第16話 運命の生物
5限の体育を終えて、本来なら昼食と運動で眠くなるところだが、今日は緊張でそんなことは全く無かった。
なぜなら、この次の授業の結果次第で明日が迎えられるか分からない。眠くなるわけ無い。
体育の着替えから、教室に戻るといつもような賑やかさはなく、夏の始まりを感じ始めているのに冷たい静けさが漂っていた。
きっと皆も同じようにこの生物というテストがかなり厄介ということの証拠だろ。
頼む。俺、頑張ったんだぜ?
チャイムがなって数十秒後に引き戸がゆっくり力なく開いた。
…………ガラガラ…………
「はいー。じゃあ、授業をー始めまーす」
噂の狸先生がそう言って、入ってきた。
この狸親父め。あんたのせいで明日にいけるかどうかがよく分からなくなってるんだ。
その癖にひょうきんな挨拶をされちゃたまったもんじゃ無い。この狸先生の言葉一つ一つにもうイラつきが止まらない。
「今日はー授業ではーなくてーテストをー返しまーす」
早く返せ、この野郎。
恐らく、他のクラスメイトも同じことを思っているのだろう。周りの顔を見ると、ほぼ全員の顔が強張っていた。
でも、誰も何も言わなかった。
なぜなら、この狸先生に何を言った所で結果は変わらないことが見えているからだ。まだ高校に入学してからまだ一か月と少ししか経っていないが、この狸先生は意外と頑固というのをうすうす感じていた。
どうせ何かテストに対しての不平不満を言った所で「あなた達のー勉強ー不足をー私のせいにーされてもー困るんですけどー」って返されるのがオチ。
とりあえず、テストの結果を待つしかないな。
「ではー、阿部さーん」
遂にテスト返却がスタートした。
だが、俺自身の緊張によるものなのか、それともこの狸先生の話すスピードの遅さなのか分からないが、神様が時を止めてるんじゃ無いかと疑ってしまう位時間が過ぎない。
しかも、テストを返却されていっているクラスメイトの顔色は物凄く悪い。やはり、悪い意味で予想通りという事なのだろう。
早く、早く、早く!
「次はー山本さーん。取りに来てー下さーい」
ようやく、俺の名前が呼ばれた。
「…………はい」
ゆっくりと席から立ちあがり、先生に向かって歩く。
だが、足を先生に近づければ近づける毎に、どんどん心臓の高鳴りが強くなる(しかも、この心臓の高鳴りはさっきまでの別教科でのテスト返却の時に感じていたものとは全く違っていた)。
「お疲れ様ーですー」
狸先生はそう言って、テストの点数が他のクラスメイトに見られないように裏向きで渡してきた。
「……ありがとうございます」
本来なら、すぐにその場で点数が書いてある表側にひっくり返すのだろうが、不安でテスト用紙をすぐにひっくり返すことはできなかった。
……だって、怖いもん。そんな簡単に見れるかい!
足早に自分の席に戻る。
そして、一呼吸して覚悟を決める。赤点は30点以下。
……よし、開くぞ。俺は机の上にあるテスト用紙を表にひっくり返した。
「……………マジかよ」
俺はたまらず声を出してしまった。
なぜなら、そこには左から2と7と書かれていたからだ。
俺は自分の目が信じられなくて、もう一度目を擦り、テストを見る。
でも、結果は全く変わらない。どう足掻いても27点だ。
……俺は赤点を取ってしまったようだ。その現実がまるで心の奥底の方で鉛がめり込んでいくように苦しく感じた。と同時に、あれだけ頑張ってきた過去を否定された気がした。
なんでだよ……。
どこにぶつけていいかわからない感情でうなだれていた間に全員にテスト返却が終わったらしい。
そのタイミングで林が質問をした。
「先生! この授業の平均点を教えて下さい」
そうだ。もし、平均点が低ければ赤点の基準も変わるかもしれない。
さっきまで絶望を感じていたが、光が見えた気がした。
「あー。えーと、22点ですー」
へ……平均点が22点のテストだと?
ふざけんな!
誰がそんなテストで30点を超えられんねん!
俺がそう思った瞬間、クラスメイトから非難が始まった。
「平均点が赤点以下なのに、補修確定するなんてふざけてる!」
「補修を無くしてくれ! もしくは、赤点をなくして下さい!」
どんどん声が大きくなる。
その声に堪らず、狸先生が答えた。
「わかりーましたー。ではー、今回のーテストーでのー補修はーなしにしましょー。だって、私もーこんなにー皆さんがーできないとはー思ってーなかったーですー」
いや、それはこっちのセリフだわ!
でも、とりあえず、もしかしたら次の日に進めるかもしれない?
それとも全部テストが返ってきてからになるのか?
正直、何にも分かってないけど、もしかしたらの可能性が出てきた。今回のケースは赤点だけど、補修がない。まあ、何にせよ絶望の中に光が見えてきたような気がした。
このお陰でやっと自分の時間軸が普通になってきた。そのせいかどうかは分からないが、昼食と体育の疲れがどっと出てきて眠気が急に襲ってきた。
☆☆☆
「おはよー。ハジメが寝てるの珍しいね」
真っ暗闇の景色に光が差したと思ったら、そこにはヒメカがいた。
「やっべー。俺、寝ちまってったのか」
大分疲れが溜まっていたようだ。
まだ全部のテストが返ってきた訳ではないけど、一番の鬼門だったこの生物の結果が分かってひとまず安心したから、今回の出戻りでつい眠ってしまっていた。
「ハジメ、帰ろ」
「そうだな」
学校からの帰り道。俺はヒメカの点数がどんなものか急に気になり、ダメ元で聞いてみた。
「ヒメカ、さっきの生物はどうだった?」
「うぇー。それ聞くー?」
ヒメカはバツの悪そうな顔をした。
でも、聞いて答えてくれないと余計気になる。
「分かった。先に俺の点数から言うわ。……27点だったよ」
「え? ハジメもそんな感じの点数だったの?」
ヒメカは驚いていた。
「勉強してない所しかでてないからな。ヒメカはもしかして赤点回避……」
「してないよ! 実は私も27点です」
俺はそのヒメカの言葉を聞いた時、つい笑ってしまった。
だって、こういう時、漫画とかでは負けるのが定番なのに、しっかり違った事がおかしかった。そして、その俺の笑い声につられたのかヒメカも笑い出した。
ひとしきり笑った後、ヒメカは「私達、似たもの同士だね」と笑顔で俺に言った。
赤点は取ってしまったが、後悔は全くない。だから、きっと……。
☆☆☆
「ハジメ! 土曜日だからっていつまで寝てるのよ!」
お母さんが下から俺を呼ぶ声が聞こえる。
うん?
土曜日?
今日は火曜日だよな?
え……えええええ?
あんないい感じで1日終えたのに出戻りしてるんだけどー!
現実は漫画と同じようには進まないことを俺はより強く痛感した。
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