第6話 Why?

「山本君、ちょっといい?」


 食事を食べ終わった時に同じ班の女子から声を掛けられた。


「おう。どうした?」

「あの……洗い物お願いしてもいい?」

「わかった」


 俺はそう言われたので、言われるがまま食器洗い場に向かった。


 さっきも料理作ってたんだけどなと思ったのはここだけの話だが、とりあえず、スポンジに食器用洗剤を染み込ませ、泡立たせる。


 前回と合わせて、合計で三回目の食器洗い。当然、手つきも慣れてきていた。

 そのおかげで、以前よりも随分と手早く終わらせることができた。


「よし、戻るか」


 一人そう呟き、俺達の机に戻っていた時、お願いしてきた同じ班の女子二人がヒメカと俺達の机で何やら話をしていたことに気づいた(同じ班だった男子は別の所にいるのか、席を外している)。


「ヒメカ、何で山本君を誘ったの?」


 俺が話題の会話になっているのに気づいて、なぜか、隠れるように近くの草の茂みに入ってしまった。


「ハジメと一緒なら楽しいかなって思って」

「なるほどね」

「ダメ……だった?」

「いや、ダメ……ではないんだけどさ、私達の班でやっぱり山本君だけ浮いてるんだよね」


 え……。まさかの同じ班の人たちからのこの声を聞いて俺は驚いた。


 どうしてだ?


 皆の料理もヒメカと一緒にテキパキと作った。加えて、食器洗いもしたんだぜ。

 それなのに、何でこんなこと言われなきゃいけないんだ?


 そう考えたら、心からふつふつとムカついてきた。


 その時、ヒメカが答えた。


「でも、ハジメはいい人だよ」


 やっぱり、ヒメカはいい奴だよなと感動した。分かっていない女子達がおかしいんだ。


「それはヒメカが一緒にいるっていうことで理解できてるんだけど、ヒメカとしか話をしてないんだよなー」

「私達が話しかけても素っ気ない返ししかしないし、ましてや同じ班の男子にもそんな感じだから、どうしても雰囲気が悪く感じちゃうのよ。カレー作る時も私達に『そこに座ってていいから』とか言って、ヒメカと二人でカレー作ってたし」

「そうなんだよなー。だから、実はあんまり私と林はあまり楽しくないのよー」


 女子2人は真剣な表情でヒメカに話している。


「で……でも……」


 ヒメカも必死に何かを言おうとしたのだが、言葉が続かない。

 その時に1人の女子が続けて話した。


「実は平山君も桐田君も『俺達、今日何しに来たんだろうな』って苦笑いしてたのよ。ヒメカも実は気づいてたんでしょ? だから、ちょくちょく私達に話しかけてくれたのは分かってるし、本当に助かったのよ。でもね、ちょっともう限界だったから、これからの行事事には山本君はあまり誘いたくないというか……」


 そう言われたヒメカは俯いてしまった。

 それを見て、俺はさっきまで感じていたイラついていた感情とは真逆の言葉では表現できない恐怖のような感情に襲われた。


 でも、思い返せば、今日、俺はずっとヒメカと話してばかりでそれ以外の班の人達とまともに喋っていなかったし、カレーに関しても慣れてるヒメカと一緒にやればいいと思い、確かにそう答えたな。


 いや、それどころか、入学式から一ヶ月近く経っているのに、前回と同じように俺はヒメカ以外との関係を築こうとしてなかったような……。


 そう考えた瞬間、さっきまでの恐怖も相まって、心の中がずっと重く感じて、苦しくなった。


 俺が楽しいと思っていたあの時間、皆を楽しませられてると思ったあの時間、ヒメカ以外、いや、ヒメカにも気を遣わせていたのか。


「俺、最低じゃないか」 


 俺のせいで班の雰囲気だけではなく、ヒメカまでも傷つけてしまった。もう実際は25歳の社会人の癖に、人の気持ちも考えられなかった自分自身に腹が立つ。


 それと同時に、班の人達の実際の言葉を聞いてしまい、冷や汗が止まらないし、席に戻るなんて当然できない。

 だから、先生の集合がかかるまで、この草むらから誰にも気づかれないように隠れていた。


 そして、この集合の掛け声が聞こえて席に戻ったが、俺はどうやってその席に戻ったか記憶がない(一応、さっきの話を聞いていないていを装っていたけど、同じ班のメンバーにどう声をかけていいかが検討もつかなかった)。


