第3話 Future or Coke?

 あの自己紹介でのゲップから、何度も何度も自分のやらかしてしまったことを繰り返し考えていたから、他の人達がどんな自己紹介をしたのかとか何も覚えてない。


 もはや、どうやって家に帰ってきたのかも記憶がないのが事実だ。


「とりあえず、寝るしか……ないよな」


 俺は何も考えずに夜21時前にも関わらずベットに入り、横になった。


 正直、自分のやらかしに対しての後悔のせいで眠りにつけないと思っていたが、その予想と違ってすぐに眠ることができた。朝から、階段を慎重に降りたりとか神経を使うことをやっていたから疲れていたのかもしれない。











 チュン……チュン……チュン


 外で鳥のさえずりが聞こえる。もしかしたらと思って、ベットから起き上がり、スマートフォンの日付を確認した。


「やっぱり、4月1日か……」


 予想通り入学式の日に出戻りしていた。未来に進めないことがこんなにも辛いのか。

 正直、もうこの出戻り生活はやりたく無い。


 だって、何度も同じことを繰り返すことがこんなにも頭をおかしくさせることだとは知らなかった。

 これから、俺は何回今日の入学式を繰り返してしまうのだろう?


 でも、よく考えてみると、昨日のゲップ事件有りの状態で未来に進むのもそれはそれで地獄だなとも思った。

 だから、まだ戻れた方がよかったのか?


 時間はまだ朝の6時だったから、ベットの上でもう一回横になり目を瞑る。


 そんな時に、タイミングがいいのか、悪いのかKYなあの死女神の声が聞こえてきた。


「山本さーん。コーラ飲んじゃダメですよー」


 やかましいわ。誰がもう朝にコーラなんて飲むか! 


 だが、この死女神の声を聞いて、何をすべきかを思い出せたのはここだけの話。


 明日に進むにはやるしか無い。

 自分自身にそう喝を入れて、お母さんから呼ばれる前にベットから出て、階段の前にたどり着いた。


 前回、この階段は突破していて、その後の自己紹介の失敗での出戻りになったが、時間的には階段でのあの出来事前に戻った状態。

 つまり、今日は階段とあの自己紹介を上手くできてやっと、明日に行ける。


 この後、8個の後悔あるんだよな。俺、どんな後悔してるんだよ。と少し気分が沈む。


 でも、とにかく、この階段を転ばずに降りきるのと朝食で出てくるコーラを飲まないことがきっと俺がやるべきこと。

 後、もうこの階段に関しては1個前の人生で超えてるんだよ!


 前回と同じようにお尻を階段に擦りながら降りた。

 当然、真剣に階段を降りてはいたが、心に余裕があった。


 だからか、前回よりも速く一階までたどり着いた。


 その流れのままいつも家族全員で食べているリビングに移動した。既にお母さんとお父さんはテレビを見ながら、朝食のチーズパンを食べていた。


「あら、おはよう。今日はやけに早いわね」


 お母さんが言った。


「おはよう。ちょっと、目が覚めてね」

「早起きはいい事よ。あ、朝ごはんはチーズパン。麦茶以外が飲みたかったら冷蔵庫から適当に取ってね」


 お母さんはそう言った。

 前回、俺はここで麦茶でも牛乳でもないコーラを取ってしまい、あのゲップに繋がった。コーラ大好きだけど、今日は我慢して麦茶にしよう。


「麦茶でいいや」


 俺はそう答えて、自分のコップを食器棚から取る。

 その後、いつもの自分の席に座り、麦茶をさっき取ってきたコップに注ぐ。


 万全の準備(?)ができている感が少し俺をワクワクさせた。

 これなら、上手くいくはずだ。そう思いながら、勢いよくチーズパンをかじったら、まだ出来立てだったこともあり、少し熱かった。


「ハジメ、気をつけて行きなさいよ。お母さんとお父さんも後で行くから」

「ういっす。じゃあ、いってきまーす」


 あの後も特に炭酸飲料も飲んでいないから、家での準備は完璧だ。もうこれであの自己紹介みたいなことは起きない……よな?


