第9話 リボルト予選①「最強神と少女」
リボルト開催当日――。
春雪は彁と共に京東ドームのエントランスにいた。春雪はソファーに座り、予選で当たる相手の過去の試合をスマートフォンで眺めていた。
「マスター、前から気になってたんだけどその痛い名前の由来は何?」
彁は春雪が首にかけている『最強神』と書かれたネームプレートを指さす。入場時に受け取ったネームプレートは、リボルトに参加する選手であることを証明するための物だ
「……若気の至りだ。自分で言うのも何だが、若い時は名前負けしないくらい俺は強かったんだよ」
最強神の名前通り、国内外の大会で春雪は無双していた。そのため、最強神の名前は国内だけではなく世界にも轟いていた。
「明らかに名前負けしてるし、名前変えたら?」
「今更変える気にはなれないな。長く活動してきたから、この名前にも愛着あるんだよ」
「じゃあ、最強神の名前に相応しいくらい強くならないとね」
「名前で思い出したが、お前、俺が渡したサブアカの名前を美少女死神に変えてたな」
「私が美少女の死神っていうのは事実だからね」
清々しいほど堂々と彁は言い放つ。
(確かに見た目だけは可愛いよな。見た目だけは)
年上好きの春雪の好みではないが、彁はかなりの美少女であった。その点は春雪も認めるしかなかった。
「マスター、予選でいきなり落ちたりしないでよ」
「紗音にお前を倒すって宣言したんだ。予選なんかでつまづく気はない」春雪は左拳を握る。「それにあいつ、ルーローの配信で全勝優勝するなんてデカい口叩きやがったしな」
今回のリボルトの参加者数は三百人を越えている。
リボルト予選は十人一組のグループで、二セットマッチの総当たり戦だ。この総当たり戦で一位になったプレイヤーだけが本選に進出できる。
「マスターのいるグループ7には……過去に負けているノワールがいるね。他の人達は全く知らない人ばかりだけど」
大会開始の一ヶ月前にグループのメンバーが発表されたため、二人は対戦相手が誰かを把握していた。
「ノワール以外は楽な部類のグループだな」
リボルトに出場している時点で弱くはないが、ノワール以外は実績に乏しい無名のプレイヤーしかいなかった。彼女にさえ勝てれば、春雪が予選突破できる可能性はあるメンバーであった。
「彁、お前の能力を使うのはノワール戦だけにする」
「ノワール以外は正攻法でも勝てる自信があるの?」
「一応は元プロだぞ。そう簡単には負けねえよ」
「ヤバくなったら、私にいつでも頼っていいからね」
彁の言葉に春雪は黙って頷く。
「……ううん?」
「変な声出してどうした彁」
「気のせいかな? さっき、私以外の死神の気配を感じたんだよね」
「お前みたいにゲームにハマってる死神が他にいるのか?」
「いないんじゃないかな。人間なんて数だけが取り柄の獲物としか認識していない奴らばかりだし、人間の娯楽を楽しむ死神なんて私くらいだよ」
彁は死神の中でもかなり変わった存在のようだ。
「だったら気のせいだろ」
「マスターの言う通りだね。ゲームに興味がある死神なんて私以外いないだろうし」
彁は死神の気配は気のせいだと納得する。
「あ、あの、最強神さんですよね?」
スマートフォンの画面に集中していた春雪は、自分を呼ぶ声が聞こえると顔を上げる。
声の主は亜麻色のパーマがかかったショートへアーの少女で、丸い眼鏡をかけていた。
少女は水色のロングワンピースの上に、白いカーディガンを着ている。
少女の首元のネームプレートを確認すると、『りっちゃん』と書かれていた。
(りっちゃん……国内四位のプロだ)
りっちゃんは国内でアルフィスに勝ったことがある数少ないプレイヤーの一人で、今大会の優勝候補の一人であった。
「さっきまで誰かと喋っているように見えたのですが、私の気のせいですかね?」
「気のせいだよ」
(俺は彁と当たり前のように会話してるが、誰にも見えないんだよな……)
「最強神さん、予選頑張ってくださいね。私、最強神さんのこと応援していますから」
りっちゃんのようなランキング上位者は予選が免除される。そのため、春雪が彼女と戦うには予選を突破しなければならない。
「あぁっ? 何だこの女。マスターに色目使ってんじゃねえぞ」
彁はりっちゃんの周りでシャドーボクシングしていた。
「ありがとう。応援してくれるのは嬉しいけど、予選を抜けたら君と対戦するかもしれないよ」
哲也のように付き合いが長いわけではなく、初対面の美少女に応援される理由が春雪には分からなかった。しかも、予選を突破すれば当たるかもしれない対戦相手だ。
「君はどうして俺のことを応援してくれるんだ?」
「ギルスの強みを引き出す緻密な立ち回り、勝負所を逃さない大胆な攻め。最強神さんのプレイが私大好きなんです!」りっちゃんは興奮気味に語る。「それに最強神さんと試合で戦いたいんですっ!」
「俺と?」
「この女、マスターを楽に倒せる雑魚だって舐めてるよ! ムカつく!」
彁はりっちゃんの発言に苛立っているが、彼女は紗音のように、自分のことを見下しているようには見えなかった。
「もしかして、俺なら他の選手より簡単に勝てるとか考えてる?」
春雪は念のために、彁の発言が当たっているかを確認してみる。
「違います! 私、そんなこと思ってませんから!」りっちゃんは首を何度も横に振る。「最強神さんとは純粋に戦ってみたいんです!」
「君が俺と戦いたがっているのはよく分かった。俺も君のような上位勢と戦うのが楽しみだよ」
春雪の言葉にりっちゃんの表情が明るくなる。
「最強神さん、私もあなたと戦える時が楽しみです! 本選で絶対に戦いましょうね!」
りっちゃんは春雪と戦う約束をすると、観客用の入場口へ向かう。彼女は春雪の試合を観戦するつもりなのだろう。
「応援しているとか、戦いたいって言ってたけど……あのメガネブス、マスターを格下の雑魚だって絶対侮ってるよ」
「お前が言うような悪い子には見えなかったけどな。それとあの子はブスじゃないだろ」
りっちゃんはブスと扱き下ろせる容姿ではない。丸眼鏡のせいで分かりにくいが、整った顔立ちの美少女だ。
「童貞のマスターは知らないだろうけど、ああいういい子ぶった女はね、とーっても性格が悪いんだよ」
「お前、りっちゃんに対してやけに辛辣だな」
「マスターが悪い女に騙されないか心配しているだけだから」
(……もしかして妬いてるのか。面倒な性格だな)
春雪は彁の新たな一面に気づいたのだった。
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