第63話 できるはずなかったんだ

 ここはどこだ……。


 真っ暗で何も見えない。


 なんかやけに周りが騒がしい気がする。


 そういえば、誰かが俺の手を力無く握ってきてくれてる気がする。


 でも、そんなこと考えるよりとにかく眠たいな。


 瞼が勝手に閉じていく。重い重い扉のように。




☆☆☆




「ハジメ……さん、死んじゃダメって言ったのに……」

「でも、どうするんです? アケミさん次第ですよ。本来一度の生き返りすらダメなんですけど」

「当然、生き返らせる。私はやると決めたらやる女だから」

「だから、『死の申し子』と言われるだけありますね。分かりました。だからこそ、この山本さんの過去を超えるのは大変だと思いますけど」

「まあ、相手は私だしね…………」

「今みたいに『サボりの申し子』なんて言われる前ですし」

「閻魔君も私にそんなこと言うようになったのね」

「す……すみません。でも、本当に次はこんなことできないですと改めて山本さんに伝えて下さいね」

「いつも閻魔君には迷惑かけるね。でも、多分、それは意味ないと思うよ」


 真っ暗の中、そんな声が聞こえてきた。


 いつも聞きなれたあのうざったい声とエンマ君と言われる大人っぽい男の人の声だった。


 まあ、まだ眠い。もう少し寝ようか。





 それからどれくらい経ったのだろうか。


 眩しい太陽の光が目に入ってきて自然と目が覚めた。


 いつものようにカーテンを開けて、時計を見る。


 文化祭の次の日だ。俺は失敗したのか……。


 でも、何だろう。


 体がやけに強張ってる気がする。


 昨日、何があったんだっけ?


 そう思い出そうとする瞬間、頭に強い痛みが走り、気持ち悪くなった。

 急いで一階に降りてトイレでずっと何も無いのに何度も嗚咽をした。


 本当に昨日何があったんだ?


「ハジメ……さんも死んだんですよ」


 上からあの夢の中で聞こえてきた声と同じムカつく音が聞こえてきた。


「俺が……死んだ?」


 トイレに座りながら上を見た。


 だが、そこには誰もいない。声だけ聞こえてくる。


「はい。交通事故で松本さんと一緒に」


 その言葉が最後のピースが揃ったかのように記憶が鮮明に戻っていく。


 だが、その記憶は凄まじく、体に全身に痛みを感じ、またも吐き気が止まらなくなった。


。車がぶつかった感触、痛み、全てが頭、体に流れてくる。

 そのせいか、俺の命令を全て無視して体の全てが震える。

 …………今は何も怪我していないのに。


「はぁ……山本さんはあの日、昔の私を相当追いつめていました。基本的に、対象者以外の人の命を奪うのは禁止されていますから、後一歩の所で勝てるような形でした。ですが、対象者以外の命を奪うのが禁止の件はあくまで基本的にはです。昔の私は頑なに松本さんから離れようとしない山本さんごと……ということですね。今回は特別措置として山本さんを生き返らせましたが、次は多分……」


 その死女神の話を聞いて、なぜかふと理解してしまった。


 俺にできることは何も無いのだと。


 これから先、何度頑張っても、この若き頃の死女神は俺の想像を超え続けるのだろう。


 用は、どうせヒメカは救えないのだ。


 だったら、俺も死なず、ヒメカと同じ日々を積み重ねる方が幸せじゃないか?

 きっとそうだ。


 その時、呼び鈴が鳴った。


 文化祭次の日、今日は誰もいないから俺が出るしかない。


 何とか立ち上がり「はーい」と言いながら、ゆっくりと玄関に向かい、扉を開けた。


 すると、そこには俺が救えなかったヒメカがいた。


 …………俺はつい彼女を抱きしめた。


「え? え?」とヒメカは言っていた。


 だが、その後、俺が泣いていたことに気づいたのか、優しく頭を撫でてくれた。


 その温かさでさっき締めたばかりの涙腺がゆっくりと壊れ始めた。


 もうこの毎日を繰り返そう。死神に勝とうだなんて俺みたいなただの人間にできるはずもなかったんだ。

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