 結局、席に戻ってからは前回と同じようにただただ時間を過ぎるのを待っていた。いや、前回以上に時間が速く過ぎてくれるように願っていた。


☆☆☆


「ハ……ハジメ、また明日ね」


 ヒメカは俺の家の玄関の前でそう言った。


「おう……。また明日」


 俺はそう答えたが、家に着くまで、申し訳なさでヒメカの顔があんまり見れなかった。


 加えて、今日の帰り道が出戻りしてから一番会話が少なかった。


 まあ、心当たりしかないな。


 ヒメカは俺のせいで、究極の選択に追い込まれていたのだろうと思う。と同時に俺も班のメンバーにそう思われていたという現実に心を締め付けられていたから、何も言えなくなっていた。


 だから、今日の帰り道が今までで一番会話が少なかったのは当然と言えば、当然だろう。


 俺は玄関のドアを素早く閉めて、お母さんの「おかえり」を無視してそのまま部屋に直行し、ベットに横たわる。


 そして、何度も何度も頭の中で今日の自分がしたことを振り返る。


 でも、結局、どうすれば正解だったのかが分からなかった。仮に手伝ってもらったとしても、上手く会話ができていた自信はない。


 まだ3個目の後悔なのに、もうこの校外学習の次の日に行けない気がしていた。


 そんな時、タイミングがいいのか悪いのか、あいつの声が聞こえてきた。


「はぁ……山本さーん。なんも分かってないですね」


 いつもはこいつのチクチク言葉に反応しているが、今日は相手にする気が起きず、そのまま無視をした。


 だが、それを意に介さないようにこの死女神は話を続けた。


「だって、前回と全く変わってないんですもん。こんなんじゃ、次もまた同じ後悔をしますね」

「……前回と全く同じってどういうことだよ?」


俺はついムカついてそう反応してしまった。


「全く同じじゃないですかー」

「どこが? 今回は出戻りした時にヒメカと約束して、そこの班に入れたじゃないか」

「そこまでは確かに変わったかもですけど、そこから山本さんは何かしましたか? 他の誰かと校外学習までに関係性を築こうとしましたか?」

「……」


 俺は何も言えなくなった。

 なぜなら、正に言われた通りだったから。

 正直な所、あの同じの班の女子達の話を聞いた時に、何をすればいいかは分かっていた。


 そのやらなければならない事は『その同じ班の人達と友達になること』だ。


 でも、俺から話かけて全然ダメだったどうするんだ。

 ただでさえ誰かとコミュニケーションを取るのが苦手なのに、そのせいで避けられたり、嫌われたりとか考えてしまうと怖くて仕方がない。


「大丈夫ですよ。友達作りに失敗しても、今の山本さんはやり直せるんですから」

「…………」


 俺は何も言わずに死女神の言葉を聞いていた。


「きっと、松本ヒメカさんにとっても山本さんに友達にできるのが嬉しい事だと思いますよ」死女神はそう続けた。

「…………」


 またも何も言えずに、死女神の言葉を聞いていた。


「まあ、でも、どうするかは山本さんの自由なんで何も言いませんが、またも同じことを繰り返すのだけはあまりお勧めしないですねー。私もつまらないですし。まあ、何かあったら、呼んで下さいね」


 死女神の声はこの言葉を最後に聞こえなくなった。


 その後、俺はベットに仰向けで横たわり、何度もあの同じ班の女子達が言っていた言葉、ヒメカの悲しそうな表情、死女神の言葉をゆっくり噛み締めるように頭の中で繰り返し思い出していた。


「俺って、ただ歳食っていただけだったんだな」


 もう真っ暗になった天井を見ながらそう呟いた。


 流されて生きてる癖に川のせいにしてるんだからたまったもんじゃないよな。

 一度、深く息を吸って、ゆっくり吐いた。


「よし」


 そう言って、覚悟を決めた。

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