第15話 テスト返却スタート

「んー! 美味しいね」


 目の前にいるヒメカはそう言った。


 ちなみに俺とヒメカは帰り道にあるお洒落なパンケーキ屋にいる(女性客が多くて、実年齢25歳のおじさんには少しきつい)。


「ふわふわだな」


 俺はフォークで目の前にあるパンケーキを押しながら、そう返した。


「大丈夫?」


 ヒメカは俺の顔を覗いた。

 正直な事を言うと大丈夫ではない。

 

 今回の後悔はどういう基準なのかも分からないし、もしかしたら、突破できるかもしれないという期待と不安が入り混じって頭が変になりそうだった。


「……まあ、多分大丈夫。反対にヒメカもあんまり落ち込んで無さそうだな」


 俺はそう質問を返した。


「うーん。どうなんだろ。でも、生物のテスト用紙を見た時はあんだけ勉強したのに何もわかんないことはショックだったよ」

「わかる。めっちゃその気持ちわかるわ」

「でも、結果はどうであれ頑張ったのは事実だし、テストも返ってきてないから今塞ぎ込んでても意味ないかなーって思ってる」


 ヒメカはそう言って、パンケーキを器用に切って食べ進めていく。


「だからさ、ハジメもそんな暗い顔しないでよ。頑張ったのは事実でしょ」


 ヒメカは続けてそう言って、自分のパンケーキだったにも関わらず、俺の口に突っ込んだ。


 俺はたまらず食べてしまい、その瞬間に空腹を感じた。

 今、自分のパンケーキを見ると全然減ってない。半分以上余裕で残ってる。


 ショックすぎて、全然食べれてなかったんだな。


 でも、このヒメカの一口で自分自身の空腹度合を理解してしまった。もう俺の食欲は止まらないぜ?


 それからはヒメカが食べるペースをゆうに追い越し、どんどん食べ進めていく。

 そして、口の中に感じた蜂蜜の香りで自分の苦い記憶をすり替えるようにしていた。


☆☆☆


 それから久々に勉強をしない土日を過ごし、遂にテスト返却が始まる月曜日が来た。


 俺はそのテストの後に戻ると最初思っていたが、そんなことはなく普通にテスト返却の日が来た。


 これはもしかすると、赤点じゃなかったのか?

 それとも、補修を受けることが無ければいいのか?


 でも、突破した気がして、少し安心した。


 ちなみにその噂の生物は今日の6限目。そこまでに化学とか数学A、現代文が返ってくる。


 っていうか今日まで、あの死女神はうんともすんとも言わない。あの野郎、また仕事サボってるんじゃないよな?


 そんなこんな考えていると本日最初の授業の化学が始まった。


「じゃあ、テスト返していくぞー。まず阿部」


 化学は暗記科目だったから重点的にやったし、特に問題ないのかなと思ってる。


 でも、心臓はどんどん自分の苗字のヤ行に近づく度に心が高鳴る。


 静まれ!

 お前が緊張すべきなのはこの教科じゃないだろ!?


「次は山本」

「……はい」


 手に汗を感じる位緊張している。


「お疲れさん。よく頑張ったな」

「へ?」


 この50歳近くに見える化学の先生が何故か妙に上手なウインクを自分にした。

 俺は戸惑いながら、テストを受け取ると、そこには82と数字が書かれていた。


 ……え、マジ?


 何度も目をこすってみたが、点数は変わらずそこには82と書かれていた。


 よかった……マジでよかった。

 もう既にさっきまでの汗はどこかへ飛んでいったようで、その代わりなのか、心臓が強く高鳴る感覚を覚えていた。


 なんていうんだろう。嬉しいのは勿論なんだけど、こう自分自身に誇りを持てるような感じがする。


 そういえば、一番最初の学生時代は失敗に失敗を重ねて、高校受験も失敗する始末。


 社会人時代も頑張っても頑張っても結果が出ないことばかりだったので、こんな感じで努力が実ったっていう経験は久々、いや、初めてかもしれない。


 とりあえず、本当によかった。


 その後、時間割り通りに数学A、現代文のテストが返却された。


「山本、お前しっかり勉強したんだな」

「え?」


「次は山本君ね。授業の復習してくれてたの嬉しいわ」

「ふぁ?」


 数学Aは80点、現代文に至っては88点だった。

 ここまで上手く行ったことが今まであっただろうか?


 逆に怖くなってきた。


☆☆☆


「ハジメに勉強教えたの私ですから」


 ヒメカはさも自分が点数取ったかのように、自慢げに食堂でダイキ達に話していた。


「お……おう。でも、先生が生徒に点数負けてないか?」


 そのダイキが言う通り、俺はまさかのヒメカよりも現時点で総合点が上だったのだ。


 確か、ヒメカは化学が80点、数学Aが76点、現代文が80点だったかな。


「そ……それは、弟子には師匠を超えてほしい的な?」

「何だそれ!」

「もうー。ハジメ、良い点数取りすぎなんだよー」


 ヒメカがそう言うと、俺達はつい笑ってしまった。


「でも、ヒメカも山本君も点数高いわね」

「え? そうなん?」

「そうよ。だって、ほとんど……というか私とか80点台のテスト、数学Aだけだよ」


 林はカレーを食べながらそう言った。

 まさか、俺とヒメカがそんなに高い位置につけているとは思わなかった。

 と言うか、ヒメカって、テストに関しては良くも悪くも普通なイメージがあるから、驚きだった。


 まあ、一番最初の人生の高校時代ではヒメカに一度もテストの点数で勝ったこと無かったけど……。


「ちなみにダイキは全部赤点ギリギリだったけどね」


 ユウマが言った。


「ユウマ! それは言わない約束だろ!」

「平田君はゴールデンウィーク、部活に熱中しすぎなのよ」

「ぐぬぬ。ぐうの音も出ない」

「何でそんな難しい表現は分かるのよ」


 林がダイキにそうツッコムとまた食堂に俺達の笑い声が響いた。

 とりあえず、予想より全然いいスタートが切れた。


 これで生物もよければ……。

 俺はこの後来る生物のテスト返しで良い点数が取れることを切に願った。

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