第20話 場外戦①「もう一人の死神」

 春雪は自分の控え室にあるモニターで、第四試合サスペンド対マギストスを観戦する。この試合は決闘で勝者の報酬は、敗者にジュースを奢ってもらうであった。

 サスペンドは小柄な身体を黒いローブで包んでおり、ピエロの仮面が素顔を隠している。


(サスペンドって何者なの? 顔を隠してるけど)


(国内ランキング六位のプロゲーマーで、今まで一度も顔出しはしていない。女性であることは、本人が公表しているがな)


 サスペンドと対戦するマギストスは赤髪の目つきが鋭い少年で、赤いライダースーツに身を包んでいる。

 マギストスはジャバウォック使いで、彼は国内ランキング十位の選手だ。


(決闘の内容のしょぼさは置いといて、上位勢の試合は見物だな)


 新世代の上位プレイヤー同士のぶつかり合いは、注目の一戦であった。

 試合が始まると、画面に映った異形に春雪は戦慄する。

 サスペンドの背後から、三メートル近くある黒い肌の巨人がいきなり現れたのだ。巨体のあちこちが腐食しており、背中には四本の触手が生えていた。巨人の頭部は上下が逆さまになったドクロであった。

 異常な光景にも関わらず、会場にいる人間は誰も異変に気づいていなかった。


(……初日に私が感じた死神の気配は、気のせいじゃなかったんだ)


 彁はモニターを神妙な面持ちで見つめていた。


(お、おい……!? 何だよあの化物は!?)


(私と契約して魂のリンクが強くなったから、マスターにも私以外の死神が見えるんだね)


(死神がゲーム大会に何しに来たんだ? どう考えても大会に参加するだけが目的じゃないだろ)


(あいつが何を企んでいるかは分からないけど、確かなことが一つあるよ。……死神の私が断言するけど、サスペンドはとっくに死んでいるね)


(死んでいるだと?)


(見た限り、死体にこれといった損傷はないから、あの死神が寿命を奪い尽くしたんだろうね)


 死神は人間の寿命が数字で見える目を持っていると、彁は春雪に教える。

 普通の人間ならば彁の目で残りの寿命を視認できるが、サスペンドからは全く見えなかった。つまり、寿命の尽きた死体というわけだ。


(ちょっと待て……。じゃあ、サスペンドはどうやって会場まで来たんだ?)


(死神があの子の体内に触手を寄生させて操ってるんだよ。マスターがゲームでギルスを操作しているみたいにね) 


 正体不明の死神が会場入りしたまま試合が開幕する。

 サスペンドが選択したキャラは、手のような形をした尻尾を持つトカゲ――ロキだ。ロキはブレイブソウルズのマスコットポジションのキャラでもある。



 試合が始まった瞬間――世界が色を失い、会場中の人間が静止する。モノクロの世界では歓声やゲーム音も止んでいた。

 数秒後ーー白黒の世界に色が戻ると、ジャバウォックが場外まで運ばれていた。


(何が起きたんだ……? どうして、ジャバウォックが場外にいるんだ?)


 気がつくと試合が終わっていて、春雪は困惑する。


(あの死神が試合中に時間を止めたんだよ。私以外は誰一人として止まった時間を認識できていない)


(時間を止めただと……。確かに筋は通っているが……)


 彁の言葉はにわかには信じ難いが、ジャバウォックがいきなり場外負けしていた。死神の能力を信じるには十分な状況証拠だ。


(止まっていた時間は十秒くらいかな。十秒間棒立ちって格ゲーだと致命的だよね)


(十分過ぎる隙だな)


 相手が十秒無抵抗ならば、初心者でも相手を場外まで運べるだろう。

 死神の時止めは格闘ゲームにおいて反則過ぎる能力であった。

 時間停止を次のセットでも使い、サスペンドは二セット目も圧勝する。

 試合が終わった瞬間、マギストスが崩れ落ちた。彼は倒れたまま起き上がる気配がなく、観衆はざわついていた。


(……マギストスが倒れたぞ。あの死神がまた何かしたのか?)


(マギストスの寿命を全部奪ったんだよ)


(寿命を!? 死神って確か、人間の寿命を取り過ぎることはできないんじゃ……)


(マスターの言う通りだよ。普通はそのルールを破った瞬間、私達は消滅する)


(ルール違反なのに、あいつは消滅してないぞ?)


(なるほど……。そのために決闘を取りつけたのか……)


 何かに気づいたのか彁はぼそぼそと喋る。


(おい。一人で納得してないで、俺にも分かるように説明してくれ)


(人間の寿命を奪い過ぎれば、死神はその時点で存在を維持できなくなる。だけど、相手が寿命を奪われることに合意していれば、ルール違反にならないんだ)


(いやいや……自殺志願者でもない限り、寿命を全部取られることを合意なんてしないだろ)


(普通は寿命を奪われることを受け入れないだろうね。だけど、今回の試合は決闘だよ)


(決闘であることが寿命とどう関係するんだ?) 


(私もさっき気づいたけど、決闘の条件を決める時、あの死神は魂の契約を一方的に結んでいるんだ。契約内容は『試合に負けた方が勝者に寿命を全て捧げる』とかだろうね)


 謎の死神は決闘のシステムを悪用し、死神のルールの抜け穴を突いていた。


(マスター、あいつのところに行くつもり?)


 春雪が客席から立ち上がると、彁は彼を呼び止める。


(ああ。あの死神を止める)


(駄目だよ。人間が手に負える相手じゃない)


(それでもこのまま野放しにするのは危険だ)


(マスターに何ができるのさ? 止めに行っても犠牲者が増えるだけだよ) 


 彁の意見は正論であった。ただの人間が止められる相手ではない。


(マスターはあいつと試合になる前に棄権すべきだよ)


 彁は春雪の身を案じて助言するが、彼は首を横に振る。


(りっちゃんや紗音があいつに殺されるのを、大人しく見てろって言うのか?)


 春雪が棄権した場合、彼らはサスペンドと対決する可能性が非常に高い。


(時間を止める反則野郎なんかに、俺の獲物を横取りさせるか)


 死神を放置していれば、戦いたい相手や倒したい相手も殺されるかもしれない。死神に彼らが殺されれば、永遠に戦えなくなる。

 自分の手でランキング上位勢を倒したい春雪としては、死神は邪魔な存在であった。


(マスターは駄目人間なのに、こういう時は本気になるんだね。だったら、私もマスターの決意に応えないとね)


(助かるぜ相棒)


 相棒と呼ばれたのが嬉しかったのか、彁は笑顔になっていた。


(私を相棒って呼んでくれるんだね!)


(何だかんだでお前との付き合いも長いからな)


(ありがとう。もしもの時になれば、マスターのために私も切り札を使うよ)


(切り札? そんな物があるのか?)


(できれば使いたくない奥の手だけどね) 


「どんな切り札か教えてくれ」と春雪は頼むが、言いたくないのか彁は答えてくれなかった。

 

(マスターはゲームで戦いたいんだろうけど、そもそも相手が勝負に応じてくれるか……)


(人間の魂が目的っぽいし、俺が勝負に魂を賭ければ受けるだろ)


(相手が断った場合は私の出番だね)


(例の奥の手を使うのか?)


(状況次第ではそうなるかもね)

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