第9話 第二王子を殴って逃走後の保健室で――。

グレンダイザー王国には二人の王子がいる。

ノザンと同じクラスでEランクにいるゼドール・グレンダイザー第一王子。

性格は正に俺様体質で、リリーに首ったけで学業を疎かにしている上に剣の腕でも乗馬の腕もローザンヌには一切勝てないぼんくら王子。


そしてライカと同じAランクに所属するセシル・グレンダイザー第二王子。

彼は賢く聡い。剣の腕もそれなりに強く、ロディとの打ち合いでは必ず勝利する才能すらあるし乗馬も得意だ。


そんな相手に、王族相手にリリーは暴力を振るい逃げたのだ。

恐らく兄であるゼドールに泣きつくんだろうが、これは王室でも荒れそうだと遠い目をしてしまった。



「手当はして貰ったから良かったよ。ポーションを貰えて良かった」

「とはいえ、普通王子を殴って逃げますか?」

「普通が通用しないのがあのおバカな女性だろう? それよりライカ大変だね、あんなのに目を付けられて」

「ええ……正直困ってます。家には押しかけて来たりしてたのでその度にローザンヌの元に逃げて何とか事なきを得ていたんですが……我が家を出禁になってなりふり構わず……と言った所でしょうか」

「ふむ、フランドルフ伯爵はちゃんと決断出来たんだね。父上も早く決断してくださったら助かるんだが……何せ愚兄の愚行が余りにも多すぎてね」



その言葉にセシル様も苦労しているのだと理解した。

そもそも今の状態は宜しくないのでは?

王太子もまだ決まっていない状態でこの有様……大問題じゃない?

思わず溜息を吐いてしまうとバタバタと駆けつけてくる音が聞こえ、保健室が開き「ライカ!!」と言う愛しいローザンヌの叫び声が木霊した。



「ローザンヌ!」

「大丈夫か!? リリーに押し倒されたと聞いたぞ!!」

「いえ、後ろに引っ張られて尻もちをついたくらいです。ですがセシル様が顔を殴られてしまって」

「何だと!?」

「やぁローザンヌ。王城のダンスパーティー以来だね」

「セシル様」

「うんうん、とても想い合っているって聞いてたけど本当のようだね。実は毒婦が駆けつけてライカを後ろに倒した所までは俺も見ていたんだ。それでロディと言い合いになってね。流石に俺が入らないと不味いかなと思って入ったら顔面を殴られてねぇ」

「あり得ぬ!! 王子を殴るなど不敬罪で斬首刑となっても可笑しくはない!!」

「あははは。それを決めるのは陛下だよ。ただ、私にまで暴力を振るう相手を王妃に……と言う話は一切なくなるだろうけどね」

「王妃を狙ってたんですか?」

「どうかなぁ。兄上は王妃にするんだって言って駄々っ子みたいになっていて……このままだと兄上の進退が不味いかもねぇ」

「「うわぁ」」



王室でもリリーの事で揉めることになりそうだという事。

本当に何やってんだあの人。

ましてや第二王子を殴って逃走って……流石にもう王家も動かざるを得ないんじゃないかな。



「でも、あの様子を見る限りライカを諦めた様子はないから、兄上の権限を使って何とかしようとすると思うから、これから三人で活動していいかな? 無論学校の間だけでも構わないよ」

「それは願ったりかなったりですが」

「いや、私もそう思うぞ。あの毒婦は私のライカに何をしてくるか分かったもんじゃない!! ライカ、私の為のもセシル様と行動をお願いしたい」

「うう……恐れ多いです」

「ふふ、僕はライカと一緒に居られるなんて役得だよ~? それに君に目を付けている男達も多いから牽制することも出来るし、流石に第二王子と言えど、お気に入りに手を出せばどうなるか分かる輩が多いと思うから、身の安全も保障されるよ?」

「「ライカ!!」」

「分かりました!!」



ロディと愛しいローザンヌに言われては最早NOと答えることも無い!

ここは大いに第二王子に守って貰おうと決意した!!

しかし、問題は男子からの熱い視線だけではない……そう、毒婦リリーの事。



「何故あの毒婦はそんなにもカイルに執着しているのか分からないな。君の兄ノザンに取り入ったのもライカの為だと聞いている。昔からの知り合いかなにかなの?」

「いいえ、全く知らない人です」

「ますます分からないな……ローザンヌは何か知っているかい?」

「恐らく、ですが」

「何か知っているのなら教えてくれないか?」

「毒婦は恐らく、ライカの愛が欲しいんでしょう」

「俺の愛は既にローザンヌに渡してます!!」

「うむ! 知っている!! 二度と手放さないから安心したまえ!!」

「うん、二人がとても愛し合ってるのは有名だからね。でも何故ライカの愛をそんなに欲しがるんだろうね。今でも充分あっちこっちの男から愛を貰っているのに、ライカにだけ執着するなんて可笑しいじゃないか」

「セシル様、元々あの女の頭は可笑しいですよ」

「そう言えばそうだった」



ロディのナイスアシストによりセシル様は納得して「うーん」と唸っている。

それもそうだろなぁ。普通一国の王子を殴って逃走して「すみませんでした」で済まされる問題ではないんだから。



「取り敢えず暫くは僕たち三人で動こう。僕とロディでライカを毒婦から守る他ないし、丁度もう直ぐ冬季休みだ。兄が毒婦たちを連れて王家の持つ別荘に行くのだと言っていた。その間は平和だろう」

「良かった……二度と戻ってきて欲しくないと言ったら不敬罪でしょうけど良かった」

「それって、その別荘にライカを連れて行こうと動いた結果がこの結果になったとも取れますね」

「むう……ライカ」

「はい?」

「君が休みの間は、何処に行くんだ?」

「父と祖父が運営している領地に視察も込めて行こうかと思ってます。家族は兄では跡継ぎは無理だと判断したようなので」

「では、次期妻である私もついて行こう!! これでもう安心だな!!」

「お姉様、襲わないで下さいよ!?」

「ライカが婚約者に反対に襲われるとか、ただの男性の妄想の中での美味しいシーンでしかないからね。一部女子もだけど」

「でも、ローザンヌと冬の間ずっと一緒って思うと心臓が持ってくれるかな……」



そう言うとぶっとい腕に抱かれ私よりも背の高いローザンヌ抱きしめられ、大胸筋なのかおっぱいなのか判断に困る胸に包まれつつ言葉を掛けられる。



「ずっとドキドキしててくれていいんだぞ?」

「ローザンヌ……」

「是非領地に帰っている間は寝室も一緒で、」

「お姉様それはいけません」

「むう」

「煩悩が溢れてますよローザンヌ。気持ちは分かりますが落ち着こう」

「むう!!」

「ローザンヌ……そこはほら、今は、ね? 後で……ね?」

「そうか、後でな!」



察してくれたローザンヌに顔が真っ赤になりつつも、もし誘われても領地の視察に行く事が決まっている事や、そこにローザンヌが付いてくることにして断りを入れようという事になった。

流石にそこまで決まっている相手を無理やり遊びには誘わないだろう。


その日から私はロディだけではなく、セシル様とも行動を共にして守って貰う事になり、直ぐに互いの家に手紙を送り冬休みの予定を伝えると、翌朝には返事が来てお互いの家から了承を得た。

ローザンヌは苦虫を噛みしめているかのような表情だったが――後日理由を聞かせて貰おうと思ったのは言うまでもない。


ただし、冬季休みの前に問題があった――学校で行われる年末のダンスパーティーだ。

これには親も参加する事になっていて、婚約者のいる者は婚約者をエスコートするのだが――。



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