めは使っちゃ駄目だからね」


「そう警戒するな。猿相手にルールを破るつもりなどない」


 暃は決闘のルールを守ると宣言する。しかし、彁は彼の言葉を全く信用しておらず、右手で鎌の柄を力強く握っていた。


「彁、俺の寿命を捧げる」


 決闘の開始前に春雪は寿命を削り、全盛期の力を得る。

 春雪の準備が整うと、互いの命がかかったデスゲームが始まった。試合が始まると春雪はすぐにモニターに意識を集中させる。

 戦場跡ステージには無数の武器が地面に突き刺さっており、ギルスとロキが向かい合っていた。


(ギミック有りのステージは久々だな)

 

 暃の選択した戦場跡は大会用のステージと異なり、ギミック有りのステージで、ステージのあちこちに刺さった武器にキャラが触れるとダメージを受けるのだ。


「後は任せるぞ人形」


「お前が戦うんじゃないのか?」


「時止めを使えるのならそうするつもりだったが、正攻法ならば俺の人形の方が適任だ」


 暃の右手に青白い光が集まると、彼はサスペンドの背中に右手で触れる。すると、青く輝く光が仮面のゲーマーに身体に流れていく。


「うっ……ぁぁ……」


 サスペンドの身体が小刻みに震える。


「何をした?」


「こいつの魂を死体に戻しただけだ」暃は口角を吊り上げる。「これで俺の人形は、屍でありながら生前と変わらぬスキルを発揮する」


「うぅっ……ぐ、苦しい……。助けて……」


 サスペンドは胸元を右手で押さえて苦しげに呻く。


「人形が余計な自我を出すな」


「うぐっ……」


 魔力を宿した触手がサスペンドの首を絞めると、少女の自我が消失する。自我を失った仮面の少女は、コントローラーを黙って握る。


「余計な手間をかけさせるな」


 暃の触手がサスペンドの細首から離れる。


「サスペンドとは初対面でよく知らない奴だが、お前のやり方は気に入らねえな」


 人の命を弄ぶ暃のやり方に春雪は憤る。


「気が合うねマスター。さっきのは私も頭にきたよ」


「貴様らが怒る理由がさっぱり分からんな。この人形がどうなろうが、貴様らには何も関係ないだろう」


「……このクソ野郎が」

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