第7話 帝王ミカド

 三ヶ月後――。


(彁がブレイブソウルズにここまでドハマりするのは予想外だった)


 彁は春雪のようにギルスをメインキャラにし、レート二千代から一万初期値を維持できるくらいには上達していた。

 今のオンライン対戦は低レート帯でも過去作をやっているプレイヤーが多いため、彁のようにシリーズ未経験の初心者は初期レートを保つことすら難しい。

 春雪から見ても、彁の上達速度は早い方であった。

 

「俺がやってない時は、彁がずっとモニターを占領してるな」

 

「別にいいでしょ。ゲームしてない時は、モニターをエロ動画見るくらいにしか使わないんだから」


「お前、まさか俺のコレクションの保存場所を知っているのか……!?」


「知ってるよ。マスターの下品な性癖丸出しのいやらしい動画ばかりだし、消しちゃおうかな」


「ま、待てっ! それだけはしちゃいけない! それは絶対にやめてくれっ!」


 無様に土下座してまで懇願する春雪に彁は呆れる。あまりにも惨めな大人であった。

 死神として千年近く生きて、数え切れないほど人間を見てきたが、ここまで情けない大人を彁は初めて見た。


「……今まで契約してきた人達の中でもマスターが一番ダメダメだね」


「その口振りだと、俺の前にお前と契約した奴がいるのか?」


「いるよ。言ってなかったっけ」


「初耳だ」


 春雪以外にも死神と契約した人間が過去に何人もいたようだ。


「……マスターから生ゴミにランクダウンする前に、そろそろ顔を上げてくれないかな」


 春雪は彁の指示に従う。


「動画は消さないであげる。だけど、一つだけ条件があるよ」


「条件だと?」


「私にブレイブソウルズを実戦形式で教えて。マスター、暇な時も私にろくに教えてくれないじゃん」

(こいつ、最初からそれが狙いか……!)


 春雪はたまにアドバイスをすることはあっても、彁に直接的な指導をしたことがなかった。

 大会のために練習したいという理由もあるが、初心者を指導するのが単純に面倒臭いというのが大きかった。


「……条件を呑む」


「言質取ったからね」


「分かった分かった」


「むぅっ……タイミングが悪いなぁ」


 間が悪いことに新しい対戦相手が現れると、彁はぼやく。


「相手のレート……めっちゃ高いんだけど」


 対戦相手――帝王ミカドのレートは十五万六千。彁が普段対戦している相手の十倍以上あった。


「とんでもないのに当たったな。そいつ、国内ランキング八位のプロだぞ」


 帝王ミカドは春雪も名前だけは聞いたことのあるプロゲーマーだった。

 ブレイブソウルズはあまりにもレート差のあるプレイヤー同士は、基本的にマッチングしない。

 だが、プレイしている地域や時間帯によっては、例外的に格上の猛者と遭遇することもある。


「強い人と試合できるいい機会だね!」 


 彁は格上に臆さず目を輝かせていた。

 帝王ミカドの使用キャラは、ギルスのライバルで純白の鎧に身を包んだ白騎士ヴェルグ。

 レイピアを武器にしているヴェルグは、ギルスより攻撃性能が高めに設定されている。その反面、防御力や体力はギルスより低いのが特徴だ。


「負けないから」


 意気揚々と格上の相手に挑む彁だが、最初に仕掛けたのはヴェルグであった。

 彼女の操作しているギルスは、防御の間もなくいきなり容赦のないコンボの餌食になってしまう。

 

「あっ……やばっ……!」


 彁はコンボ途中にブラストで割り込み、連撃から抜け出すが、ヴェルグの攻めは止まらない。


(……彁の反応は初心者にしては悪くないが、相手が悪過ぎるな)


 いきなりコンボの餌食になっていたが、初撃以降の彁の反応は悪くない。むしろ、初心者にしては反応が早い方だ。だが、それだけではミカドに勝つには足りない。

 彁は相手の技に反応して上手くガードや回避をしているが、攻防の読み合いでミカドに圧倒されていたのだ。

 以前より上達したとはいえ、両者の力の差はあまりにも大きかった。ギルスの反撃は掠りもせず、後退するので精一杯であった。

 だが、いつまでも逃げられるわけがなく追い詰められたギルスは、ヴェルグに掴まれてしまう。体力的にもこのまま投げ技でKOだが、ヴェルグは掴んだまま何もしない。 

 何もされないまま掴まれた状態から解放された後、ヴェルグは屈伸を繰り返す。


「マスター、これって……」


「相手に煽られてるな」


 格闘ゲームのマナーが悪い行為として、舐めプレイや屈伸煽りがある。ヴェルグが彁に見せているのは煽りの定番ーー屈伸煽りであった。


(屈伸のスピードから見ても、相当手慣れてやがるな)


 屈伸の異様な速度から、帝王ミカドは煽りを日常的に行っているプレイヤーだと春雪は確信する。

 二セットマッチは、帝王ミカドのストレート勝ちで終わった。普通に戦えばすぐに試合が終わるのに、彼は二試合とも時間切れまで彁を煽り散らしていた。


『雑魚過ぎてワロリン山脈。さっさと引退しろやカス』


 試合が終了した後、帝王ミカドは彁のアカウントーー美少女死神に暴言メールまで送っていた。


(……おいおい。プロなのにマナー悪過ぎだろ)


 国内トップレベルのプレイヤーとは思えないマナーの悪さであった。同じ名前の偽者の可能性も考えたが、レートの高さからほぼ確実に本物だろう。


「むぅっ……」

「あまり気を落とすなよ。強くてもあいつみたいにマナーがクソな奴はいるから」


 春雪は散々な目に遭った彁を気遣う。


「マスター! リボルトであの煽りカス絶対にぶっ飛ばしてよ!」彁は顔を真っ赤にして怒鳴る。

「分かった。あいつと対戦したら彁の敵は必ず討ってやる」


 ゲーマーとして、純粋にゲームを楽しんでいる初心者を虐める人間を春雪は許せなかった。


「あいつに負けたらぶっ殺すからね!」


(帝王ミカドに負けたら、冗談抜きで彁に殺されそうだ……)


「死神に殺すって言われるのは、マジで怖いから止めてくれ。肝が冷える」

  

 帝王ミカドと実際に戦えるかはまだ分からないが、春雪はリボルトで負けられない理由が一つ増えたのだった。

 

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