第3話 最強CPUアルフィス②

 今まで後退を強いられ続けていたギルスがダッシュをし、再びジャバウォックへ猛進する。ギルスは途中で方向転換や停止を挟み、火球やレーザーを避けていく。


「えぇっ! 今まで的にされてたのに急に当たらなくなった!?」


 彁はギルスが敵の動きに対応し始めたことに驚愕する。 


「やっぱりな。所詮はCPUだ。アルフィスを完璧には再現しきれていない」


 ギルスは飛び道具の弾幕を避けきり、敵の懐に入ると、槍を振り上げてジャバウォックを打ち上げる。コンボの始動になる浮かせ技だ。

 大半の格闘ゲームでは空中に浮かされた状態だと、地上にいる時よりもできることが限られるため非常に不利になる。それはブレイブソウルズでも例外ではなかった。

 浮かされた側ができることは、左右のいずれかの方向にキャラをずらすか、発生の早い技で攻撃に割り込んで暴れるかだ。


(ジャバウォックには暴れに使える技はない。ここでダメージを稼ぐ)


 浮かせ技からの連続攻撃でジャバウォックの体力を残り三割まで削るが、ジャバウォックはブラストゲージを消費することで、ギルスを衝撃波で吹き飛ばそうとする。

 ブラストゲージは相手にダメージを与えたり、自分がダメージを受けると溜まっていき、ゲージを半分消費することで、自分の周りに衝撃波を発生させる『ブラスト』という防御を使用できる。

 ブラストは発生も非常に早く強力な防御技だ。だが弱点もある。


 タイミングは非常にシビアだが、攻撃側はブラストの使用に合わせてブラストゲージを半分消費することで、『カウンターブラスト』という攻撃技を使えるのだ。カウンターブラストに成功すれば、相手をダウンさせたり浮かせるカウンターを放てるのだ。

 このブラストゲージによる駆け引きもブレイブソウルズの醍醐味の一つであった。


(そろそろブラストを使ってくる頃と思っていたぜ)


 敵がブラストを発動するのは、春雪の読み通りであった。

 ブラストゲージはラウンドを跨いで引き継ぐため、二ラウンド以上の試合ならば次の試合に備えて温存するという戦術もあるが、今回の戦いは一本勝負だ。劣勢でゲージを温存するメリットはない。

 ジャバウォックのブラストに対応し、ギルスはカウンターブラストで相手をダウンさせる。


(よし。有利状況をキープできてる)


 このゲームでダウン後にできる主な行動は、起き上がり攻撃、受け身、攻撃も受け身もせずに起き上がるの三つだ。

 

「もう一つ弱点を見つけたな」


 相手の受け身を確認すると、春雪は笑みを浮かべる。

 春雪は相手の受け身の方向を読み切っており、先読みして放った斬撃で再びジャバウォックを浮かせる。

 その後はさっきの展開の繰り返しで、今度はジャバウォックの体力を削りきり、春雪は見事に最強CPUに勝利した。


「途中からマスターが一方的に押し切っていたけど、どうして圧勝できたの?」


「レベルの高いCPUは常に最適な行動を取ろうとする。そこが付け入る隙なんだよ」


「最適な行動を取ってるのなら、隙なんてないんじゃ?」


「ふっ、何も分かってないな。格闘ゲームのかの字も知らない小娘が」


「あ?」


 彁が鎌を春雪の首筋に近づけると、彼は情けなく「調子に乗ってごめんなさい」と呟く。


「最適な行動ってのは、リスクが少ない安定択だ。逆に言えば、対応する側としては一番予測しやすい行動でもある。ジャバウォックの最後の受け身なんて最たる例だ」


 春雪は彁に説明を続ける。


「受け身は一定時間無敵になれる上に、前後左右のいずれかの方向に逃げられる便利な択だ。だが、ある程度慣れたプレイヤーなら相手の受け身を想定して、退避場所に攻撃を先読みで置く」


 レベルの高いCPUは、攻撃も防御も最速で行動する傾向があるため、受け身のタイミングもかえって予測しやすかったと春雪は補足する。


「マスターが敵の受け身を読んでいたのは分かったけどさ、受け身で逃げる方向までどうして分かったの?」彁は首を傾げる。


「相手の立場で考えれば簡単なことだ。相手は遠距離が得意なキャラだから、あの状況ならばとにかく俺から離れたかったはずだ。そうなれば、最も距離を取れる後方受け身を選ぶ可能性が高い」


「最適な行動が必ずしも正解じゃない理由は理解したよ。もう一つ分からなかったんだけど、途中から火球とかレーザーを避けられた理由は何?」


「CPU特有の反応の速さで誤魔化してるが、本物のアルフィスに比べて、攻撃の仕方が単調だったんだ」


 観戦していた彁には全く分からなかったが、CPUは規則的に飛び道具を使っていたらしい。そのため、フェイントを交えた突進に対応しきれていなかったと春雪は語る。


「彁のおかげだ。前まではCPUの弱点を引き出せずに、負けまくったからな」


「マスター、時間が残っているうちに次の試合をしなよ」


「時間?」


「そういえば言ってなかったね。マスターが全盛期でいられる時間は、三十分だけだよ」


「おいっ! どうしてそういう大事なことを教えてくれないんだ!?」


「だって聞かれなかったから」


 彁はあっけらかんと答える。

 彁の様子を見る限り、悪意を持って時間制限のことを隠していたわけではないようだ。


「お前との契約は解消だ! 試合の度に寿命を一年削ったら、寿命がいくらあっても足りないぞ!」

「契約解除したら死んじゃうけどいいの?」

「さっき何て言った? 俺が死ぬ?」


 春雪と彁の間に光の綱が現れる。綱の両端は彼らの胸元にあった。


「マスターにも見えるようにしたけど、契約した時点で私達は魂で繋がるんだ。契約解除すると、私と繋がってるマスターの魂は消滅するんだよ」


「俺が契約解除した場合、お前の方は何も代償はないのか?」


「ないよ。あえて言うなら、マスターから貰えるはずの寿命が貰えなくなるくらいかな」 

(とんでもない契約を結んじまった……。契約の前にもっと詳細を確認するべきだった……)


 死神との契約を甘く見ていたことを春雪は後悔する。だが、契約した時点で手遅れであった。


「話し相手になってくれる天使過ぎる美少女といつも一緒になれるんだから、童貞マスターは嬉しいでしょ」


「天使過ぎる美少女なんてどこにいるんだ?」 


「……今すぐ寿命を全部奪ってやろうかクソ童貞」


 魂の契約をきっかけに、冴えないプロゲーマー伊井春雪と死神――彁の騒がしい生活が始まろうとしていた。

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