第5話 ニートゲーマーの今後
帰宅後――。
春雪はブレイブソウルズを早速起動する。
「やる気満々だね」
「半年後のリボルトに出場するために、レートを稼がないといけないからな。彁、レートの意味は知ってるか?」
「レートは知ってるよ。マスターから得た知識に入っていたからね」
レートとはオンライン対戦の勝敗で変動する数値のことで、レートの高いプレイヤーほど勝率が高く強いプレイヤーだ(ブレイブソウルズの初期レートは一万)。
リボルトはレートが出場資格になっており、オンラインのレートが六万以上でなければ出場できない。
レートはシーズンが変わる半年毎に初期値にリセットされるため、リボルトの出場資格を得るために春雪はレートを稼いでおく必要があった。
「マスターの最高レートはどれくらい?」
「若い頃は十二万くらいだったな。今は上振れて七、八万代だ」
勝率五割のレベルがレート三万代で、八万代で勝率八割程度だと春雪は説明する。
「ちなみに紗音は二十万代だ」
「……に、二十万!?」
「昔、紗音が動画配信でオンライン対戦の連勝企画をやってたが、千試合して全勝してた。対戦相手の中には今も活躍してるプロ選手もいたのにだ」
紗音が敗北するまで継続する予定の企画だったが、負ける気配がなかったため、最終的には千試合で中断した。
「啖呵を切ってたけど、そんな化け物みたいな相手にマスターが勝てるの?」
「勝つ気がなかったらあんなこと言わねぇよ」
春雪はゲームに集中する。
観戦しているうちにゲームに興味を持ち始めたのか、彁は楽しそうに春雪の試合を眺めていた。
翌朝――。
ゲームを起動した春雪は異変に気づく。
「……どうして稼いだレートが下がってるんだ?」
先日、春雪は五時間ほどかけてレート一万から四万五千まで上げた。それなのに、レートが五千になっていた。
「おいポンコツ死神。レートを溶かしたのはお前だろ」
春雪は自分の隣で漂っている彁を睨む。すると、彼女は露骨に目を逸らしていた。
「……マスターの知識を得て試合も見てるから、私も勝てるんじゃないかなーって思ってたけどこのゲームめっちゃムズいんだね。全然勝てなかったよ」
上手いプレイヤーの試合を見て、自分も強くなった気がするのは格闘ゲーム初心者あるあるだ。春雪にも覚えがあった。
「初心者が簡単に勝てるほど甘いゲームじゃないからな」
「そうみたいだね~。ちょっと舐めてたよ」
「壁を抜けたりするし、俺は彁を幽霊みたいなものだと認識していたが、どうやってゲームをしたんだ?」
「マスターは勘違いしているけど、私は人や物を普通に触れるよ」
彁は右手を伸ばしてコントローラーを握る。
「ほとんどの人には私が見えないから、コントローラーが浮いてるように見えるだろうねー」
彁は握っていたコントローラーを机に置く。
「彁のことが見える人間って具体的にはどんな奴だ?」
「マスターみたいに死神と契約した人ーー他には霊感が超強い人くらいかな」
「彁の存在を認識できる人間はほとんどいないわけか」
「普通の人には私の姿は見えないし、声も聞こえないよ。マスターが命令してくれれば、私の姿が見える人を増やすことはできるけどね」
(そんな命令をする機会が訪れるとは思えないけどな)
自分から彁の存在を他者にバラす状況を、春雪は全く想像できなかった。
「ゲームしたいけど、マスターのアカウントは使っちゃいけないんだよね……」
「彁、ちょっと待ってろ」
春雪は彁のためにサブアカウントを作り始める。
「今度からは俺のアカウントじゃなくて、こっちでやってくれ」
春雪は彁にサブアカウントのパスワードを教える。
「分かったよマスター」
(下がったレートは後で戻さないとな……)
コン、コン。
玄関のドアをノックする音が聞こえると、春雪はドアを開けに行く。
「久しぶりだな哲也」
哲也と呼ばれた顔も身体も縦に長い男は、黒色の軍服を着ている。彼の胸元には無数の勲章が煌めいていた。
彼は春雪と同期のプロプレイヤー、
哲也はデモリッションゲーミングに所属しており、az《アズ》というプレイヤー名で活動している。
「近くで開催している大会に出るから、久しぶりに春雪氏の顔を見に行こうと思ったんだよ」
