第9話 4度目の正直
玄関のドアを開けると、そこにはジャージ姿のヒメカがいた。
「ハジメ、おはよう」
「おう。おはよう」
「今日は待ちに待った校外学習だね」
「そうだな。俺も楽しみだ」
俺はヒナにそう答えた。
だって、今回はしっかり準備してきたからな。
合計で4回目。
もう突破させてくれ。勇気出したんだからさ。
☆☆☆
正直、出だしは今までになく最高だ。
前回は皆んながトランプとかしていた時に寝ていたから、結果として会話にも参加していなかったが、今回は何と林からトランプを誘ってくれたこともあり、皆と一緒にトランプをしながら、バスでの時間を皆で過ごした。
そのおかげもあり、初めてこの移動時間で寝ることが無かった。
その後は前回と同じように生活指導の先生からのありがたい(?)言葉を頂いたのち、料理作りに入る。
でも、その料理も皆が積極的に俺とコミュニーケーションをとってくれたお陰で、前回よりも一体感を感じていた。
加えて、事前にカレーに必要な具材を手分けして買ってきていたから、俺と皆のコンビネーションに不足はなかった。
ちなみに前回はヒメカに俺と皆の仲介役になってもらい買ってくる具材指示をもらっていた。
実際はその時にも『具材を買ってるんだから戦力になれてるだろ』と自負していたが、もうその時には皆からは『なんだコイツ?』みたいな感じに思われていたんだろうな。
実際に自分がそれをやられたらと想像すればすぐに分かりそうな事だったのにな……。
「山本、お前、包丁使うのうまいなー。料理できる男子だったんだなー」
岡部がそう話しかけてきた。
「そ……そうか?」
「私は握るのすら怖いぞー」
「マコ、何やってるの! あなたが包丁持つのは怖いのよ」
林はそう言って、ゆっくり岡部から包丁を取り上げた。
「林は心配性だなー。ほら、ヒメカも山本もなんか言ってくれよー」
岡部は俺とヒメカを見てそう言った。
でも、俺は林に激しく同意していた。だって、岡部はどう見てもあの小さい人形に悪魔が乗り移って殺戮を繰り返すホラー映画のキャラクターのように包丁を持っていたからだ。
「山本君、ごめんね」
「大丈夫。まさか、あんな感じで包丁を持つ人初めて見たからビビったけどな」
「マコは悪い子じゃ無いんだけど、いい意味でも悪い意味でもマイペースだから」
「林はその分っていう言い方も失礼かも知れないけど、しっかりしてるよな」
俺がそう言うと林は恥ずかしそうにしながら、
「嬉しい事言ってくれるわね」と答えていた。
これ、めちゃくちゃ上手くいってるよな?
だって、前回、俺の悪口を言っていた林とも仲良くなれたし、順調すぎて怖くなるくらい上手く進んでいた。
その時、急に俺達の近くで誰かが怒鳴る声が聞こえた。
「おい! お前達、俺達の野菜取っただろ?」
しかも、この怒号に聞き覚えがある。やばい。嫌な予感しかしない。
「この声って……」
ヒメカが言った。
「平山君っぽいわね」
林がそう答えた。
「ちょっと、人参切ってる場合じゃ無いね。ハジメ、行こ!」
ヒメカは俺と林の手を引っ張り、怒号が聞こえてきた方に向かって走り出した。
「私はどうすればいいんだ―」
置いてかれた岡部が言った。
「マコはじっとしてて!」
林がそう答えた。
「了解したー」
岡部はビシッと俺達に向かって敬礼していた。
ってか、おいいいいいい!
こんな事今までなかったのになんでだ?
過去を変えたからか?
変なところで新しい後悔を生まないでくれよ!
