第19話 一回戦④「密会」

 京東ドーム地下一階――。

 香子は白衣のポケットから鍵を取り出すと、地下倉庫のドアを開ける。 倉庫内には棚があり、棚の上には無数の段ボールが崩れないようにバランスよく重ねられていた。

 会場内の忘れ物を保管している地下倉庫は、スタッフですら滅多に訪れない場所だ。


「狭いし埃っぽいけど、ここなら誰にも話を聞かれることはないよ」


 香子の言うように、この倉庫は密談に適した場所だ。


「なるほど。ここならよさそうだな」


 春雪は決闘前の取り決め通り、香子に隠している秘密を包み隠さず話すつもりであった。


(香子にお前の存在を明かしてくれ)


(どうなっても知らないからね)


 春雪の指示を受けると、彁は鎌を逆さに持ち、鎌の柄で香子の頭を軽く叩く。


「いたっ」


 頭を叩かれた香子は声を上げる。彼女は彁の存在を認知すると、思考が一瞬停止する。


「えっ? 誰、この子?」


 誰もいなかったはずの場所にいきなり彁が現れ、香子は白衣の袖で目を何度も擦る。

 

(ここまで驚いている香子は珍しいな)


「この子……どこから入ってきたの? 私達以外ここにはいなかったはずなのに、わけが分からないんだけど……」


「こいつは俺と契約している死神の彁だ」


「は? 死神?」


 春雪は彁と契約した経緯や彼女の能力を香子に説明する。



「幽霊とか神様は信じない派だったんだけど、実際に見せられたら存在を認めるしかないね……」香子は彁をまじまじと見つめる。「彁ちゃん、ちょっと身体触ってみてもいいかな?」


「別にいいけど」


 死神の存在に興味が湧いたのか、香子は了承を得てから、彁の右手に触れる。


「おぉっ。これが死神の手なんだね。体温は感じないけど、感触は人間と大差ないねー」


 最初は驚いていたが、香子は死神の存在をあっさりと受け入れていた。


「春雪が予選の時にチートを疑われるくらい強かったのは、彁ちゃんの力だったんだね。私との試合では死神の力を使ってなかったよね?」


 春雪が自分との試合で彁の力を借りていないことを、香子は見破っていた。


「哲也か香子と当たった時は、元々彁の手を借りずに戦うつもりだったんだ」


「何で?」


「二人が相手なら過去の対戦経験で戦えるからな。お前らと何回戦ったと思ってるんだ」


「あー。なるほど」


 春雪に敗北した香子は、彼が彁の力を使わなかった理由に得心がいった。


「俺の秘密は全部話したぞ、香子」



「春雪はズルいね。チートじゃないけど、彁ちゃんは反則でしょー」


 香子が春雪に鋭い視線を向ける。口調こそ淡々としているが、香子が怒っているのを春雪は察した。


「……返す言葉もない」


「春雪のチート使用が発覚したら、約束を破って告発するつもりだったんだ。君は私が約束を守るって信用してたけどね」

 

 香子は選手の頃は誰よりもストイックに練習していた。だからこそ、チートまがいの行為を彼女は許せなかった。


「香子……俺の秘密を明かすつもりか?」


「私の大嫌いなチートみたいなものだし、個人的にはそうしたいところだけど……」


 香子は言い淀む。


「最強神が死神の力を借りてるなんて私が周りに主張しても、頭のおかしい人だって思われるのがオチだよ」


 香子には死神の存在を周りに証明する手段がなかった。


「……ねぇ春雪、最初からこれが狙いだったの?」


(博士は深読みしてるけど、マスターはそこまで考える頭ないんだよね)


 彁が春雪の脳内に直接語りかける。春雪は彼女の言葉を否定できない。

 春雪は香子が約束を守ると信用しただけで、元より策など何もなかったからだ。


「君が昔の自分に戻りたいって気持ちはよく分かるよ。私だって、戻れるのなら戻りたいしね」


 全盛期の香子は国内ランキング二位で、今よりももっと強かった。昔の自分ならば、今日の試合も確実に勝っていただろう。


「代償を払っているとはいえ、君は彁ちゃん頼みで勝って嬉しいの?」


「嬉しいね。強さを見せつければ、俺を雑魚だと舐めてた連中を見返せるしな」


(……マスターは拗らせてるなぁ)


