第6話 女王ノワール
三時間後――。
上級者達の動画を眺めていた彁が久しぶりに口を開く。
「ダウンした相手に弱攻撃で怯ませてから必殺技を食らわせる『麻痺』、攻撃が命中する直前にガードする『ジャストガード』。このゲームって色々なテクニックがあるんだね~」
「一つ助言してやるが、難しいテクニックやコンボを覚えようとするのは止めとけ」
「どうして?」
「そういうテクニックは的確に使ってこそ効果を発揮するんだ。基本的な操作すら覚束ない初心者が覚えても、まず使いこなせない」
彁は春雪の説明を黙って聞く。
「コンボも同じだ。高難易度のコンボを初心者が覚えたところで、コンボの起点になる始動技を上手く当てられないのがオチだ」
「……なるほど」
「早く勝てるようになりたいのなら、小難しいテクニックを身につける前にまず基礎を覚えるべきだな」
「参考にするよ。さっき色々と動画を見たけど、ノワールが使ってたキャラ面白そうだね」
(ノワール……)
ノワールは春雪にとって苦い思い出のある相手だ。前回のリボルト予選で彼女に惨敗しているからだ。
彁はスマホでノワールの配信アーカイブを春雪に見せる。
『おほほっ! こんですわ臣民達~! 今日もオンラインの有象無象共を
最初の挨拶と物騒な開始宣言は、配信の恒例の流れであった。臣民はノワールの配信を見ているリスナーのことだ。
ノワールはまだプロではないが、ストリーマーとしては大人気で、配信の度に相当な額の投げ銭をされている。
『投げ銭感謝ですわ! 臣民達が私に忠誠を示してくれるおかげで、敵国に滅ぼされた我が国も復興しますわ!』
(亡国の姫って設定なだけだろ……。こいつ、投げ銭でドレスやら宝石やら買ってたはずだ)
ノワールは本物の王族ではないので、国の復興のために投げ銭が使われることはない。臣民達は彼女に都合が良い金づるであった。
『それでは始めていきますわ』
大剣を握った二角の悪魔――破壊神デモスがノワールのメインキャラだ。
ノワールは大胆な読みからの大技を得意としており、パワーキャラのデモスを見事に使いこなしていた。
(魅せプレイをやたら狙うだけあって、大技を当てる時の読みが特に鋭いな)
改めて彼女のプレイを見てみると、実力的には下手なプロよりも強いと春雪は認めざるを得なかった。
「私もノワールと同じキャラを使ってみようかな。面白そうなキャラだし」
デモスは派手な技が多く動画映えするので、ノワールの動画の影響でデモスを使用するプレイヤーが最近は増えている(大半はノワールのように動かせず挫折するが)。
「破壊神デモスか。俺はおすすめしないな」
「マスターがボコボコにされた相手だから?」
「……お前、俺の知られたくないことは知ってるんだな。ちげーよ」
「じゃあ何で?」
ブレイブソウルズはキャラの強さのバランスが良い格闘ゲームで、キャラ数の多さのわりには飛び抜けた性能の最強キャラはいない。しかし、大会であまり結果を出せていないキャラランクの低いキャラは存在する。ノワールがメインに使用している破壊神デモスは、キャラランク下位であった。
「性能的に大会では通用しにくいキャラだからだ」
破壊神デモスは全技の威力が高い代わりに、攻撃速度の遅いキャラだ。
単発の攻撃力は全キャラでもトップクラスだが、飛び道具はなく暴れに使える技もないという大きな弱点がある。移動速度も全キャラで一番遅い。
「ノワールが何度もやってたけど、最大溜めの破壊剣ぶち当てるのめっちゃ気持ち良さそうだよ」
「あんなの対人戦でまず当たらねぇから」
破壊剣は溜めなしでも使えるが、最大溜めの場合は発動までに十秒ほどかかる。破壊剣は溜めなしで打っても隙が多き過ぎる技なので、対人戦では基本的に封印推奨の技であった。
「マスターは当たってたでしょ」
「うっ……」
彁の指摘に春雪は口ごもる。ノワールに惨敗した試合では、春雪は破壊剣の餌食になっていた。
「あ、あれは相手が上手かっただけだ。普通は簡単に当てられる技じゃないんだよ。お前も使ってみればすぐ分かる」
「そんなの分かんないじゃん」
「俺は彁がデモスを使いこなせない方に賭ける」
「私を舐めないでよ。色々な動画を漁って、ちゃんと知識を身につけたんだからね」
「それは楽しみだな。丁度休憩したいと思っていたところだ。交代しよう」
春雪はサブアカに切り替えてから、彁にコントローラーを渡す。
三十分後――。
「うぅっ、全然当たらないよぉ……。ノワールの動画だとめっちゃ当たってたのに……」
「これで分かっただろ。デモスは簡単なキャラじゃないんだよ」
「別のキャラの方がいいのかなぁ……」彁は肩を落とす。「やっぱり、美少年のキャラの方がいいのかな。でも、やってることが地味なんだよなぁ」
紗音のプレイはどこまでも堅実で派手さはない。映え重視のノワールのプレイと比較すれば、華やかさでは見劣りする。
派手で分かりやすい方に、素人の彁が惹かれるのは無理がなかった。
「まずは色々なキャラを試してみろ。その後、どのキャラを使うかはお前の好きに決めるといい」
春雪はメインキャラ決めに迷っている彁に助言する。
「私にアドバイスをしてもいいの? そのうち、マスターをボコボコにしちゃうからね!」
(……随分と威勢がいいが、俺と試合になるくらいは強くなってくれよ)
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