丸太の冒険

 私はしがない丸太です。円筒型で複数のオークの木の湾曲した板を組み合わせて、黒金の輪っかを上下に嵌められた姿をしています。私の生まれは古く時代でいうと中世ヨーロッパの後ろ頃。あの日、私は金貨をたっぷりと詰め込まれて船旅へ出ました。届け先はとあるアジア圏です。順調な船旅は簡単に目的地まで辿り着きました。船着場で私はすぐに金貨を吐き出さされ、そのあと、川でよく洗われ、天日干しにされました。川辺では子供たちが競うように川に飛び込んでいました。また私を洗っていたのは肌の浅黒い女性たちでした。


 容赦無く照りつける灼熱で私はすぐに乾きます。すると市場に運ばれ、そこでは私を作った人、運んだ人々がごった返していました。また市場は珍しい物で溢れています。絹織物は複雑な模様で美しく、良く売れていました。私はそこで金貨ではないものを積み込まれ、また船へと乗せられたました。本国へと帰るのです。私は本国の同僚たちにこのちょっとした冒険を語るのを楽しみにしていました。


 途中までは至極順調な船旅でした。微風は少しずつ強くなり、やがて常に吹きつけるように変わって私の表面はベタベタに変わっていきます。陸地を離れてしばらくしたところでした。大砲の音が響きました。空気を轟かして私の中身を揺らしました。それから、噂に聞く海賊。汚い身なりをした人々が自分たちの乗ってきた船を近づけてこちらの船に大勢飛び乗ってきたのです。船員たちはそれよりも前に剣を抜いていましたし、大砲より小さな鉄砲を構えて、飛び乗られる前にすでに何発か撃っていました。


 剣戟は飛び乗ったその瞬間からすぐに始まりました。剣同士が激しくぶつかり合い、唾競り合って音を立てる中で銃声も何発か響いていました。血が飛び散りあって私にも掛かりましたし、どちらの人だったかは思い出せませんが、誰かが寄り掛かってそのまま事切れてしまったらしく、しばらくそのままになっていました(その臭いの酷さたるや。私の中身を持ってしても中々誤魔化せそうにないほどでした)。


 争いは長くは続きませんでした。精々太陽が二度傾いたくらいでしょうか。殺され、或いは捕らえられ、船の中央に集められました。それから立派に織り込まれたつばに鳥の羽一本差し込んだ帽子を被っている黒髭の立派な男性が威勢良くいいました。


「この船は俺たちがもらった。積荷も船も、全部俺様たちの物だ!」


 そうです。勝ったのは乗り込んできた海賊たちです。周りを取り囲む大勢はその勝どきに声を合わせて叫び通しました。傍若無人に振る舞う彼らはずっと楽しそうにしていました。楽しそうに、残った船員たちを処刑し始めました。


 船には乗り込み口があるのですが、そこを開け、板を一枚突き出すように置いて一人ずつ、海に飛び込むようにいいました。下は大海原です。陸地はまだ近いとはいえ、手枷をつけたままでは泳ごうにも泳げません。彼らは剣を背中に突きつけて一人一人を追い立てます。素直にそれに動かされて潔く海に飛び込む人がいました。剣で追いやられてやむなく飛び込む人がいました。それでも行かない人には鉄砲が火を吹き、体に穴を開けて飛び込まされました。一人残らず海に飛び込ませたところで、次は略奪が始まります。そして、なんと彼らは荷を海に捨て始めました。それは何故かって、こうすることで魚や鮫が船の周りに寄り付いて、万が一にも助かった船員を確実に始末するためだそうです。私たちは捨てるか否かを判断されるため、中身を改められ、要らないと判断された同僚は海に放られていきます。一つ、また一つ。まず船倉から同僚が海に投げ捨てられていきました。中身は魚に果物、パンにワイン、その数からして殆どが捨てられてしまったことでしょう。次は甲板にいる私たちの番です。私は恐ろしくなって中身をブルブルと震わせました。


