第2話 階段は危ない
「では、もう階段で転ばないで下さいね。では、またー」
その言葉を最後に死女神アケミの声はまた聞こえなくなった。
まさか俺の最初の後悔がこんなことだったとは……。
確かに実際の方でもこの怪我をきっかけに、1週間遅れの入学。
そのせいで俺が初登校する時には、もう仲良いグループが形成されていた。
加えて、コミュ力皆無+誰かに話しかける勇気もない俺はちゃんと孤立した。幼馴染のアイツ以外とはまともに会話をした記憶がないのが正直な所だ。
そう考えると確かに、この階段で躓くことがなければ、出遅れることなく、普通の高校ライフを送れていたのかもしれない。
「ハジメ、あんた誰かと話してるのー? 朝ごはんできてるわよ!」
前回と全く同じ言葉でお母さんの呼ぶ声が聞こえてきたから、ベットから起き上がり、慎重に階段の目の前まで行く。
もうここでコケるわけにはいかない。階段の左側にある手すりを掴みながら、地面にお尻をつけ、階段に擦らせるように一段一段降りた。
これほど安定している降り方は他にないと思う。
だが、一段、二段、三段と降りていけばいくほど、緊張感が増す。傍目から見れば、変なことをしているように見えるかもだが、こっちは明日が懸かっているから真剣だ。
「……うし!」
何とか、階段をコケることなく降りることができた。ずっと自分のお尻を犠牲にしながら降りたから、少しヒリヒリするが、とりあえず、俺の10個のうちの1つ目の後悔を乗り越えたな。
立ち上がった後、次の日を迎えられるという安心感と後悔を克服(?)することができた喜びで小さくガッツポーズをした。
☆☆☆
「じゃあ、気をつけていってらっしゃい。お母さんとお父さんも後で行くから」
「うい。いってきます」
俺はそう答えて勢いよく玄関の扉を開けるとそこには雲一つない青空が広がっていた。
まさに入学式にふさわしい天気だ。この日ってこんな天気だったんだなと少し感動を覚えた。だって、本当なら今頃俺は救急車の中だったんだぜ?
その勢いのまま気分よく学校に向かって歩いていると、後ろから誰かに声を掛けられた。
「ハジメ、おはよ!」
その声の主を探すように後ろ向くと、前回の高校時代で唯一俺に話しかけ続けてくれた幼馴染の松本ヒメカがそこにいた。
こんな風に話しかけてくれるのはヒメカ以外いないのは分かっているが、今は上手く言葉が出てこない。
「お……おはよ」
「ハジメ、元気ない感じ? もしかして、緊張してるの?」
ヒメカはそう返した。俺はそのヒメカとの久々の会話に感極まってしまい、自然と涙が零れ落ちてきた。俺、過去に戻ってきたんだなと彼女の姿を見て、改めて感じた。
そのヒメカはというと拍子抜けした表情を一瞬見せたがすぐに「え……え? どうしてハジメ泣いてるの?」と心配してくれた。
「ヒメカが元気そうでよかった」
「あ……ありがとう?」
俺は涙を止められなかったので、無理やり笑顔を作り、彼女を安心させようとした。まあ、その頑張って作った笑顔が変だったらしく、その後、ヒメカはずっと俺の顔を思い出しては笑っていた。
俺、どんな顔してたのかめちゃくちゃ気になるんだけど。
そんなこんなでヒメカとの久々の会話を楽しんでいるとあっという間に俺達の通うことになる学校、私立真心高校に到着した。
俺達が着いた頃には既に多くの新入生と思われる人達が固まっていて、自分自身のクラス分けを確認しているようだった。
確か、一番最初というか本来の人生ではヒメカと同じクラスだった。できれば、今回もヒメカと同じがいいな。俺、友達作るの苦手だから。
でも、さっき階段から落ちるという本来の過去を変えてしまったから、万が一に起きる最悪な状況、ヒメカと同じクラスになれないことを少し覚悟した。
一呼吸してから、クラス分けのボードに近づいて上から自分の名前を探した。
あべ……たなか……やまざき………やまもと……。
あ、見つけた!
俺は前回と同じく1-Aにクラス分けされた。ちなみにヒメカはどのクラスなんだ?
