第4話 解雇

 二十分後――。

 

「……もう時間切れか」


 オンライン対戦で十連勝していた春雪は、十一試合目で敗北するとコントローラーを置く。

 最後の試合はジャバウォックと戦っていた時が嘘のように、反応や操作が鈍くなっていた。


「さっきの試合は素人目でも分かるくらい動きが悪くなってたね」


「なぁ、お前の力で三十分の時間制限はなくせないのか?」


「無理。もう一回、寿命を削って三十分プラスするのはできるけど」


「俺の寿命を削り続ければ、多少は制限時間は伸ばせるわけか……」


「寿命を削るのも一日二回までっていう回数制限があるから、制限時間は伸ばせても二回分の一時間までだよ」

 

 死神にとって人間は餌だが、人間が存在しなければ死神は生きてはいけない。そのため、死神が人間の寿命を奪い過ぎるのは禁止されている。

 死神側にも色々とルールがあるのだと、彁は春雪に教える。 


「ややこしいルールがあるのは死神も人間も同じなんだな」


 机に置いてあるスマートフォンの着信音が鳴ると、春雪は電話に出る。数分後、神妙な面持ちで通話していた春雪は電話を切る。


「誰だったの?」


「俺の所属しているきもすぎゲーミングーーそこの社長だ」


「私もついて行っていい?」


「お前みたいな目立つ格好の奴を連れて行けるか」


「つれないなぁ。私とマスターは一心同体! 私も一緒に行くからねっ!」


 拒否権はなく彁も強引に春雪に同行する。



 電車に十五分ほど乗り、黒羽根駅から数分歩いた後、春雪はきもすぎゲーミングの運営会社『株式会社きもすぎ』の前に辿り着く。

 国内でもトップレベルのゲーミングチームなだけあり、本社は近辺の建物と比較しても立派な外装であった。


「俺以外の人間にお前の姿は見えないんだな」


「うん。見えないだけじゃなくて、声も聞こえてないよ」


 道中で誰一人として、彁の存在に気づいた人間はいなかった。


「呼び出された理由は大体想像がついてるが……行くか」


 自動ドアが開いて社内に入ると、春雪は受付にいる茶髪の女性事務員に用件を伝える。

 

(おっぱい好きだからって、女性の胸をジロジロと見るのは良くないよ)


 春雪の脳内に彁の声が響く。よく見ると彼女は口を全く開いていなかった。


(巨乳は大好物だが見てねぇよ。……お前、テレパシーもできるんだな)


(できるよ。凄いでしょ~)


(頭の中でお前の声が何度も反響して気分が悪い……。普通に喋ってくれ……)

  

 春雪は彁との会話を終えると、エレベーターに乗る。春雪が十階のボタンを押すと、エレベーターがゆっくりと上昇していく。

 エレベーターの扉が開いて廊下に出ると、春雪は右奥にある社長室まで進む。

 社長室のドアをノックしてから、春雪はドアノブを回す。

 扉を開けると、純白のスーツに身を包んだ太った男が椅子に座っていた。蛙面のこの男は株式会社きもすぎの社長ーー袴田新太はかまだあらただ。


「いきなり呼び出してすまないな。今日の用件だが――」


「俺の契約を更新せず、契約満了ですよね?」


 春雪は自身が予想していた呼び出しの理由を口にする。

 春雪の言葉に新太は申し訳なさそうに頷く。


「今までチームに貢献してくれた春雪には言いにくいことだが、結果を出せない選手をいつまでも在籍させるわけにはいかないんだ」


 春雪がきもすぎゲーミングにスカウトされたのは十七歳の頃だ。きもすぎゲーミングや新太とは十年以上の付き合いになる。

 解雇宣告されたショックは大きいが、最近の戦績の悪さから、春雪自身も解雇には納得していた。


「まあ、仕方ないですよね……。社長、今までお世話になりました」

 