 剣を携えた汚い男(臭いのなんの)が私の蓋を取りました。ああ、これで捨てられるかどうか決まる。すると、彼は驚いたような顔をして立派な帽子を被った男にいいました。


「船長! こいつだ! 見つけましたぜ!」


 立派な髭と帽子の男、船長は呼ばれて男と一緒に中身を改めました。中に手を突っ込んで触感を探り、一粒取って臭いを確かめました。そして蓋を閉じると、船長は高らかにいいました。


「こいつで間違いねえ!」そして男にいいました。「こいつを向こうの船に運び出すぞ」


 かくして窮地を脱した私は居を彼らの船、海賊船へと移したのです。同じように移動した同僚は極僅か。その多くが船倉へと担ぎ込まれる中、私は船長室へと移されました。担ぎ込まれた後にまた大砲の音が何度も響きました。船長室には質のいいガラス窓があります。外を覗くと、私の乗っていた船が大砲の直撃を受けて見窄らしい姿になって煙を上げていました。そして彼らの汚い笑い声が響きます。どうやら彼らは遊び半分に空っぽの船へと砲撃しているようでした。荷のなくなった船は帆を破壊されて砲撃された方向からフラフラ離れて小さくなっていきます。きっとどこまでも進んでから人知れず沈んでしまうのでしょう。私の初めての船とはこうしてお別れを告げました。


 その夜中、宴の下品で耳障りな声を聞いたのちに船長、お酒をしこたま飲んだのでしょう、赤ら顔になった船長が千鳥足で帰ってきました。船長室は豪華で色鮮やかな略奪品がいっぱいあります。金のネックレス、ルビー、サファイヤ、山のような金貨……。見比べてしまうと私のなんと場違いなことでしょう。焦げ茶色の地味でずんぐりした私はどうにもいたたまれない気持ちを抱いて肩身の狭い思いをしていました。船長は宝石類に目をやって、如何にもご満悦な表情を浮かべています。するとその目が片隅に眠る私を捉えるではありませんか。私はドキッとして中身をガサリと動かしました。船長は近づき、蓋を開いて中身を掬い上げ、嗅ぎながらいいました。


「お前はどんな黄金よりも価値がある。最高のお宝だ」


 私はその意味が全く理解できませんでした。船長はいうと蓋を閉じて寝床へ向かっていきました。ものの数秒で鼾をかき始めます。私はしばらくその言葉の意味をよく考えていましたが、きっと酔いの中に語った戯言に違いありませんと知らず知らず寝入ってしまいました。船の揺れがドンドン強くなってきているのに。


 この後は語るも恐ろしい出来事の連続でした。いえることはほんの少ししかありません。船があっちらこっちらに傾き、船長室の宝石(と私)は方々に散らばって、船の上だというのに叩きつける飛沫が至る所から入ってきました。全てが終わったのは夜が明けたとき、幸いなことに船は沈みませんでしたが、奇しくも帆が壊れて操縦不能に、ただ沈むのを待つ浮舟になってしまいました。そうなると備蓄された食料をただ消費するしか海賊に生き残るすべはありません。ですが皮肉なことにその日暮らしが生業の彼らには食料の備蓄自体はあまりありませんでした。海賊たちは襲った船の食料の多くを捨ててしまったために一週間前後しか残りがない状況だったのです。海賊たちは船長を仰ぎ見ました。船長はいいました。


「船がやられちまったが、何、幸いなことにここから陸地はそう遠くない。数日後には勝手にどこかへ流れ着いてくれるだろう」


 そういわれて海賊たちは安心しましたが、この船長の見立ては全く見当外れもいいところでした。船は五日を過ぎても陸地にはつかず、それどころかどんな船にも一切会えず、食料はドンドン減っていきました。すると食料がまだある内からきな臭くなっていきました。争いと口喧嘩が絶えず、船長への当たりも強くなっていきました。そうしてついに一週間の一日手前、事が起こりました。


「船長! あんたのいうことを聞いてもちっともあてになんねえ! さては俺たちを餓死させてお宝を全部自分のモンにしちまう気なんだろう! そうなる前にぶっ殺してやる!」