「それに昔の俺に戻って、強い奴らをぶっ倒すのは楽しいんだよ。新世代の奴らなんて一人残らず叩き潰してやる」


「……春雪は昔からそういう奴だったね」香子は白衣の袖に隠れた右手を額に当てる。「クソ負けず嫌いで、強い奴をぶちのめしたいだけの戦闘狂バーサーカーめ」


 かつての春雪は強者を倒すために、オンラインでもオフラインでも大会を荒らし回っていた。それが原因で、一部の大会では出禁になった伝説もあった。


「誰がバーサーカーだ。お前にだけは言われたくないぞ。俺との試合で、お前のテンションおかしかっただろ」


 香子は視線を逸らして、春雪の言葉をスルーする。


(こいつ、都合の悪いことは無視しやがった)


「博士、お願いがあるんだけどちょっといいかな?」


 香子が頷くと、彁は「ブレイブソウルズを教えて欲しい」と彼女に頼み始める。


「へぇ。彁ちゃん、ブレイブソウルズやってたんだー。それなら、私じゃなくて春雪に教えてもらったら?」


「マスター、ろくに教えてくれないんだもん」 


「ゲームしかやることのない無職なのに酷い奴だねぇ……。どうせ暇でしょ君」


「バカにしやがって。不労所得のあるエリート無職だぞ俺は」


 春雪の言う不労所得とは、ノワールから奪い取ったチャンネルの収益のことだ。


「クズ過ぎて引くなぁ……」


 香子は春雪の発言に呆れ果てていた。


「私が空いている時でよければ、ボイチャしながら教えてあげるから、彁ちゃんのユーザーネーム教えてくれる?」


 彁は香子にユーザーネームを伝える。


「後で彁ちゃんにフレンド申請するね。このクズ男をぶちのめせるように、彁ちゃんは私が育ててあげるよ」


「博士ありがとう! 博士に教えてもらったらマスターをぶっ飛ばせるかも!」


 春雪よりまともな師匠が見つかり、大喜びした彁は香子に抱きつく。


「あはは。彁ちゃん、距離の縮め方がエグいねー」香子は苦笑する。

(香子のコーチングなんて、金払ってでも受けたいプレイヤーばかりだろうに)


 ルーローのチャンネルには初心者を指導して、レートを上げる動画があった。説明が理論的かつ分かりやすいため、メインターゲットの初心者だけでなく、上級者からも非常に評価の高い動画だ。

  

「俺が指導を受けたいくらいなんだが」


「私の授業料は高いよ?」


(彁にはタダで教えるのに、俺は金取るのかよ)


「……実況の仕事が残っているから、そろそろ戻らないと。じゃあね春雪」


 ブカブカの袖に隠れた手を振ると、香子は倉庫から出て行く。

 

(次の試合までしばらく時間があるし、他の試合の観戦でもするか)


(マスターの次の対戦相手って誰?)


(試合結果次第だが、ほぼ確実に帝王ミカドだ。お前の大嫌いな奴だぜ)


 今朝、春雪は公式サイトでトーナメント表を確認していた。

 ランキング上位のプレイヤー達が順当に勝ち上がった場合、春雪の対戦相手は二回戦が帝王ミカド、準々決勝が国内ランキング六位のサスペンド、準決勝がりっちゃん、決勝戦がアルフィスだ。

 

(マスター、トーナメント運悪過ぎでしょ。ヤバい人達ばかりと当たってるけど……)


(デカい大会は化物しか勝ち残らないから、トーナメントのどの山も大体こんな感じだぞ)


(私も協力するけど厳しい戦いになりそうだね)

 

 彁の力を用いても、春雪が優勝するまでの道のりは険しい。まだ戦いは始まったばかりであった。

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