第12話 もう夏?

「ハジメ、頭悪くなった?」

「ち……ちょっと、勉強サボりすぎただけだよ」


 今まさに俺は人生で初めてヒメカから勉強を教えてもらっている。


 別に俺がヒメカに勉強を教えたことが沢山あるかと聞かれるとそんなわけではないが、小学校、中学校では、基本的に俺の方がテストの順位は上だった。


 でも、仕方ない。だって、ちょっと所ではなく、勉強から離れてもう3年、大学は文学部に進んだから、数学とかや生物に関しては5年以上触ってなかったから、分かるわけがなかった。


 因数分解?

 ナンデスカ、ソレ?

 古代文明の奇跡の発明ですか?


 冗談抜きでこの状態はきつい。少しは知識を残して、俺を戻してくれよ。本当に体だけ元に戻ってそれ以外は全く同じなんてな。


「もしかして、私の方が頭いい?」


 ヒメカは少し嬉しそうにそう言った。


 今まで、俺の方が点数が良かったから、それもそうか。反対に俺もヒメカに勉強を教えるのは嫌いじゃなかったし気持ちは分かるが、俺は悔しい。


「すぐ追い抜いてやるからな」


 俺は目の前にいるヒメカに対抗意識を燃やしていた。


☆☆☆


「久々にこんなに勉強したね」


 図書館から出た時にヒメカはそう言った。


「確かにな。入学式終わったと思ったら、校外学習。割と忙しくて勉強する時間無かったからな」

「でも、ハジメは手を抜きすぎだよ。因数分解とか合同の証明とかも忘れちゃってるなんて」

「うるさいよ」

「うわ、ハジメ怖い」


 ヒメカはそう言って、俺から距離を取った。


「冗談だよ」

「……よかったー。でも、私を怖がらせたから、あそこのタピオカ奢ってよ」

「うーん」

「ハジメにNoっていう答えはないと思うけど?」


 ヒメカは少し見下すような感じで言った。

 こ……こいつ、俺より勉強ができるからってマウントを取りにきてる。

 しかも、何か、俺の頭の上から「山本さんー」と嫌味ったらしい声が聞こえてくる始末。


 死女神はどうでもいいが、ヒメカをここで怒らせたりして、勉強を教えてくれないっていう方が問題だ。

 なぜなら、こんな状態の俺に勉強を教えてくれるのはヒメカぐらいだからな(ダイキ達には申し訳なくて頼めないしな……)。


 奢るしか……ないよな。


「わかったよ。その代わり、勉強教えてくれよな」

「はーい。これからはヒメカ先生って呼んでね!」


 ヒメカは向日葵よりも明るい笑顔でそう答えた。


「二つでお値段は1200円になります」


 タピオカって結構高いな。

 正直、全然そういうことに疎かったから、知らなかったが、親からのお小遣い(月5000円)では、中々大変だぞ。


 でも、背に腹は変えられない。

 しかも、ここで自分の分は頼まないということはしたくない。


 だって、飲んだことないんだもん。俺にも飲ませてくれよ!


「お客様?」

「あ、すいません。1200円ですね。2000円からお願いします」


 つい心の中の自分との会話で夢中になってしまい、お金を払うことを忘れていた。


 お釣りをもらった後、タピオカの入ったチョコレートミルクとミルクティーを受け取った。


 ヒメカから「氷無しの方がいいよ」とアドバイスもらっていて、その通り頼んだからか、アイスで頼んだのに、ほんのり温かった。


「はい。これでいいか?」


 俺は近くのベンチで座っていたヒメカに渡した。


「ありがとう。最近、流行りなんだよねー」


 ヒメカはタピオカを手に取ると、タピオカに一吸いした。


「うわ。ミルクティーだ」

「そりゃそうだよ。タピオカって、ミルクティーの中に入ってるからな」

「そういうの先に言ってよ」

「俺はもう知ってると思ったんだよ」

「もうー。私が紅茶系が苦手なの知ってるくせに……」


 ヒメカは頬をリスがどんぐりを口に詰めているかのように頬を膨らましていた。


「はい、チョコレートのタピオカ。一応、ティーだけど、そんなに強くなさそうだから飲めるだろ?」

「あ……ありがとう。ハジメ、やるじゃん」


 ヒメカは俺の肩をつついた。


「こっちの方が美味しいね」


 ヒメカはそう言って、笑顔で飲んでいた。


 俺達の座っているベンチからは公園で遊んでいる小さな子供達と彼らを見守る親御さん達が一緒になっていて、楽しんでいるのが見えた。


 俺の隣にいるヒメカは目の前に広がるのどかな光景を優しく見守るように見ていた。


 そんな中、俺はというとヒメカの横顔をチラチラ見ていた。久々にちゃんと見るヒメカの横顔。この幸せがずっと続けばいいのに。


 って、ちょっと待て。俺、今ヒメカのミルクティ飲んでるけど、間接キスじゃね?


 そのことに気づくと急に顔の温度が熱くなり、タピオカを飲むのが気恥ずかしくなってきた。


 ……でも、こんなこと恐らく普通なんだろ?


 しかも、本当は25歳の男なんだから、普通な風を装わなきゃな。俺は何も気づいてないふりをして、ヒメカが最初に口をつけたミルクティータピオカを勢いよく飲んだ。


 だが、一度気づいてしまうと、変にヒメカの温かさを感じてしまい無味だった。


 でも、なんとか平静を保った……はず。

 その時、ヒメカが突然気づいたように言った。


「あ……これ間接キ……スだね?」


 ヒメカの顔が真っ赤になっていた。

 何で気づくねん!


 俺はそのヒメカの言葉を聞いた瞬間に、タピオカを噛まずに飲み込んでいたので、咳き込んでしまった。


「ゲホゲホゲホ……」

「ハジメ、大丈夫?」

「だ……だいじょ……」


 俺がそう言いかけて横を見た時、ヒメカと目があって、お互い目線を逸らしてしまった。


 男女が同じベンチに座っているのに、顔の向きがお互い相手とは反対向きになっていた。

 第三者から見れば、喧嘩した後のように見えているのかも。


 でも、決して喧嘩した訳ではない。

 ただ顔が火照ったように熱いだけだ。

 おかしいな。

 まだ5月なのに、夏を少し感じるんだけど。

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