第64話 諦めた未来
それからというのも、俺は前回と全く変わらない毎日を過ごした。
でも、一つだけ変えた部分がある。
それはあのクリスマスの日にヒナを誘うのをやめたという点だ。
理由はわかるだろ。
どうせ俺にはヒナを救うことができない。
次死んだら多分生き返りもできないみたいだし、これでいい。
これで幸せな日々を一生繰り返すことができる。
結局、ただの人間が死女神といえど神に勝つなんてできるわけなかったんだ。
でも、正直なところ、こんな感じで諦めてから心が凄い軽くなった気がする。
例えるなら、トレーニングで頑張って毎日決まった時間にバーベルを上げるのをやめたような感じかな。
何かに追われることもなくなり、本当の自由を手にできた気がする。
そのおかげか随分とテスト勉強に集中できた気がした。
「山本さん、このままでいいんですか?」
死女神がベットに横になってる俺にそう質問してきた。
「いいのさ。このままループし続けるの方が楽なんだよ。昔のお前も無駄な仕事をしなくていい」
「…………山本さんがそういう選択するならそれでいいですけどね。でも、前よりつまらなくなりましたね」
こいつはいちいちうるさいな。
全てはこいつがミスで俺を殺したことから始まってるのに、元凶が何ほざいてるんだか。
ってか、ヒメカもこいつのせいなんだから、自分で何とかするのが筋だろ。
俺はこの死女神の「つまらなくなりましたね」という言葉に沸々と自分の心の奥底にイライラが溜まっていくのを感じた。
でも、すぐに前回学んだ「諦める事」を思い出し、イライラを抑えた。
これで正解なんだ。これでいいんだ。
☆☆☆
「やまもとーさーん。今日のー放課後にー理科実験室までーこの資料を持ってきてー下さいー」
丁度テスト一週間前の今日、授業後に何故か生物の狸先生にそう言われた。
「あ……はい。了解です」
そう答えるしかない。前回はこんな事なかったんだけどな。
「ハジメが指名される……というか、狸先生が誰かに指名するなんて珍しいね」
ヒメカが授業後にそう話しかけてきた。
実は最近、ヒメカがやたら俺の体調を心配してくれる。
別に調子が悪いわけではないんだけどな。
「確かに。まあ、でも、ただのプリント集めだから大丈夫かな。ヒメカは先に帰ってて」
「わ……分かった」
ヒナは少し困惑しながら答えた。
俺、何か変だったか?
帰りのホームルームを終えると他のクラスメイトからプリントを回収して、1人でオレンジ色の太陽が降り注ぐ廊下を歩いて3階の理科準備室に向かう。
階段を上り、左手を見るとすぐそこに目的の教室があった。
ガラガラと扉を開けると、真っ黒な長机が9個、椅子が各机に4個置かれていて、黒板の目の前にも同じような長机と椅子があり、そこに例の狸先生が座っていた。
「先生、これで全員分です」
「ありがとうーございますー」
「じゃあ、俺は」と言いかけた時、「ちょっとそこにある椅子を持ってきてください』と狸先生は言った。
え、俺、今から怒られるのか?
何かした記憶は全くないんだけどな……。
とりあえず、俺は近くにあった木製の椅子を先生と対になる位置に置いて、そこに座った。
当然、姿勢良くだ。
「あ、怒るとかそう言うわけではないので、そんなに肩肘張らなくて大丈夫です」
狸先生はいつものような話し方とは違ったが、そこには確かな安心感があったように感じた。
でも、そう簡単には崩せる訳は無かったけど。
「まあ、今日山本さんを呼んだのは、とても苦しそうに見えたんです」
「苦しそう?」
何のことか全くわからない。
「はい。1学期の中間テスト覚えてますね。あの時、貴方だけハイスコアを取りましたね」
まあ、事実はそうだけど、この出戻りというチート技が無ければそんな点数取れるはずもなかったけど。
俺からすると、反対に狸先生だけ唯一問題が変わらなかったという事の方が驚きだけど。
「その時に貴方には何か未来のようなものが見えるのかなと思いました。言葉では表現できないのですが、やけに落ち着いていた気がしたので」
…………この先生はただの狸ではないな。
正確には未来を見れたわけではなく、何度も繰り返しているだけなのだが、この先生が普通では無いのは今の発言でよくわかった。
でも、どう返答すればいいのだろう。
俺は考え込んでしまい、上手く言葉が出せなかった。
「何も答えなくて大丈夫です。言えない事もあるでしょう」
狸先生は察したのかそう言った。
「…………ありがとうございます」
「ただ一つ言いたいのは、諦めたいのが貴方の本心なら諦めればいいんです。でも、諦めたくない本心を無視して、諦めるのは後悔が残るだけですよ。貴方より数十年生きた男のただの戯言なんで、無視してもいいですがね…………。今日はありがとうございました」
狸先生はそう話を締めた。
その日の帰り道、やけに俺の頭の中にこの狸先生の言葉が頭で何回も流れた(ヒメカには先に帰ってもらってたので、久々に一人だった)。
でも、その度に俺は何度もあの車に轢かれる嫌な感触が蘇り、気持ち悪くなった。
次死んだら、もう出戻りできない。なら、諦める選択しかないよな。
俺は自分の選択を正当化するために何度も何度も自分に言い聞かせるようにをそう自分に語りかけた。
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