 この声が聞こえるや否や大慌てで船長が自室に駆け込んできました。そしてその船員がこの部屋に着く前に化粧箪笥やら家具を山積みにして(私も最後に重しに使われて)扉を塞いでしまいました。直後に扉を激しく叩く音がします。それも一つではありません。明らかに複数でした。直前にあんなことをいったのはどうやら一人ではなく海賊の総意だったのでしょう。バンバンと激しく叩く音は次第に鈍器のような物で殴りつける音や鉄砲を撃ち付ける音になりました。船長は机の陰に隠れて激しく怯えておりましたが、どうやらどうやっても扉は突破できそうもありません。すると船長はそれを茶化すように笑いました。


「はっはっは。ざまあみろ。お前たちの豆鉄砲じゃこの扉は破れないな」


 悪口を聞こえるようにいってのけます。すると海賊たちの一人がそれに怒ったのでしょう。大砲を持ってくると言い出しました。流石に家具の山でも木ですから大砲を直に食らえばひとたまりもありません。それに扉の前には私がいるのです。私は身震いをしました。すると、もう一人が即座に止めるようにいいました。


「馬鹿。お宝まで吹っ飛ばす気か? それよりここを見張ろう。出てこれなくしてやるんだ。閉じ込めちまえば船長は餓死するしかないだろう」


 船長の顔は青くなりましたが、少なくとも私は難を避けることができました。それから三日。船長はすっかりやつれてぐったりと寝床に横になっています。実は海賊たちの見当違いで、この部屋には余分に食料が保存してありましたが、水だけは用意がありませんでした。それに保存食は塩を使ったしょっぱいものばかり。船長は緩やかに死を待つだけになりました。船長は薄れゆく意識の中でいいました。


「うーん。わしは死ぬ。しかし、あのお宝……あのお宝の価値はわししか知り得ない。きっとこの船にずっと残されることだろう。それがどうにも、どうにももったいない……」


 船長は程なくして息を引き取りました。もったいないお宝は、それからこの扉が開く日を根気強く待ちました。しかし一年が過ぎた辺りでおかしいことに気付きました。扉が開くどころか、外には人の気配なんてしないのです。船長は干からびてミイラみたいになっていました。ベッドには船長の体液が沁みて、死んだばかりの頃は蛆が湧いて、それは大変嫌な思いをしたものでした。


 そういえばこの船はもう全く揺れていません。陸地に着いたのでしょうか。とすると海賊たちはもう降りてしまったに違いありません。残念なことに、私は今窓の外を拝むことができないので確かめるすべがありません。このまま放って置かれてしまうのでしょう。私は不安になりました。私はひとりぼっちです。せめて船倉にいれば仲間たちと語らうことができたというのに。


 抱えた不安は狭い室内を反響するように自分に返ってきて、さらに不安を掻き立てます。また一年を越え、船体は恐ろしいほど早く朽ちていきます。毎週毎日、どこかが壊れていく音がしました。私は見ての通り重いので、朽ちた木材がいつまでもつのかも気が気でなりません。この頃になると船長はすっかり骨だけになり、私はその髑髏と独り寂しく妄想の中で会話をするに至るようになりました。そして運命の日は一ヶ月後にやってきました。


 私はとうとう下へ突き抜けてしまったのです。さようなら船長。そして新たな地平よ、こんにちは。実はこの一ヶ月、船長との議論の末、下へ突き抜けることに一途の望みを感じるようになっていました。下はもっと朽ちているでしょうからきっと、外を覗く穴があるはず。新たな地平を見たい。感じたい。そう思っていましたし、実際のところ、船体には大穴が開いていました。その先にあるものこそ、待ちに待った外の景色なのです。


 そこは雪でした。いえ、正確には雪は降っていませんし、積もってもいませんでした。ただ上も下も真っ白で、それがどこまでも続く不思議な大地。空はもちろんわかりますとも。曇っているんです。しかし下に広がる真っ白い大地は見たこともありません。木も草も、砂浜も、人の影もありません。もっとよく見ようと視界を凝らしたときでした。凄まじい音を立てて私の上を覆い被さるように、船長室そのものが落ちてきたのです。気が付けば辺りは真っ暗になってしまって、それからは時折聞こえる勢いよく吹く風音だけになりました。