 春雪は全く言い訳せず、新太に一礼すると社長室を出る。



 降下するエレベーターの中――。


「随分とあっさり受け入れたけど、抗議しなくてよかったの?」



「俺が大会で結果を出せていないのは事実だ」


「これでマスターはゲームが上手いだけのニートかぁ~。後で私の胸で泣いていいよ」


「もっと巨乳の子がいい」


「あぁっ~? 誰の胸が板だぁ?」


「板とは一言も言ってないんだが……」


 春雪は勝手にブチ切れている死神を無視して、一階の受付まで戻る。

 このまま帰宅しようとしていた春雪は、前方から視線を感じた。


「チームの恥晒しの最強神さんじゃないか。雑魚がこんなところに何しに来たんだよ」


 春雪に侮蔑の視線を向けるのは、金髪碧眼の中性的な美少年であった。少年は杉の木を模したきもすぎゲーミングのロゴが入った白いシャツの上に、水色のパーカーを着ていて、黒色のジーンズを履いている。

 

「相変わらず口が悪いな、紗音」


「本名じゃなくて、アルフィスの方で呼んでよ」


 少年の本名は蛇崩紗音(じゃくずれしゃのん)で、彼こそが国内最強のプロゲーマーアルフィスだ。

 春雪は先ほど、チームを解雇されたことを紗音に伝える。


「何度も予選落ちしてるプロゲーマーなんて、解雇されて当然だね。むしろ、社長の判断は遅過ぎたくらいだよ」


「うーん。ゲームの腕も容姿もマスターの完敗だねぇ……」


 彁は冴えない契約者(マスター)と可愛い系の美少年を見比べる。


「おいコラ。ゲームの腕はともかく容姿の方は関係ないだろうが」


 春雪が彁に反論する。


「イマジナリーフレンドとお喋りかい? リストラされたショックで頭がおかしくなったみたいだね」


 紗音は春雪に哀れみの視線を向ける。


(……そうだった。俺以外には彁の姿は見えないんだった)


「最強神さんはもうプロゲーマーじゃなくなったし、ブレイブソウルズを引退する丁度いいきっかけになったんじゃないの」


 紗音は春雪を嘲笑する。


「まだ引退するつもりはない。お前を倒してないしな」


「僕を倒すなんてゲームのセンスだけじゃなくて、冗談のセンスもないね。大人しく引退して就職でもしろよ、おっさん」


「言いやがったな。次のリボルトでお前を倒してやるから覚悟しとけ」


 売り言葉に買い言葉で、紗音の罵倒に春雪は即座に言い返す。


「あははっ。最強神さんと戦えるのを期待しないで待ってるよ」


「俺なんか眼中にないみたいな言い方だな」


「僕と当たる前に負ける雑魚なんて、眼中にないよ」


 春雪は大会では一度も紗音と対決したことがない。紗音と戦う前に春雪が敗退していたからだ。

  

「俺を舐めるなよ。お前の試合を学習したCPUを倒したんだぞ」


「それがどうしたの? あれに勝ったからって、僕に勝てないのは最強神さんが一番よく分かってるでしょ」


(現状では紗音の言う通りだな。あのCPUは強かったが、本物の紗音はあんなものじゃなかった)


 春雪は大会ではないフリーの試合で紗音と何度も戦ったことがある。対戦数は百回を越えているが、春雪は一度も紗音に勝ったことはなかった。

 

「分かってると思うけど、最強神さんと戦っている時は僕一度も本気を出したことがないからね。僕は優しいから、試合になる程度には手を抜いてあげてるんだよ」


 紗音の言葉は事実で、春雪との試合では彼は一度もメインキャラを出していなかった。春雪は昔から紗音に舐められていることは自覚していた。


「チームもクビになってもう会うことはないだろうけど、精々頑張りなよ」


(紗音は世界最強プレイヤーになるためには、絶対に越えなければならない壁だ。俺が倒してやる)

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