俺はそう願いながら、現場に全速力で向かった。
☆☆☆
現場には、俺が前々回で同じ班だったチャラい系の人達とダイキ、そのダイキを抑えているユウマがそこにいた。
「平山君、桐田君!」
林がそう声をかけた。
「おお! 林、松本、ハジメまで来てくれたのか。実はコイツらが勝手に俺らが買ったじゃがいもとかを使ってたんだぜ!」
ユウマは声を荒くしながらそう言った。
そう言えば、前々回、具材を買うの全部俺に任せていたような記憶があるな。
「あーし、知らないし。ってか、証拠とかなく無い?」
「何言ってんだ。お前達、材料揃えるのサボって、カレーのルーしかないのをバスの中で話してたじゃねーか」
「あ……あれは冗談だし」
そうか、もう俺みたいなパシれる奴がいないから、ちゃんと具材を揃えられなかったのか。
(前々回も正直全然具材が足りなくなりそうだったから、俺が何個か見繕って買ってきたんだった)
でも、とりあえず、そんなことは置いといて、目の前の状況をなんとかするしかないな。
「ダイキ、とりあえず落ち着いて」
「いや、落ち着けねえよ! 万引きと同じじゃねえか」
ダイキの言っていることはごもっとも。全くもって同意だ。
でも、こんなことで明日に進めないのも嫌だし、それ以上に折角楽しんでいたこの時間を取り戻したい。
「まあ、今日はあいつらに貸しって事であげちゃおうぜ」
俺はそうダイキに提案した。
「か……貸し?」
「おう。だって、ここで俺達の器の大きさを見せたら、多分、ダイキはモテモテだぜ?」
「……それは悪くないな」
ダイキは少し二ヤリ顔をしながら、そう答えた。
「だろ? しかも、あいつらは特に俺達のクラス内で1番目立ってるグループ。ダイキの評判も爆上がりになるのは間違いなし」
ダイキは一瞬考えてから、そのまま陽キャグループに近づいた。
「色々、怒鳴って悪かった。折角の校外学習だし、仕方ねえからやるよ」
急に態度が変わったダイキに先程まで言い合いしていたギャルも呆気に取られていた。
ダイキは野菜の入ったバケットを渡して、俺達の方に戻ってきた。
「……あんたのお陰であーし達、料理できるよ。ありがとう」
ダイキは陽キャ達の方に振り返らずにグーサインをした。
とりあえず、これで大丈夫そうかな?
「ハジメ、ありがとう」
さっきまでダイキを抑えていたユウマが俺に小さな声で言った。
「いや、俺は何もしてないよ」
「はは、そう言うと思った。けど、ありがとう」
普段はクールなユウマが笑顔でそう言った。
☆☆☆
「ダイキ、やるじゃんか」
調理場に向かってる時にダイキにそう言った。
「だろ? これでモテモテだぜ!」
「あなたは絶対に抑えられないと思ってたから、ビックリしたわ。二人で何コソコソ話ししてたのよ」
林がそう聞いた。
「それは……」
俺が言いかけた瞬間、ダイキは俺の口を塞いで、「これは男同士の秘密だから言えない」と意地張っていた。
林も林で「今の時代にそういうのあってないわよ?」と言い返していた。
その時、ヒメカが隣に来た。
「ハジメ、ありがとう」
「え、急にどうしたんだ?」
ユウマにもそう言われて、なんか変に恥ずかしくなった。
「ハジメがアドバイスしてあげたんでしょ?」
俺はダイキに男の秘密だって言われたから、何も言葉を返せなかった。
「まあ、ハジメは約束守る人だから、押し黙ってるけど、ハジメが良い人っていうのはこの中で私が1番知ってるからね」
「お……おう」
俺は照れくさく感じながら、自分達のキッチンに戻っていった。
「皆遅かったなー」
岡部が椅子に触りながら、顔を覆っていたスカーフから、目を少し出した。
ま……まさか…………。
「マコ、あなた野菜切ったりとかって……?」
林が恐る恐る岡部に聞いた。
「え……何もやってないぞー。だって、林が何もするなって言ったじゃないかー」
岡部は何バカな事言ってるんだと言わんばかりの態度で答えた。
これはまずい。さっきのもめごとで調理できる時間が随分と奪われてしまった。
しかも、俺達はなぜか岡部以外の全員で行ってしまったせいで、具材を切る所で止まっていた。
「やばいな。時間がない」
ユウマがそう言った。
「そうね。急いでやるわよ。特に平山君、頑張りなさいよ」
「おうよ!」
ダイキは勢いよくそう答えた。
俺とヒナも急いで手を洗って、まだ残っているジャガイモ切り始めた。
でも、こんなに切羽詰まってるのに、今までで一番楽しい。
まるで今までずっと生活してきたようなコンビネーションで俺達はカレーを作っていった。
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