【3-32】一難去らずのまた一難
「お前、名前は?」
ピンク色の髪に髭という、ファンタジー異世界だとしてもまぁいないであろう風貌をした守護者。
以前に召喚した護衛から設定をコピーしたらしいが、名前などは分からないので聞いてみた。
ランダム生成でイケメンが作られたのは奇跡だが、本当に髪と髭が残念な色合いだ。
そもそもその綺麗に整った王子様のような顔に、ピンクじゃなかったとしても髭は似合わないだろ。
剃れと命令すれば剃るのだろうが……というか剃れるのか? それ、毛じゃなくて靄だもんな。
あと今気づいたが、顔に厨二患者が大好きそうな刺青が彫ってあった。キャラクリにはありがちな、チョイ足しの造形項目か。
「ワイの名前をお忘れか!? ワイの名はオーギュスト・デュランダル。閣下が下さった立派な名ではございませんか!」
「……モモヒゲにしよう。なんか大仰だし、一人称がワイだし、特徴を名前にした方が好きだからな」
「モモヒゲ……ですか? それは些か安易すぎるような……」
「なんだ不満か? ピッタリだと思うけどな」
「いいえまさか! 閣下より頂いた崇高な名、大事に致しますッ!」
「あの、ヨルヤ君? そろそろ助けてもらってもいいかな?」
インパクトのあるモモヒゲの登場ですっかり蚊帳の外に置かれていた、手足を縛られたソフロンが批難の声を上げた。
ソフロンに軽く謝罪した後、モモヒゲに手枷の開錠が可能かどうか尋ねるが、帰ってきた答えは不可能だという事だった。
「やっぱり、とりあえず馬車に乗ってもらって……ラリーザとかに開錠をお願いするか」
「閣下……そんな事よりですな」
「なんだよそんな事って。ほらお前も、ソフロンさんを馬車に運ぶの手伝え」
「僕も手伝ってあげようかぁ? というか僕なら、簡単に魔力錠を外せるけど」
「ほんとかよ? それなら早く……早く……」
「くふふふ。でも外してあげな~い! その人には僕のために、ずっとお酒を造ってもらうんだからァ」
いつの間にか、隣に少年厄災の姿があった。即座に離れようと足に力を入れ始めた瞬間、モモヒゲが俺の腕を掴んで引っ張り上げた。
そのままモモヒゲの背後に回された俺は、クロエの存在を確認する。奴がここに来たという事はそうなのだろうが、クロエの存在は感じる事が出来なかった。
「近所の餓鬼が密林に迷い込んだだけかと思うたが……貴様今、閣下に悪意を向けよったな?」
「そんなガキいないでしょ。というか悪意なんて向けてないよ? 僕はただ、邪魔なモノは食べちゃおうと思っただけ~」
「邪魔なのは貴様であろう。無垢を装う邪鬼め、即刻立ち去れいッ!」
「くふふふ! 君もあまり……美味しそうじゃないねぇっ!」
赤いオーラを腕に纏わせた少年厄災が、モモヒゲに飛び掛かった。モモヒゲは少年厄災の首を斬り落とそうと長剣を振るう。
赤い腕と長剣がぶつかった瞬間、空気が振動する。互角かと思われたが、吹き飛ばされたのはモモヒゲの方だった。
具現化して置いてあった馬車まで吹き飛ばされたモモヒゲだが、即座に立ち上げり怒りの表情で厄災を睨みつけた。
「ぐぅぅ……この糞餓鬼めっ! 躾がなっとらんようだな!?」
「くふふふっ! あ~お腹が空いたなぁ……大人しく食べられてよォ」
「貴様、食うてばかりか? そんなに食らいたいのなら食らわせてやる! 受けよ! ライトニングサンダーボルトォォッ!」
「ちゃんと節制してるってばぁ……というか、どこら辺がサンダーなの?」
再び厄災に斬りかかるモモヒゲを横目に、俺はソフロンの元に駆け寄って抱きかかえ、そのまま馬車の方へと駆け出す。
クロエと同格のモモヒゲでは厄災に勝てないだろう。時間を稼いでくれている内に、馬車にソフロンを押し込んで逃げるのが得策だ。
「まさか出会ってしまうとは……暴食の厄災、グラーに」
「暴食の厄災……それ、本当ですか?」
「厄災は姿を変える事なく大昔から存在している。各厄災の姿は、絵本に描かれるほど認知されているんだ」
どこかで聞いた、悪さをすると厄災が来るぞ……という子供を躾ける時に使う言葉。そんな言葉になるほど認知され、恐れられている存在。
滅多に出会う事のない厄災、おとぎ話レベルの存在。そんな存在と、立て続けに出会っている俺はなんなのだろう。
「ともかく逃げよう! 厄災は存在に制限がある、上手くいけば逃げられる!」
「分かりました! ちょっと荒い運転になるかもしれないですが我慢してください!」
ソフロンを抱えたまま、馬車へと走り辿り着いた。背後からはモモヒゲの厨二的な大声が絶えず聞こえてくるので、まだ大丈夫そうだ。