 前回と同じように通学路の途中でヒメカと会って、一緒に登校した。


 そして、クラス替えの表を確認。やはり、俺とヒメカは1-Aのクラス。


 そこからの説明、入学式は全く前回と同じ流れで進んでいった。お母さんとお父さんが座ってる場所も同じなのは少しビックリしたけど、それもそうか。


 だが、その驚きを覚えていると同時に俺はなぜかこの全く同じということに変な安心感を覚えていた。


 そして、入学式が終了、教室に戻り、先生が前回と同じことを説明し始めた。


「……では、今日から真心高校の生徒として自覚を持って行動、勉学に勤しんで下さい。さて、今から自己紹介をしてもらおうかな。じゃあ、阿部さんからお願いします」


 遂に自己紹介の時間が来た。

 さっきまで変に安心してたのに、今の自分が相当緊張しているのがよくわかる。異様に教室の時計のカチカチ音が気になるし。


 大丈夫。ちゃんと、準備してきたんだ。

 コーラも飲んでないし、一応、何を話すかの原稿も簡単だけど朝食後に作ってきたし。


「……ありがとうございました。では、次は山本ハジメさんお願いします」

「はい」


 俺はゆっくり席から立ち上がり、一呼吸してから、自己紹介を始めた。


「初めまして。山本ハジメと言います。好きなことは小説や漫画を読むことです。これからよろしくお願いします」


 言い終えた後、軽く会釈をした。

 すると、量は少なかったが、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。


 前回は俺のせいとはいえ、拍手すらなくただただシーンとしていたから、全然違う。


 かなりあたり障りのない自己紹介だったけど、とりあえず、明日に行ける……よな?


 自分の席に座り、そう頭の中で考えてた時に、あのやかましい声が頭上から聞こえてきた。


「はぁ……山本さーん! ここ超えるのに二日もかかりましたねー」


 コイツ、本当にタイミングが悪い時にばかり話しかけてくるな。折角、感傷に浸ってたのによ。


 って、今なんて言ってた?


 超えるとかなんとか言ってたよな。つい、何もない天井を見た。が、学校の中恥ずかしくて、話しかけられない。


(だって、急に誰もいない天井に向かって話出すなんて頭おかしい奴認定されてしまう)


 でも、耳の中で『超える』って言葉が聞こえたのは間違いがない。


「はぁ……よかった……」小さくそう呟いた。


 その時、先生がヒメカの名前を呼ぶのが聞こえた。


「では、次は松本ヒメカさん。お願いします」


 そういえば、元々はこの時入院してたし、ヒメカの自己紹介を聞いたことが無かったな(前回は気が気でなかったから、ヒメカの自己紹介聞いてなかったし)。


 やっと今日を超えられる安心感で初めてちゃんと人の話が聞けるよ……。


 ヒメカは席をテキパキと立ち上がり、笑顔で話し始めた。


 「皆さん、初めまして。松本ヒメカです。好きなことはカラオケと漫画を読むことです。文化祭や体育祭をこのクラスで、全力で楽しむのが目標です! よろしくお願いします!」


 ヒメカの自己紹介が終わると男子達から人一倍大きな拍手が起こった。


 まあ、男どもの気持ちは分かる。読者モデルにもなれそうな美貌をヒメカは持っていて、その小さな顔にショートヘアがよく似合っている。


 だからこそ、あんな事がなければなとつい考えてしまう。


 でも、俺って過去に戻ってこれたんだよな。なら、もしかするともしかするかもしれない。


☆☆☆


 自己紹介が終わるとその日は予定通り終了した。その後、俺はヒメカと一緒に家に帰った。


 まあ、方向も同じで俺の家からヒメカの家まで徒歩で5分も掛からない距離にあるから、一緒に帰らない方がおかしいだろ?


(前回は別々で帰ったっぽいが、あまり記憶がない)


「ハジメ、自己紹介緊張してたね」


 ヒメカはそう言った。


「そりゃそうだ。だって、明日がかかってたからな」なんて言えるわけなく、「あがり症だから仕方ない」と軽く笑いながら答えた。


 でも、本当に明日を迎えられるのか? もしかすると、どっかで小さな後悔をしてないだろうか……?


 そんな不安が急に襲ってきた。それは家に帰ってきてベットで横になっても一向に軽くなることはなく、反対に強くなる一方だった。


 でも、社会人の時はあれほど明日が嫌だったのに、今では明日が心待ちになってるとはおかしな話だな。

 そう考えた瞬間、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


 その後、家族で夕飯を食べ、ゆっくり眠る為にお風呂に30分くらい浸かっといた。

 そのおかげで、先ほどの不安を軽く超えてくるほどの眠気がきて、遂に俺は寝てしまった。


☆☆☆


「ハジメー、朝よ! 起きなさーい」


 一階からお母さんの声が聞こえた。


「お……お、そうだ! 今日は何日になってんだ?」


 俺は急いで愛用のデジタル時計を確認した。


――4月2日――


 よっしゃー、遂に昨日を超えてやったぜ!!


「はぁ……山本さーん! おめでとうございまーす」


 あの死女神の声が聞こえてきた。


「もうこんなに大変なんだな」

「いやー、山本さんはマゾなのかと思いましたよー」


 こいつ、一言一言イライラさせてくるな。


 でも、とりあえず、何とか超えることができた。そう言えば、次の後悔とかって、コイツに聞けるのを完全に忘れてた。


「次の俺の後悔はなんだ?」

「次の後悔は……えーと……今月の最後に行われる校外学習ですね」


 校外学習か……ってあの地獄の!?

 いや、別にマラソンさせらたりとかではなく、単純に俺が仲間はずれにされまくったってだけなんだけど……。


「マジかよ……」

「マジです」


 俺はこの時点でもう次の後悔が超えられる気がしなかった。死女神の声が頭の中でグルグルしていた。

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