第3話
剣を振るう。
ただ、ただ無心に剣を振るう。今日見た師匠の動き、剣技をイメージしてただ無心に。
「ふーん、こんなところで一人訓練していたんだ」
少なくとも百回以上。師匠との戦いをイメージした模擬戦が終わった頃。アカネがそう言って現れる。
「アカネか。ごめん、さっきは話の途中で抜けて」
「いいよ。あんまり気にしていないから。……それよりもさ、いつから二刀流にしたの?」
いつもよりも一段と声のトーンを落としたアカネが、俺の周りをウロウロしながら聞いてくる。
いつから……。そうか、アカネと一緒に剣の訓練をしていたこともあったか。その時は一刀流だった。
「師匠と会ってから、もう二年くらい前になる」
「に、二年……。むむむ、そ、その生徒会長とはどんなことしてたの?」
「……? なんでそんなこと聞くんだ?」
「い、い、か、らっ! 私、アオイが今まで何をしていたのか全然知らないんだから!」
そんな強引な……と思いつつも、確かにアカネの気持ちもわからなくもない。少し付き合ってやるか。
「魔物に襲われていたところを助けてもらったのが出会いだ。それから課外授業の度に稽古をつけてもらっていた。そんな感じか?」
「ほ、本当に……? 稽古ってどんなことをしていたの? ね?」
「どうしたアカネ。らしくないぞ。そんな風に色々と聞いてくるのは」
「……ご、ごめん。でもやっぱりちょっと」
アカネは落ち着きがなさそうに指を弄り地面を見てばかりだ。俺と視線を合わそうとしない。
不安……なのだろうか?
「……至って普通だ。スキンシップは少し多くて、生徒会に入れと言われる以外はな」
「普通じゃないよっ! だ、だってあんな仲良さそうにして……。魔法学園の高嶺の花だよ? 生徒会長のことはみんな憧れているのに……あんな風に連れて行かれるなんて」
「この学園のことはよく知らないが……あの人が応援してくれなければこの学園に入ることができなかった」
「〜〜〜〜っ!! や、やっぱり、そういう関係なんじゃん!!」
アカネは顔を真っ赤にしながら俺へそう言ってくる。
「一人称とか話し方とか変わってるしさ! 剣技だって昔と全然違う! どうせ、六年の間に私との約束だって……!」
口早にそういうアカネを見て確信に至る。
アカネは僕との約束を忘れてしまったんじゃないだろうかと。
彼女はそう思っているから、顔を真っ赤に、目の端に涙を浮かべているのだ。
……別にそんなことはないんだがな。
「忘れたわけじゃない。淡白に聞こえるかもしれないが、これは本当のことだ」
「…………本当に?」
アカネは目を細めて、身体をずいっと寄せながらそう聞く。
「本当だ。一日とて忘れたことはない。ずっとアカネのことを想い続けながら、この六年間休むことなく剣を振り続けた」
「な……っ、な、ななな!」
身を寄せてきたアカネが反射的に飛びのきそうになるのを見て、俺はアカネの手を握る。
アカネの手は白い手袋で覆われている。握って理解した。
アカネの手は凄くゴツゴツしているんだ。恐らく人よりも多く訓練をした結果なのだろう。その手を隠すために彼女はこんな手袋を……。
アカネの顔を見上げるとアカネの顔はさらに真っ赤に、トマトのように真っ赤になっている。
「……アカネは色々変わったと思っていたが、その実大きく変わっていなかったんだな。昔の女の子のままだ」
「そういうアオイは変わったね。口調も身体つきも、この手の感触も。昔と全然違う」
「そりゃあこの学園に来るため必死だったからな」
天職を持っていれば、この学園に入ることはほんの少しだけ簡単になっただろう。
しかし、天職がない俺ではこの学園に入ることはとても困難なことだ。
「な、なんでこの学園に来たの?」
「この学園にアカネがいる。そう師匠から聞いたし、勇者パーティーの一員として認められるにはこの学園で学ぶのが一番の近道と聞いたからな」
「ふ、ふーん……。そうなんだ。じゃ、じゃあ!」
アカネは少しだけ目を輝かせて、期待を込めた眼差しで俺へ何かを聞こうとする。