 暗闇にいる時間は、それは長いもので、三年辺りまでは数えていましたが、それよりも長いときはもはや数える気にもなりませんでした。私の人生の中でこの時間が最も退屈で窮屈な時間でした。やがて何の感想も抱かないようになって本当に置物になりました。それから何十年、何百年経った頃、やっと変化が訪れ始めました。暗闇に光が射し始めたのです。それは年を追うごとに増えて広がっていきました。船の木片がまた太陽にさらされて段々と朽ちていくのを感じます。私に被さった破片はポロポロと溢れて、やっと再び外を拝むことができました。白い地平線。それは変わるものではありません。しかし、空は曇り空ではなく、太陽の降りしきる真っ青な空でした。心なしか外の空気も暖かく変わってきており、今まで見えなかった反対側には海が広がっていました。ここからだと波打ち際もよく見えます。しばらくぶりに見た海の繰り返される波の素晴らしさに見惚れていると、反対側から真っ白毛っけの大きな動物が私に近づいて嗅いだり近くに寝そべってそのまま鼾をかいたりしました。久々に会う生き物の何と感動的なことでしょう。彼はしばらく寝るとまた起き上がって私を前足で触ったり表面の舐めたりして遠退いていきました。私はまた彼がきてくれることを願いました。しかし、そうはいかないのが冒険の付き物なのです。


 そこからまだ時間も経たないうちに連日連夜の太陽のおかげで溶けた地平線が分裂を初めました。私の乗った場所は地平線を離れました。私は人生で三度目の航海にい出たのです。また私の周りを散らばっていた宝石や船の残骸は少しを残して海へと真っ逆さまに落ちていきました。


 この旅は船のように揺れず快適なものでした。しかも船のように手摺りもなく、全てが開けっぴろげです。私は遠退く白い地平線を見つつ、三方に広がる海を、まるで故郷に帰ったような気持ちで眺めていました。その胸にちょっとの希望を灯して。その希望はわりかしすぐに叶います。が、叶うまでは半日以上流される必要がありました。


 それは人間に会うことでした。彼らは白いボートでこちらに近づいて、私の船に乗り込むと私や私の周りを見て、それから私の近くに落ちていた金貨を一枚拾い上げると歓声を上げました。彼は橙色に光る不思議な服を着て頭上半分を包むような帽子を被っています。顔は私を作った人たちと似ていました。またボートには他に二人。二人とも彼と同じように上下ともオレンジの服を着て、片方は前方につばの突き出た帽子を、もう一人は何も被ってはいませんでしたが、いつぞやの船長のように立派な黒髭を蓄えていて、船長を思い出しました。彼はきっと海中に没したでしょう。


 彼らは私や私の周りの残骸をいたくご機嫌にボートへ運び込むと、早鐘の心臓よりも早く大きな鼓動が船を揺らしました。すると驚くことに帆のない船は手で漕ぐ必要すらなく風に逆らって、それも速く動き出すではありませんか。私は仰天しつつも三つ目の船に別れを告げました。


 さて、私はどこへ向かっているのでしょうか。景色は素早く移り変わっていきます。陸地が見えたと思ったらもう次の瞬間にはついているのです。船着き場には見慣れない船が数多くありました。今乗っているボートよりも大きく、白い塗装に英字が書いてあり、やはり帆がありません。港にはそんな船が、停まっているだけでなく、この船よりも速く動いているのもありました。


「見つけたぞ!」


 船着き場に着くや男の一人がいいました。石造りの桟橋にはまた別の男が出迎えていました。太って、しかし身なりのいい男性です。彼は両手を広げて三人の帰還を歓迎しながらいいました。


「昨日に見つけた甲斐があったな」


「ああ」黒髭の男性がいいました。「ドローンさまさまさ」


 これで金持ちになれるかもな。男たちはいって笑いました。私は見たこともない黒い車輪の付いた箱に乗せられました。暗幕が掛かっていて周りが見えなくなります。ですがもう暗闇は慣れっこです。ボートと似た鼓動がして進み始めました。暗幕の内にいた二人は光る平べったい板を持って指でなぞりながら聞き覚えのない単語を続々と交わしていました。


