第70話 Happy

 …………俺は真っ暗などこかにいる。


 これ知っているぞ。

 ってことは、失敗したのか?


 マジかよ。最悪だ。


 もうヒメカの学習スピードに勝てるわけがないんだから、次期末テスト勝てるの何回出戻りすればいいんだよ。


 ってか、今思えばだけど、最初の中間テストの出戻りの時にヒメカには勝たなければよかったんじゃないか?


 いや、それは違うか。


 あの時頑張ったから、狸先生からもアドバイスもらえたし、ヒメカとも頑張れたか。


 それにこの最初の中間テストをきっかけにクラスメイトとも話せるようになった気がするし。


 じゃあ、次も切り替えて頑張るか。


 うーん、クリスマスの次の日にすると買い物イベントが入るのは、学びだったな。


 ちょっとずつ、ちょっとずつだな。


 ピ……ピ……ピ……ピ……


 にしても何だこの「ピピピ」音は?


 反対にいつもの死女神と閻魔大王との会話が聞こえてこないな。


 …………あれ、よく考えたら、足が痛い気がする。


 いや、これめっちゃ痛いわ。やばい。


 俺はその痛みに耐えられず、目を勢いよく開けて、起き上がった。


「…………ここってもしかして病院か?」


 目の前に真っ暗な殺風景な壁があった。


 近くにあった時計を見ると、時間は18時になろうとしていた。

 と同時に右手に何か温かいものを感じた。


 その右手の方に目を向けると、そこにヒメカが居た。

 ぐっすり寝ているようだ。


 ……………………つまり、俺はヒメカを救えたのか!


「よっしゃー!」


 俺はついそう叫んでしまった。


「んあ……って、ハジメ!」


 ヒメカはそう言って、抱きしめてきた。


「本当に本当に良かった……」


 俺はヒメカを優しくゆっくりと抱きしめ返した。

 不思議と自分の背中がゆっくりとゆっくりと濡れていくのが分かった。


 ……………………確かにここにヒメカがいる。

 一番最初の人生で一番後悔したことだった。


 それを超えられたと思うと、ヒメカと同じで涙が止まらなくなってしまった。


 そこから俺達は30分位お互い何も話さずに涙を流していた。


 個室の病室で本当に良かった。


「でも……本当によかった……今回は助けられた」


 ヒメカが言った。


「うん、今回?」

「何で、今回なんて言ったんだろう。でも、本当に良かった」


 ヒメカは目を真っ赤にして、そう言った。


 そこから、ヒメカから何があったのかの説明を聞いた。


 どうやら、奇跡的に意識がない状態にも関わらず受け身が取れていて、足の骨折以外は特に問題はなかったようだ。


 ただ、軽く頭を打っていた影響で意識を失っていた。


 ちなみに俺のお父さんとお母さんは丁度そのタイミングでヒメカに俺を任せて、食べ物等を買っていったから不在だった(逆にここにいられてたら、困ったもんだ)。


「お医者さんが言ってたけど、意識ない状況で受け身が取れてたのって奇跡だって」


 ヒメカの目はまだ赤く、涙がゆっくりと落ちた。

 俺はそれをゆっくりと拭う。


「きゅ……急に何?」

「いや、涙が零れ落ちたから」

「そういう中途半端なのはずるいよ」

「え?」

 ……今日は本当は二人で出かける日だったけど、出かけてたらどうするつもりだったの?」


 ヒメカはそう言って、顔を伏せた。肩は細かく震えていた。


 俺は昨日、ヒメカが服を買いに行ったと聞いた時、まずいと思ったのと同時に俺とのデートの為に服を買いにいったと聞いた時嬉しくもあったんだ。


 もし、この事故がなかったらきっと……。


 「俺、ヒメカの事が好きだ。きっと、ずっと前から。だから、その……俺の彼女になってほしい」


 顔の温度が一気に上がり、自分の肩も細かく震えているような感覚を覚えた。


 「……ハジメって、ロマンティックさはいつもないよね」

 「うるさいよ」

 「へへ」


 ヒメカは笑っていたが、またも瞳から涙が零れ落ちた。


 「それで、その……答えは?」


 俺はもう一回近づき涙をふく。


 だが、その手が震えていたのは俺でもよく分かった。


 そりゃ、全ての人生含めて初めて告白なんてしたから、怖くて仕方がない。


 もし、断られたらと考えたら、冷たい汗が背中に流れる。


 「……………………うん。私もハジメの事が好きだよ。ずっと昔から」


 ヒメカは答えた。

 俺はその答えを聞いて、すぐにヒメカを抱きしめた。

 だって、ずっと後悔していたんだから。


 すると、自然と顔の距離が近くなった。

 この空気感はきっとあれだ。ヒメカは目を閉じる。

 俺も顔を近づける。


 「ハジメ! 目覚ましたんだって!?」


 そのタイミングでお母さんが駆け足で入ってきた。

 その後ろにはお父さんがいた。


 ……なんて、タイミングが悪いことだろうか。

 ヒメカはすぐに俺から離れて、椅子に座った。顔は伏せている。


 「本当によかったわ」


 お母さんはそう言って俺を強く強く抱きしめた。


 さっきまでの俺とヒメカのには気づいてなさそうでよかった。


 お母さん達が来た時には既に時間は18時50分だったから、お母さんたちはスーパーで買ってきたのであろうお菓子を棚に仕舞った。


「じゃあ、私達は行くわね。ヒメカちゃんはどうする?」

「あ……私もでます」ヒメカは答えた。

「じゃあ、家まで送っていくよ!」

「ありがとうございます」


 ヒメカはそう言い、お母さん達と病室を後にした。


 急に静かになった病室で俺は何とも言えない感情になった。


 ずっと後悔していたヒメカの死を回避する事ができたのが信じられなかった。

 正直、まだ夢を見ているのかと思ってしまい、誰もいない病室で一人頬をつねる。


 ……………………ちゃんと痛かった。


 でも、その嬉しさと同時に俺がヒメカを救えなかった世界を何度も作ってしまった事が心残りだった。

 

 そんな事を一人で考えていると、誰かが病院の廊下を走っている音が聞こえてきた。


 タタタタタタタタタタタタタ


 どんどんその足音が近づいてくる。

 

 そして、勢いよく誰かが入ってきた。


 「ハジメ!」


 声色でヒメカが病室に入ってきたことが分かった。


 「うん? どうし……」


 俺がそう言おうとした瞬間、ヒメカから優しくキスをされた。


 「忘れ物があったから。じゃ……じゃあね」


 ヒメカは照れながらそう言って、病室を後にした。


 時間にしては一秒もなかったが、感触はずっと残っている。

 俺はとにかく気が動転していた。


 「……………………山本さんもやるじゃないですか」


 あのヒメカの感触とそう死女神が俺に言った記憶しか今日の俺には残ってなかった。

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