アカネが何を聞こうとしているのか、それはなんとなく分かった。
「勇者パーティーに入ってくれる? 私が作った勇者パーティーに」
「……ごめん。今はできない」
アカネの手を強く握りしめて、俺はそう答える。
この時だけアカネの顔を見ることができなかった。アカネになんて思われるか少しだけ怖くなって。
「そっか……。なんでなの? 約束を覚えていて、なんで?」
「まだ俺は勇者パーティーに入れるような人間じゃない。俺には天職がないんだ」
「……ふぇ? 天職がない……? う、嘘だよね? そんな天職がない状態でどうやってこの学園に入ったのさ!!」
アカネは信じられないような表情を浮かべる。この学園に入る難しさを知っているなら当然のことだ。
「努力と師匠の教え。それだけでここに来た」
「それだけのことで!? さっき見たけど、アオイの剣技はどう見てもこの学園トップクラスの剣技だよ!? 【勇者】の私よりも上! それを努力だけで……?」
「それは言い過ぎじゃないか? これがこの学園に入る最低ラインと思っていたんだが」
「いやいや、十分すぎるよ。その剣技は天職持ちが努力の末に手に入れるような物だよ。天職がないっていうのが信じられないくらいすごいことなんだよ!」
そう言われても天職を持っている人のことは師匠しか知らない。
師匠は魔法も使わず、純粋な剣技だけで俺を圧倒する。天職持ちはみんなこんなことができると思っていたのだが。
「その剣技と実力、そして努力は勇者パーティーに相応しいものだよ! 私が保証する! だから……」
「アカネの言葉は嬉しいよ。けれど俺自身が納得できない。アカネやその他の人の足を引っ張るわけにはいかないんだ。だからその誘いには今は受けられない」
勇者パーティーも、この学園の生徒会も、学園の中では上澄の存在だ。メンバーも優秀な天職を持ち、日々努力と研鑽を積んでいる化け物達ばかりだろう。
だから俺が入るわけにはいかない。天職を持たない俺はすぐにみんなに置いて行かれてしまうだろう。そうなった時、足を引っ張るのは俺だ。
「む、む〜〜! 頑固なんだから! そういうところは変わって欲しかったのに!」
「一度決めたことは曲げたくなくてな。まあそれは六年前の約束もそうなんだが」
「ふ、ふんっ! じゃあアオイは意地でも勇者パーティーに入れてやるんだから! どうせ、あの生徒会長から同じように生徒会の誘いを受けてるんでしょ?」
アカネはジト目で俺を見つめる。凄いな……生徒会のことはアカネに話していないはずなのに。
「凄いな。よく分かったな、俺が生徒会に誘われていること」
「女の勘っていうやつだよ。絶対! アオイのことは横取りさせないんだからっ!」
アカネは吹っ切れたのか、いつもの調子に戻り、俺から離れる。そして、昔と同じように笑顔を見せて、アカネは俺へこう告げる。
「覚悟してよね! アオイが生徒会に横取りされる前に、絶対勇者パーティーに入れてあげるんだからっ!」
「なんか主旨変わったないか……?」
「問答無用っ! そもそもアオイはも、モテそうだし? そういう意味でも色んな人が寄ってくるかもしれないから、早く勇者パーティーに入りたいって思わせてあげるんだからねっ!」
一瞬アカネがモジモジしたのは気のせいか?
別に勇者パーティーに入るつもりはないとかそういうのじゃないんだけどなあ。
「なんて言われようとも、俺は師匠を超えるまでどこにも属するつもりはない。それでも勧誘するというならアカネこそ覚悟しておけ。どうやら俺は頑固らしいからな」
「生意気なことを言って……! 明日からどうなっても知らないよ?」
「それはこっちのセリフだ」
俺たちはそう言葉を交わす。そこには六年前に戻ったかのような笑顔があった。
これは平凡で落ちこぼれな俺を巡って、魔法学園の高嶺の花達が争い合う物語だ。
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