第69話 Another world
私のせいで彼は死んでしまった。
皆は私のせいじゃないと言ってくれた。
だけど、私があの横断歩道を渡らなければ、こんなことになっていなかったのではと何度も頭の中でぐるぐると回る。
「俺はどんな噂だろうが、何だろうが、ヒメカの味方だ。俺よりヒメカのことを知っている奴なんて、ヒメカの家族以外、いないからな」
この言葉をかけてくれた私の一番大切な人がもうこの世からいなくなってしまった現実を25歳になった今でも受け入れらずにいる。
私は人よりも運動神経が良かったし、とにかく努力して勝つのが嬉しかった。
だから、小学校時代からしていたバスケを中学で続けるのは至極当然の話だった。
私がバスケ部に入部した時は三年生の先輩が5人、二年生の先輩が3人、私達一年生が含めて4人だった。
レベルはそこまで高くなかったから、入部してすぐにレギュラーにもなれた。
だが、これがきっといけなかったのだろう。
私が入る前はスタメン5人は全て三年生だったのだが、そこの椅子を二年生でもなく、入りたての一年生の私がスタメンを奪ってしまったことをよく思わなかったのだろう。
最初は部活の練習中にパスが来なくなった。
どんなにパスを要求してもボールが来なかった。
最初は三年生の先輩から始まったが、徐々に二年生の先輩方、そして、6月になる頃には同級生からもパスが来なくなった。
それでも、私は必死に頑張った。
このバスケ部は割と緩めの部活動だったから、朝練何て当然ない。
だから、反対に私は一人朝早く体育館に来て、練習を続けた。
私がもっとうまくなれば、三年生の先輩方が引退すれば、状況も変わるだろうと思っていた。
しかし、三年生の先輩方が引退してからも何も変わらなかった。
いや、寧ろ酷くなったと思う。
パス自体は来るようになったが、誰も私と言葉を交わすことが無くなった。
「ヒメカは自分勝手、独りよがりなプレーをするから嫌だよね」
「上手だからって、調子に乗ってるんじゃない?」
「あの子、顔はいいから男子には人気みたいよ」
「えー、男子ってホント見る目ないよね」
私が放課後の掃除で遅れて部室の前に行くと、二年生の先輩方と同級生達が私の悪口を言っていた。
もうどうすればいいか分からない。私は体育館を出て、目的なく無我夢中でとにかく走った。
何も考えずに廊下を走っている時に誰かに呼ばれた。
「ヒメカ!」
後ろを振り返るとそこに私の幼馴染のハジメが居た。
「どうしたんだ?」
彼は小走りで私の方に向かってきた。
けど、今にも泣きそうな顔を見られたくなくて、彼から逃げた。
ちなみに、ハジメは何の部活にも入っていないし、運動神経は悪いから当然私に追いつけるはずもない。
それでも、彼は私を追いかけ続けていた。
「コラ、何走っとるんだ!」
後ろで何やら誰かが怒られている。
振り返ると、そのハジメが生徒指導の先生につかまっていた。
私は申し訳なくて、彼に少し近づこうとする。
すると、彼は先生に謝りながらも、そこでストップしてという意味のような手サインを先生に気づかれないように私にした。
「す……すみません」
「次から走るなよ」
「はい」
彼は生活指導の先生に頭を下げてから、ゆっくりと私に向かって歩いてきた。
もう彼への申し訳なさで動けるはずもなかった。
「ヒメカ」
ハジメは私に怒っていると思っていたが、覚悟を決めて顔を上げると彼は笑っていた。
「ヒメカのせいで怒られたんだぞ」
彼はそう言った。
でも、言葉に温かさがあった。
久々に感じる温度のある言葉。
「ごめん、ごめん」
「じゃあ、今日は俺のせいで部活サボるか。ちょい体育館の前で待ってて」
彼はそう言って、体育館まで私と一緒に歩き、彼一人で体育館に入っていった。
二年生の部長と何やら話をしているみたい。
私は体育館の裏に回り耳を近づける。
「今日、ヒメカ体調あんまりよくないみたい何で、部活休ませてもらいます。ヒメカは顔を出そうとしていたのですが、俺が必死に止めたんで、代わりにこんな形で伝言役になりました」
