第74話 I(最終話)

「………これでよかった……よね?」


 私は近くにある水晶を見ながら、近くにいたエンマ君にそう聞いた。


「うーん。どうでしょう」

「……エンマ君って、結構ドSだよね。普通そこは同意じゃないかな?」

「だって、そんな顔しているアケミさんに心から良かったって言えないですよ」


 目の前にいる強面のエンマ君は私にそう言った。

 本当、人は見かけによらないというか、何というか……。

 でも、このエンマ君の言う通り、涙が出てきそうだった。


「そ……それは言わない約束でしょ」

「それなら、戻さなかったらよかったのに……。死神大王とのミッションをクリアしてやっとゲットしたを使って、自分を悲しませてますし、気を引く為に嘘ついてまで、一ヶ月無視してた癖に、罪悪感で毎日泣いてましたし」

「それは忘れて。………私って、バカだと思う?」

「まあ、少し?」

「エンマ君のバカ!」


 私はそう言って、エンマ君を何度もポカポカと叩いた。


 でも、そのリズムに合わせるかのように涙の雫が零れ落ちた。


 そして、それは止まらなくなり、いつしか、エンマ君を叩いていた私の手はエンマ君の大きな腕を強く掴んで、泣いていた。


 エンマ君はそんな私の頭を優しく撫で始めた。


「貴方はよく頑張りましたよ。アケミさん。……………………いや、松本ヒメカさん」


 エンマ君はそう言った。

 私は彼の言葉に何も答えられなかった。

 エンマ君はその私の髪を撫で続けながら、続けて話した。

 

「……普通死んだら、地獄か天国のどちらかに行くはずなのに、貴方だけですよ。『誰が人の死を管理しているの?』って私に聞いた人は」

「……………………」

「そこから、私に頼み込んで、実際に死神になったのも貴方が初めてです。その後も、山本さんの死を担当する為に、苦手な人殺しをしてましたし。あの時、一人殺しては、毎日泣いてたのに、よく頑張ってましたよ」

「……………………」

「それでも、貴方が目標としていた『山本ハジメ』さんの死を担当することはなかった。本当に死神大王は性格の悪い方だ。まあ、だから、死神大王に君臨できているのでしょうけど」

「……………………」

「それを知った時のヒメカさんは怖かったですね。『ふざけないで下さい!』とまるで阿修羅の様な顔をしながら、死神大王に直談判するなんて」

「……………………」

「それが功を奏したのか分かんないですけど、三つの条件を満たせば、『なんでも一つ願いを叶えてやろう』って言われたんですよね。まあ、この条件はヒメカさんにとっては一番最低でしたけど……」

「……グスッ……うん。最初は余裕かと思ってたけど、きつかったね…………」


 私はそう短くエンマ君に答えた。

 

 この三つの条件というのは、『自分が生まれた当時に戻ること』、『過去の自分自身の死を担当すること』、『その自分自身の死を必ず成功させること』。

 

 最初、この三つの条件は過去の私を殺せばよかっただけだったから、全くの見ず知らずの人を殺すより随分と心が楽だった。


 だから、私は準備をしっかりして、ちゃんと、私を殺した(殺し方は実際に現実世界で可能な方法のみだから、私は事故死を選んでいた)。


 そして、私はに長生きしてもらうように死神大王に頼む予定だった。

 そう、彼の未来を見るまでは……。


「山本さん、本来の人生では、仕事で大きな失敗して、自殺……してしまったんですよね?」

「…………うん」

「自殺に関しては、唯一死神が操れない『人間の選択』ですもんね。それで貴方は山本さんをわざと殺したと」

「…………そうだね」

「でも、不謹慎ですけど、久々、いや、大人になってからの姿で山本さんに初めて会えたからか、ヒメカさん、少し嬉しそうでしたよ? しかも、健気に昔もらった青のミサンガつけてましたし」

「…………それは忘れて」

「はい、忘れますよ。それで、予定変更して、山本さんに出戻り能力を与えることにしたと」

「……………………」

「でも、実際に出戻り能力を与える時に何か条件を入れないとただ一回だけ過去に戻るだけになっちゃうから、『後悔』にしたんですよね。まあ、本当はそこはヒメカさんがコントロールするはずだったのに、死神大王がそれを山本さんにしたせいで、次の後悔もわからなくなりましたけど」

「……死神大王は性格悪いよ」

「そこは本当に同意ですけど、トップなんでこちらからは何もできないから、大変でしたね」

「………うん」

「だから、本当に10月のブンカサイが終わるまで、ドキドキでしたね。山本さんがヒメカさんの死について後悔しているか分からなかったですし」

「……………………」

「でも、山本さんはヒメカさんの死を後悔していたと。本当によかったですね。……時々、『山本』呼びに慣れてなくて、『ハ』って何度も言っちゃってましたけどね(笑)。まあ、当の山本さんはため息と勘違いしてたので、よかったですけど」

「………それも忘れて」

「はい。でも、その後、想定外のハジメさんの死が発生しちゃってからが大変でしたね。予定では、後悔で戻る予定だったですけど、実際に死んでしまった場合については何も決めてなかったですし」

「……………………」

「その時のヒメカさんは凄かったですね。『勝手に彼の出戻り能力を変えたんだから、こっちの要望も聞いてください』って、死神大王に言って、本当にOKをもらっちゃうなんて。があるからこそ、なせることですよ」

「………だって、私の恩人なんだもん」

「だから、本当に山本さんがお亡くなりになった時には、挨拶しにいきましょう」

「……うん。……でも、大分バレない様にしていたから、嫌われていそうだけど」

「きっと、大丈夫です。山本さんなら分かってくれます」

「…………うん。そうだね」


 いつの間にか私の目から涙は止まっていた。

 

 それに気づいたのか、エンマ君は私の頭を撫でるのをやめ、私の顔に掛かっていたマントを挙げた。

 急に恥ずかしくなって、顔の温度が上がった気がした。


「本当にヒメカさん、貴方は凄いです。……だって、山本さんの為に過去の死女神の貴方の未来を一個潰したのですから」

 

 エンマ君は私の目を見て、そう言った。


 そう、私は一つの世界線を壊してしまったのだ。


 なぜなら、ハジメが私の死を回避したことで、その時の『その自分自身の死を必ず成功させること』は失敗したのだ。

 つまり、その世界線の死女神アケミの願いは叶わなくなった。


 ……きっとその私は、今、ものすごく後悔しているのだろう。


 でも、私を殺す未来の方が悲しいんだ。

 だから、その失敗はまったく気にしなくていい。

 まあ、この言葉は届かないんだけどね。


「………仕方ないよ。だって、ハジメと出会っちゃったんだもん」


 私はそのネガティブな考えを吹き飛ばし、笑顔でそうエンマ君に答えた。

 きっと、水晶に映っているハジメと楽しく笑顔でランニングしていると同じように。

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