 やがて車輪の付いた箱が止まり、唸りが失せます。すると暗幕の奥が開いて二人の男が顔を出しました。目的地に着いたようです。私は二階建ての家に運び込まれました。そこで彼らは私を運び込んだ後、小さな太陽を点けました。家の中は忽ち明るくなり、きっと火ではないのでしょう、一切揺らごうともしませんでした。内装も家具も見たことのないものばかりです。男の一人は平たいものを手にとって真っ黒の鏡みたいなものに向けました。すると鏡から人が現れて話し始めました。男の一人が白く自身の背丈よりも大きな箱を容易く開くと中から缶を取り出し飲み始めました。天井からは熱い風が吹き付けてきます。全く私の知らないことばかり。光る板を耳に当てて独り言をいっていた身なりのいい男がいいました。


「明日にはこいつらを売りに行く。さっき約束を取り付けた。言い値を払ってくれると嬉しいところだな」


「ちゃんと約束した分の報酬を寄越せよ。俺たち二人が六十、あんたらが四十だからな」


 つば付きの帽子を被った男性がもう一人の帽子を被った男性をして、俺たちといいました。黒髭の男性はそれに脅すような大声で「五分に決まってるだろ!」と返しました。どうやら、私たちを売った金の取り分のことで揉め出したようです。三人はたちまち喧々囂々と言い合って、あるところで黒髭と帽子二人は黙って睨み合います。まさに一触即発です。すると、間に身なりのいい男性が「まあまあ」と双方を鎮めるように手を翳しながら入っていきました。そして帽子の二人に向き直るといいました。


「何れにせよ。報酬がいくらになるのかはまだ未知数なんだ。実際に見てもらわないとわからない。もし想定よりも低かったら全額お前たちにやるよ」黒髭の男は「おい」と抗議をしますが男性が手をかざすと黙ります。男は二人に「それでいいか」と聞き、二人はほくそ笑みながら頷きました。男は黒髭に振り返ってこうもいいます。


「所詮は小物かもしれん。いいか。俺たちが狙っているのは本物のお宝なんだ。それが見つかればこんなもんどうだ? 馬の糞みたいなもんさ、、、、、、、、、、


 黒髭はそういわれるとハッとして男を見ました。男は二人に見られないようにウインクしてみせます。最後に男は三人に明日の朝に迎えに来るといって出ていきました。二人と黒髭はしばらく黙って見つめ合いましたがやがては目を逸らして、互いに黙ったまま夜を過ごすことになりました。二人と黒髭は寝室を別々に消えていきます。その夜のことでした。聞き覚えのある音、銃声が鳴って、私のいるリビングに誰かが飛び込んできました。辺りは真っ暗ですが、少なくとも月明かりはあるので夜目は効きます。よく目を凝らしてみるとその誰かは一人ではなく、二人でした。組み合っているので一人が入ってきたように思えたのです。つば付き帽子の男と黒髭の男でした。二人は取っ組み合いながら口々に必死な声を出しました。


「やっぱり宝を独り占めする気だったんだな! 殺してやる」つば付き帽子の男がいいました。


「黙れ! 黙って死んでしまえ!」黒髭がいいました。


 二人は転がり、殴っては転がり、殴っては転がりを繰り返します。この戦いは終始黒髭が優勢でした。どちらも体つきはいいのですが、より重い方は黒髭なのです。やがて一方的な戦いに変わるとつば付き帽子はぐったりとして動かなくなりました。しかし、まだ生きているようです。にも関わらず黒髭は体を離すと吐き捨てるようにこういいました。


「全く欲をかきやがって。なあ、お前の相棒は俺が殺したわけだがよ。これで一人の取り分は増えるわけだ。三人で仲良く山分けしねえか?」


 いって手を差し出します。しかしその目は獣のようにギラついてもいました。断ったら殺す気なのです。つば付き帽子は、果たして。


「冗談じゃねえ。全部俺のもんだ」


 彼はいうと隠し持っていた銃を黒髭に向けて一発撃ちました。黒髭は避ける暇もありません。もんどり打って倒れました。しかし、それで事切れるわけではありません。銃弾は当たっていましたが致命傷というには的外れでした。黒髭はすぐに倒れたままの男に飛びかかり首を絞めました。男は無我夢中で鉄砲を撃ちましたが、黒髭に抑えられてしまいます。男は逃れようもありませんでした。ついに男は動かなくなり、しかし、次の瞬間には黒髭もまた倒れてしまいました。男が撃った一発は黒髭の腹に命中していたのです。黒髭は荒い呼吸で必死に息をしていました。