すぐに1-Aの女性の名簿順に目を移して、上から順番に松本を探そうとした。その瞬間、肩を叩かれた。振り向くと、ヒメカが笑顔で俺を見ていた。
「ハジメ! 同じクラスだね! 高校もよろしくー」
ヒメカはそう言って、ハイタッチをする為の手を出してきた。少し恥ずかしかったが、ここで断るのはおかしいから、俺はその手に優しく自分の手を合わせた。
小さくパチンと音が鳴った。
でも、本当によかった。これなら今回の高校生活はきっと上手くいく。
そこから、俺達は1-Aのクラスに移動し、今日の流れの説明を受けた。
まあ、説明と言っても入学式に参加、終わり次第、1-Aの教室に戻り、自己紹介をしてその日は終了するというどこの高校でもやっていそうな流れをすると軽く言われただけだ。
その後は言われた通り、まず体育館に移動し、入学式に参加。
体育館に入り、自分用のパイス椅子まで向かっている途中で俺のお父さんとお母さんも保護者用の席に座っているのが見えた。
あっちもそれに気づいたようで手を振っていたから、他の新入生にバレない大きさで手を振り返した。
その後は、新入生代表挨拶だったり、当然の如く覚えていない校歌を歌わされたりと何も変わり映えのない入学式がプログラムに沿って淡々と行われた。
「以上を持ちまして、真心高校の入学式を閉会いたします」
閉会の挨拶があり、俺達は保護者、先輩方からの拍手に包まれながら、体育館を後にした。
そして、そのまま俺達のクラスの担任(30代くらいの女性の先生)について行き、1-A組の教室に入る。
全員が自分の席に座ったのを担任の先生が話し始めた。内容は明日以降の流れとこの真心高校の良さについてだった。
「……では、今日から真心高校の生徒として自覚を持って行動、勉学に勤しんで下さい。さて、今から自己紹介をしてもらおうかな。じゃあ、阿部さんからお願いします」
先生がそう指示した通り、ア行の阿部さんから自己紹介を始めていった。
その時、なぜか空中からまたあの忌忌しい声が聞こえてきた。
「はぁ……山本さーん。ここ気をつけてくださいね。よく分からないですが、前世でもここで後悔しているみたいなのでー」
ここで俺は後悔してる?
何を言ってるんだ。俺は生まれて初めてこの入学式に参加したんだぞ?
気をつけるも何も……って、もしかして、自己紹介のことか?
確かに思い返すと、前回でもタイミングは違えど、この自己紹介の時間は俺にも設けられてたな。
前回は退院後の初めてのホームルームで俺の自己紹介の為の時間が設けるとこの担任の先生から言われたから、名前とか趣味とかを無難に話す予定だった。
だが、俺は自分の名前の所で勢いよく唇を噛んでしまい、切ってしまった。しかも、こういう時に限って血がなかなか止まらなくて、自己紹介は中止、俺は教室に入って数10秒で保健室行きとなった。
このせいでただでさえ人とコミュニケーションを取るのが苦手なのに加えて、変な人という評価になってしまったようだった。
その証拠にヒメカ以外のクラスメイトは俺とコミュニケーションを取ることを避けていた気がした。
でも、あの時の俺とは違うぜ?
だって、曲がりなりにもあの死女神に殺されるまでの25年間で社会人も経験してるし、コミュ力は上がってるはず。
ましてや、自分の唇噛むなんてあれ以来経験していないのが何よりもの今回は大丈夫と思える自信の根拠だ。
「……では、次は山本ハジメさんお願いします」
「はい!」
俺は元気よく返事をして、席から立ち上がった。
「えっと、僕の名前はやまどぁ……」
何とここで俺は噛むのでなく、緊張と朝に飲んだコカコーラが相まって、ついゲップをしてしまった。空気はシンと静まり返る。
背中に冷たい汗が流れた。
俺はその冷たい汗を振り切る為に頑張って巻き返そうとしたが、先生から「山本君、もう大丈夫だから」と自己紹介を中断させられる始末。
完全にやらかした。
コーラなんて朝から飲むべきじゃなかったのに、朝食のタイミングで準備されていたから、飲んでしまったのが原因だ。
だが、何度その過去を、後悔を考えてもさっきまでの他のクラスメイトからの冷たい目線を忘れられる訳ではない。
季節が冬になったのかと思うくらい、手先が冷たくなっていた。
「山本さーん。多分ですけど、明日に全然いけないんですけどー」
死女神のこの言葉がずっと頭の中でこだましていた。
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