第73話 明日

「ハジメ、今日はありがとね」

「いや、俺こそ恥ずかしい所見せちゃって悪いな。折角の一か月記念日なのに」

「大丈夫。これは貸しということで」

「分かった。ヒメカもなんか大変になったら、連絡しろよ」

「勿論。また明日ね!」


 ヒメカは笑顔でそう言って、家に入っていった。


 ………急に世界が静かになった気がした。

 いや、気のせいじゃないな。

 確実に静かになった。


 雪が落ちる音も冗談なく聞こえてきそうだ。


 ゆっくりと、軽く積もった雪をシャリシャリと歩きながら、今までのことに思いを馳せながら、帰った。


 でも、どの状況にもはいつも居た。基本的にうっとおしかったけど、急にいなくなるなら、なんか一言位挨拶をしていってからにしろよ。

 そんな事を考えていると、さっきで枯れたと思っていた涙が流れ始めた。


 なんだかんだ、この出戻りが楽しかったんだ。


 俺は顔を伏せながら歩いた。


 そして、いつもヒメカと朝ランニングする公園の横に来て、椅子に座った。


 その時、急に頭上の真っ暗な空から小さかったが、やけに聞き覚えがある「はぁ……」というため息のような声が聞こえてきた。


 一瞬、聞き間違いかと思った。


 が、もしかしたらと思って、俺はその場で立ちあがり、真っ暗な空に向かって叫んだ。


「おい、死女神!」

「ひゃい! な……なんですか?」


 の声が聞こえてきた。

 ここ一か月全く聞けてなかったあいつの声が聞けた。


 ずっとほっとかれていた虚しさ、よかったという安心感、怒りもろもろの感情が混ざって、何も言えなかった。


「あ……あれ、山本さん泣いてます?」

「泣いてない!」


 俺は駄々をこねる子供のように答えた。


「いや、泣いてるじゃないですかー」

「泣いてないって言ってるだろ」

「あー、了解です。それで、どうしました?」


 この死女神はまるでいつもと変わらないように話す。


 その余裕に安心感を覚える一方、この一か月生きた心地がしなかった分の怒りも覚えていた。


「お前、何で急にいなくなったんだよ!?」


 叫ぶように夜空に向かって言った(いや、実際に叫んでいたと思う)。

 その俺の声のせいで近くに住んでいた小さなワンちゃんが鳴き始めてしまった。

 まあ、今の俺にはどうでもいいことだけど。


「え? ミッション達成したから、一ヶ月休みもらってたんですよ。ゆっくりバカンス……ってやつです」


 俺はまるで普通のように話すこの死女神に怒りを超えて、呆れを感じていた。


 が、それと同時にこれは夢なんかじゃ全くなく、ちゃんと全てが現実なのに安心感をもの凄く感じていた。


 そこからは記憶がない。


 うっすらと覚えているのは他人の目を気にせずに泣いていたということ。


 まあ、大声で泣いていたわけではないから、誰に不審に思われることは無かったと思うけど、とにかく涙を流していた。


 そして、その俺に心配そうになのか、バカにしているのか分からないような口調で話していた死女神の声も何となく覚えていた。


 でも、沢山涙を流したおかげか随分と頭がすっきりしている。


「はぁ……山本さん、おはようございます。大丈夫ですかー?」


 あのムカつく声も聞こえてきた。


「うい。おはよう」


 もう感情も整理できているし、昨日みたいな子供みたいなことはしない。

 しっかりと俺は真っ白な天井に向かって挨拶を返した。


「今日は大丈夫そうですね。もう、私が少し休み取ってたら、あんなになっちゃうのはダメですよ?」

 

 死女神は少し嬉しそうに言った。

 それに俺は少しムカッとした。

 俺がお前がいないことを寂しいと思ってただと?


「急にいなくなるから、俺の後悔を全て超えたのかと思っただけだ」

「あ、実はそれ間違えてましたー」

「は?」


 耳を疑った。間違えてるってどういう意味だ?


「お前、高校生活での後悔は10個とか言ってたじゃないか? まあ、実際には8個しか後悔超えてない気がするが……」

「それ、高校一年生の時って意味でした。今、未来が変わったので、高校一年生の間ではもう一旦後悔はないですが、高校二年生の時は……ちょっと待ってくださいね。……そうそう、20個後悔が出てくるみたいなので、頑張ってください」

「は? 20個の後悔ってなん……」


 俺がそう言いかけた瞬間、インターホンが鳴った。

 いつものヒメカとのランニングの時間がきたようだった。


「ハジメ! ヒメカちゃんよー」

「分かってる。……帰ってきたら、ちゃんと教えろよ」


 俺は何もない真っ白な天井に向かって言った。


「じゃあ、聞き流していいですけど、基本的に二年生の時の後悔は松本さん関係ですからねー。仲良くしてください」


 死女神はそう言った。


 ヒメカと仲良くするのは当然だろ。


 だって、今はその……俺の彼女なんだから。


 そんな事を考えながら急いで、階段を降りる。


 そして、ランニングシューズの紐を結び、ドアをゆっくり開ける。


 すると、そこには太陽と変わらない、いや、太陽以上に眩しい笑顔のヒメカがいた。


「じゃあ、いこっか」

「ああ」


 俺は青のミサンガがついているヒメカの手を握り、一緒に走り始めた。

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