 私はそれらを興奮して眺めていました。人の死に面白さを感じていたのです。私は時代を越えてまた人に拾われて、過去に見たように再び死を目撃できたのです。面白い面白い。ずっと面白いと思っているとすぐに朝がきました。黒髭はまだ死んでいませんが、今にも死にそうでした。そこに扉を開けて、彼らを迎えに来たのでしょう身なりのいい男が入ってきました。男は家の惨状を眺めて溜息を吐きました。家の中は明るくなると二人の暴れた跡がありありと映し出されます。男は黒髭の元まできました。その側の銃を拾い上げて。黒髭は助けを乞うような目を男に向けました。男は一瞬悲しそうな目をしましたが


「よせよ。もう助からないことはお前がよく知ってるだろう?」


 いって介錯の一発を黒髭の頭に命中させました。黒髭の体がビクッと動いて停止します。その後、男は私以外の宝石や金貨をかき集めると出ていきました。私を置いて。でも彼は決して私を見つけられなかったわけじゃありません。彼は私を見ていいました。


「こんなもんは何の値打ちにもならないだろう。ただの樽じゃないか」


 私はムッとしましたが伝わるはずもなく彼は私を置いていきました。それからはまた最悪でした。警察という青色の制服を着た人たちが死体を運び、次に不動産です。最悪なのはここでした。なんと、家の掃除と称して私を外に出してしまったのです。私は庭の物置の脇に置かれました。その瞬間にもうあんな興奮する場面に出くわすことはないのだろうと確信を持ちました。つまらない、退屈な置物として樽の日々がまた過ぎていきました。


 そうしてまたしばらくの月日が経って、誰かがこの家に越してきました。私はまた退屈を紛らわせるために周りを注視してよく観察する日々に戻っていました。越してきたのは父、母、息子の三人家族です。母は庭の手入れをするのが好きなようでした。息子は例の、スマートフォンばかりを眺めている子供でした。父親は家に籠ってばかりです。


「ねえ、あなた。たまには息子と外で遊んで来なさいな。あの子もあなたと遊びたがってるんだから」


 あくる日に母のそんな声が聞こえて、父が渋々ながら息子と出てきました。手にはグローブと野球ボール。庭でキャッチボールです。まず父が投げます。下手くそです。ボールはあらぬ方向へ。次に息子が投げます。下手くそです。ボールはあらぬ方向へ。見てられません。私は庭先の花に集る蝶々を眺めていました。すると下手くそが私にボールをぶつけました。父親が拾いに来ます。このころの私は植物が生い茂ってすっかり庭の石の如く同化していました。父はボールの良い跳ね返りが気になってぶつかった私のすぐ近くまできました。そして私をコンコンと指の背で叩きます。


「パパどうしたの?」


 子供がいいます。父親は、すると私の周り草を千切って裸にしてきました。子供は気になって近づいてきます。


「こりゃすごい」父親が食い入るように私を見つめながらいいました。


「なんでここにこんなものがあるんだ?」父親が私をベタベタ触りながらいいました。


 そして、こうしちゃいられないと私を担ぎ上げて家の中まで上げてくれました。そうして次に雑巾やら何やらで私をすっかり掃除してくれました。途中で母親と子供が父親に質問をします。父親は口々に私がいつ作られたか、どこで作られたかを言い当てて、価値があるといいました。


 その後、私の居場所は変わりました。普遍の価値を持つものとして。また中身も一緒に展示され……。実は私の生まれた時代や場所はこの中で知ったことなのです。私は同僚ではないにしろ、同じ時代を生きた物たちと一緒に永く暮らすことになりそうです。日がな来る人間たちを観察し、観察されながら。

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