第8話 紗音の憤り

 簡素なスタジオには二つの椅子があった。

 一つの椅子には、ボサボサの長い白髪と寝ぼけ眼が特徴的な女性が腰かけていた。

 小柄な女性は両手が隠れるほど袖の長い白衣に身を包んでおり、黒色のタイトスカートを履いている。


「はぁい。『ルーロー博士のためにならないチャンネル』にようこそ。リボルト開催一週間前ということで、今日は久々に生放送だよ」


 白衣の女性は引退したプロゲーマー『ルーロー』だ。ルーローは最強神、azと並ぶ旧国内三強プレイヤーの一人であった。

 彼女はプロゲーマーを引退した後、動画投稿者や大会の実況解説として精力的に活動している。

 ファンからは、見た目の雰囲気や淡々とした喋り方、ゲームシステムやキャラ知識の深さからルーローは「博士」の愛称で親しまれている。


「私のツイッチーアカウントで何度か告知したけど、今日は超豪華なスペシャルゲストを呼んでおります」


 ルーローの配信では様々なジャンルのプロゲーマーがゲストとして登場し、ゲーム好きから人気のあるチャンネルであった。 

 今回の配信の目玉であるゲスト――蛇崩紗音アルフィスが入室する。


「はい。皆さんご存じ、ブレイブソウルズ国内最強プレイヤーのアルフィスさんです。今回は彼にインタビューしてみます」


「よろしくお願いします」

 

 紗音はルーローに会釈する。  


「改めて思いましたが、アルフィスさんは可愛らしいですねー。女性ファンが多いのも頷けるビジュアルです。……というか、女の私より可愛くないですか」


「一応、男なので可愛いって言われるのは抵抗があるんですけど……」


「おっと、これは失礼」ルーローはアルフィスに謝罪する。「早速ですが、インタビューに入りましょう」


「どうぞ」


「三年間、国内大会で優勝か準優勝しかしていないけど、アルフィスさんの安定感の秘訣は何ですか? 強い選手でも負ける時はポロッと負けちゃうのに、この安定ぶりは異常ですね」


 キャラの相性や試合の流れ次第で、大物喰い(ジャイアントキリング)が容易に起こるのが格闘ゲームだ。

 大会での紗音の安定感は、プロプレイヤーの中でも群を抜いていた。


「実力だよ。国内のプレイヤーは雑魚ばかりだからね」


 紗音の言葉にルーローは一瞬固まる。


「僕と互角に戦える奴なんて、この国では数えるほどしかいない。どいつもこいつも僕に勝つ気があるのか疑いたくなるよ」

(……良くない時のアルフィスが出たな)


 紗音は不遜な発言を繰り返すことから、過去に何度か炎上したことがあった。だが、彼は傲慢な言動が許されるだけの圧倒的な強さと実績があった。


「皆、勝つために頑張ってるように見えるけど」


「……頑張ってるだって? 僕が相手なら負けてもしょうがないって、あっさりと受け入れるような連中なのに? 年齢や使用キャラを負けの言い訳に使っている雑魚共なんだぞ」


(私も大会に出ていたから分かるけど、アルフィスの強さに戦う前から諦めてる人がいるのは事実なんだよね……)


「……配信を見ている皆さん。言葉遣いは悪いけど、アルフィス選手のゲーム愛は本物だよ。そこは誤解しないであげてね」


 ルーローは暴言を吐いたアルフィスをフォローする。


「新世代のトップとして、アルフィス一強の現状を憂いているみたいだね」


「勝つ気のない連中なんて全員辞めればいいんだよ」


 紗音は上の世代のプレイヤーに思うところがあるのか、一方的にまくし立てる。


「……言いたい放題だけど、旧世代(私達)が不甲斐ないのは認めるしかないなぁ。私が君のライバルになれたらよかったんだけどねぇ」


 ルーローの引退直前の順位は国内十一位。

 現在の最強神やazよりも高順位だが、化物揃いの新世代プレイヤーに心が折れたのが、彼女が引退した理由であった。


「だったら引退なんかせずに戻ってきたらいいじゃないか。過去に何度か試合したけど、ルーローさんは他の連中より強かったよ。それに僕に本気で勝とうとしていたしね」


「とっくに一線を退いた身だけど、最上位のプレイヤーにそんなことを言われるなんてね」


 紗音に実力を評価されていたと知り、表情には出ていないがルーローは心の中で喜ぶ。


「……次の質問だけど、リボルトで戦いたいプレイヤーはいるのかな?」


「――最強し……」


 紗音はあるプレイヤーの名前を出しかけて止めた。


「おや? 今、誰かの名前を言いかけたね。誰のことかな?」


「さっきのは忘れて」


「気になるなぁー」


「何度聞かれても答える気はないからね」


「それなら仕方ない。動画の締めとして、リボルトの意気込みを聞かせて欲しいね」


「意気込みも何もいつも通り優勝するだけだよ」 


 自分の優勝が確定だと思っているのか、紗音は冷めた調子で答える。


「そうだ。普通に優勝するだけじゃあつまらないから、一試合も落とさず全勝優勝しちゃおうかな」


「これまた大きく出たね……。リボルトの試合は二先二本先取三先三本先取だけど、一試合も落とさずに優勝したら、間違いなく伝説になるだろうね」


 歴代のリボルト優勝者でも全勝優勝は前例がなかった。


「アルフィス選手が全勝優勝を実現するのか。他のプレイヤーが彼の優勝を阻止するのか。注目の大会になりそうですねー」


 炎上モノの発言が飛び出したが、アルフィスをゲストにしたルーローの配信は終了した。

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