「わかったわ。気を付けてと伝えておいて」
「はい。先輩方も他の人達も言葉には気を付けてくださいね」
「は?」
「いえ、なんでも。じゃあ、よろしくです」
ハジメはそう言って、体育館を出ようとした。
私は急いで体育館の出口に向かう。
だけど、涙が止まらない。
「だ……大丈夫だった?」
私は泣いているのがばれないように顔を伏せながらハジメに言った。
「おう、余裕だった。じゃあ、禁止されてる買い食いもしちゃおうか」
私達は家の近くのコンビニで肉まんを買った。
その後、ハジメが近くの公園に行きたいと言ったから、そこまでゆっくりと一緒に向かった。
公園には何人かの小学生位の子供たちが楽しそうに遊んでいた。
部活動でいつも帰りが遅かったから久々にみたその目の前の景色に心地よさを覚えた。
私達は公園内のベンチに座り、肉まんを食べた。
空が段々オレンジ色に変わっていった。
隣にいるハジメは「美味いな。これ」としか言わない。
気づいているくせに何も言わないのが少しむしゃくしゃした。
「どうせハジメは知ってるんでしょ?」
私は少し不機嫌気味にそう言った。
すると、ハジメは私の顔に目線を向けた。
「まあ、うん。そうだな」
「私が悪い……のかな」
言葉を出すごとに涙腺が緩む。
何とか涙が零れないようにしないと顔を上にあげる。
空が鮮やかなオレンジ色になっていた。
「それはない」
ハジメはすぐにそう答えた。
私は驚いて、ハジメの顔を見ると、真剣な表情で私を見ていた。
「ヒメカが悪いわけないだろ。ただいつも通り頑張ってただけで何であんな目に合わなきゃいけないんだ。頑張ってない奴らの妬み嫉みでヒメカが傷つくのはおかしい」
このハジメの言葉で涙が一滴一滴零れてきた。
ハジメは一瞬戸惑っていたが、体育で使っていたジャージを私の肩に被せて続けて話した。
「俺はどんな噂だろうが、何だろうが、ヒメカの味方だ。俺よりヒメカのことを知っている奴なんて、ヒメカの家族以外、いないからな。部活をやめようが、何しようが俺はずっとヒメカの味方だ」
この時、ハジメは私の心の支えとなる言葉をくれた。
私はこの言葉をきっかけに部活をやめた。
すると、毎日が軽くなった。
断捨離という表現はあまり良くないのだろうけど、大切な人を大切にしようと思った。
だから、私は一番大切な人の近くでいる為に必死に勉強をした。
だけど、彼は頭が良くて、到底私が入ることができない高校を受けると言っていて、高校からは離れ離れになってしまうと思っていた。
せめてもと思い、彼の滑り止めで受けていた高校には受かれるように頑張って勉強をした(中学からも遠いのも理由の一つ)。
そのおかげもあり、何とか合格。
そして、彼にとっては不幸な話だが、彼は試験当日に体調を崩し、結果不合格。
滑り止めで受けていた私と同じ高校に進学が決まった。
ハジメには悪いけど、一緒の高校に行けることが嬉しかったんだ。
だから、少しでも初めに追いつけるように高校からも勉強を頑張った。
そのおかげでハジメには勝てなかったけど、学年二位であり続けた。
正直、ハジメの教えがよかったのもあるし、彼が出るといった箇所が実際にテストに出たから未来が見えてるのかなと思ったりもしたけど、きっと地頭のいい彼は予想するのも出来るのだろう。
未来が見えると言えば、ハジメが体育祭の為にランニングしたいと言っていたあれって、もしかして、あの横断歩道を渡っている時の私を助ける為だったりして。
はは、そんなことはないか。
もう大切な人は失いたくない。
だから、もし別の世界があるのなら、私の憧れで一番大切だったハジメを助けてあげてね。
お願いよ。別の世界の私。
まあ、そんなのいないんでしょうけど…………。
仕事帰りにそんなことを考えながら、空を見上げると流れ星が流れた。
「明日も頑張ろう。きっと、ハジメも見てるし」
私は気合を入れて、走って家に向かって走った。
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