「そうだったのか。もう見慣れたが、軍服は相変わらずなんだな」
「僕の魂のメインキャラだからね」
哲也の衣装は、彼がブレイブソウルズ1から使い込んでいるメインキャラーーゴードン軍曹のコスプレだ。
「春雪氏、きもすぎゲーミングを解雇されたみたいだね……」
きもすぎゲーミングのツイッチー公式アカウントや公式サイトでは、最強神の契約終了が告知されており、哲也もその情報を把握していた。
「ああ」
「スポンサーがいなくなっちゃったけど、春雪氏はこれからどうするんだい?」
春雪の同期で現役のプロゲーマーとして活動している選手は少ない。
大会で勝てなくなった彼らは引退するか、ストリーマーや解説者として活動している。
「今まで通りに活動は続ける。世界最強になるのを諦めたくないしな」
「その言葉を聞けて嬉しいよ。俺と同じ時期に活躍していたプレイヤーに引退されるのは悲しいからね」
春雪ほどではないが、哲也も以前より成績を落としている。
かつては国内ランキング三位だった哲也も、現在では三十位の中堅選手と化していた。
「今のランキングは若手が上位を独占している。だから、新世代のプレイヤー以外はいらないっていう奴らばかりだ。俺はそれがたまらなく悔しい」
現在の国内ランキング上位十名のうち、九名が十八歳以下の若いプレイヤーだ。
強い選手を求める観客にとっては、最強神やazはもう時代遅れの選手なのだ。
「次回のリボルトの優勝候補に、俺の名前を挙げる奴は誰もいない。あいつらを倒して観客に目に物見せてやるってのが俺の目標だよ」
(……哲也は本気で優勝を狙っている。俺も頑張らないとな)
奮起している親友を見て、自分も負けていられないと春雪は決意を固める。
「俺もリボルトに出場する。大会で当たる機会があるかもな」
「春雪氏、その時は全力でぶつかり合おう」
「ああ。せっかく来たんだ。久しぶりに俺と対戦するか?」
「対戦はまた今度で。もうすぐ俺の試合が始まる時間だしね」
時間の都合もあり、哲也は春雪とは対戦せず、試合会場へ向かう。
「マスター、友達がいたんだね」
「……お前、俺をどんな人間だと思ってるんだ」
「友達も彼女もいない悲しい人かと」
「友達もいるし彼女もいるぞ」
「マスターに彼女がいるの?」
「クラブブリリアントのレナちゃんだ。童顔で俺好みの巨乳ちゃんで、ゲームにも理解のある美女なんだ。懐が寂しいせいで最近は全く会ってないが」
「……それ彼女じゃないよ」
春雪の言う彼女が、よく指名しているキャバ嬢だと彁は察する。
「そうだ。マスター、私がゲームに勝てるようになる方法を教えて」
「しばらくレート稼ぎに忙しくなる。そんな暇はない。俺のプレイを見て覚えろ」
「素人にスパルタ過ぎでしょ! ゲームしか取り柄がないクズニートの癖にっ!」
春雪としては、彁を無視してごちゃごちゃと喚かれるのも面倒だ。
春雪は彁にスマートフォンを投げ渡す。
「これでアルフィスとか上手い奴のプレイ動画や解説動画を見てろ。初心者でも勝てる立ち回りや基礎コンボは身につくはずだ」
「そういえば、マスターと美少年は同じチームなのに険悪だったね。どうしてなの?」
「分からん。俺はあいつは嫌いじゃないんだが、どうも初対面の時から紗音には目の敵にされてるんだよな」
春雪は会ったばかりの頃から紗音に嫌われており、現在も険悪な関係であった。
「マスターの存在そのものがムカつくんだろうね」
「あいつの嫌いっぷりから、その理由はあながち否定できないんだよな……」
「超強い人達の動画見まくったら、私、マスターより強くなっちゃうかもねぇ~」
彁はスマートフォンで動画サイトを眺めながら言う。
「昔より衰えてはいるが、素人ごときに負けるほど俺は弱くないぞ」
(オンラインで百回くらい連敗してるのによくそんな大口叩けるな……。まあ、負けず嫌いは格ゲーの上達に必要な素質ではあるが)
春雪は彁の対戦履歴を眺める。途中で追う気が失せるほど、敗北の結果が何個も画面に表示されていた。
彁が解説動画に集中して静かになると、春雪はレート稼ぎのためにオンライン対戦を始める。
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