馬車の扉を開け、ソフロンを放り込む……そうしようとした時だった。
「くぅ……くぅ……Zzzz」
「え……だ、だれだ……?」
馬車の扉を開けると、その中には先客がいた。
子供だ。暴食の厄災グラーを少年というのなら、馬車の中で眠っていた子は少女と呼ぶに相応しい年頃に見えた。
身長より長いであろう真っ白な髪。白い肌に白いワンピースのような物を着た少女が、馬車の中で丸まって寝息を立てていた。
「ソ、ソフロンさん? この子はソフロンさんのお子さんですか?」
「何を言っているんだ? 僕は独し…………!? う、嘘だろ……この子――――」
ソフロンが何かを言いかけた時、馬車にもの凄い音と衝撃が走った。音がした方に目を向けると、モモヒゲが馬車にもたれ掛かって項垂れていた。
どうやらグラーから攻撃を受け、馬車まで吹き飛ばされたようだ。送還はされていないので、まだ行動は可能であると思われるが。
「くふふふ、ここまでかなぁ?」
「おのれ、よもやこれほどとは……仕方あるまい。強すぎるあまり封印していた力を、解放せざるを得ないようだな……」
「そんな力があるのォ? それって魔力? 魔力は大好物なんだよねぇ!」
「我が刻印に封印されし邪竜、いまここで解き放――――」
「――――なんだ魔力じゃないの。じゃあもういいや」
グラーが手を振りかざすと槍のような形をした炎が生まれ、それはソフロンと馬車を貫いた。貫かれた個所から発火し、一瞬で炎に包まれるモモヒゲ。
程なくして炎が消えると、そこにモモヒゲの姿はなかった。グラーから猛攻を受け、炎槍に体を貫かれては守護者も耐えられなかったようだ。
「くふふふ、微塵も魔力を感じない存在とか不思議だったねぇ。この世の全てには魔力が宿っているのに」
何が面白いのか、ケラケラと笑うグラー。その笑みはまさに無邪気な子供のそれだったが、行った事は実に邪である。
モモヒゲが送還された事で、俺に抗える力はなくなった。こうなったら一か八か、馬車を走らせ逃げてみるしかない。
そんな事を思い、再びソフロンと共に馬車の中に転がり込もうと考えた時だった。
「――――うるさい……」
どことなく気怠そうな、覇気のない小さな声が馬車の中から聞こえてきた。
その声に驚きそちらを見てみると、さっきまで寝ていたはずの少女が寝ぼけ眼で俺たちの事を睨んでいた。
どうやらモモヒゲが吹き飛ばされた時の衝撃や、炎の槍に貫かれるなどした事で少女が目を覚ましてしまったようだ。
しかしそこで気が付いた。モモヒゲと一緒に馬車も炎の槍に貫かれたのに、なぜこの馬車は燃えていないのだろう?
モモヒゲが不思議に発火したことからも、普通の炎じゃなかったはずだ。それなのに馬車は燃えるどころか、焦げ一つ付いていない。
「いい気持ちで寝てたのに……邪魔された……」
「おやおやぁ? 誰かと思ったらアーケディアじゃないか! なぁんか変な匂いがするなぁって思ってたんだよね」
「……グラー? お前が邪魔をした……?」
「そうだよ、文句あるのかなぁ? 文句があるなら……食べちゃうぞォ!?」
急に会話をし出したグラーと少女。どうやら知り合いのようだが、漂う雰囲気が異常なので友好関係にはないように思える。
どちらにしろ、グラーという化け物の前に置いては行けない。俺は少女も連れてこの場から逃げ出す事を決めた。
「君も、とりあえず逃げよう! ここにいたらみんな殺される!」
「ヨル、死ぬの? 死んだらこの馬車……どうなる?」
「死んだら消えると思うけど……というかヨルって、俺の事か?」
「消えるのはイヤ……せっかく見つけた寝床……」
アーケディアと呼ばれていたが、さっきからこの寝ぼけ眼の少女はなんなんだ?
暴食の厄災がいるというのに落ち着いているし、寝床とか訳の分からない事を言うし。
まぁ何はともあれ後だ、今はなによりグラーから逃げるべきである。そう思って少女との会話を切り上げ、馬車を発車させようとした時。
俺の腕に抱かれていたソフロンが、ふざけた事を抜かしやがった。
「怠惰の厄災……アーケディア」
「…………は? なんだって?」
「だから、怠惰の厄災だ。またの名を白き厄災、風の化身と呼ぶ人もいる」
「いやそういう事を聞いたんじゃない……ふざけんなよ、冗談だろ?」
「冗談じゃないよ。ははは……今日は凄い日だけど、最後の日か」
ソフロンにも現実味がない事なのか、こんな状況で笑みすら浮かべてしまっている。狂ってしまったとは言わないが、厄災との異常な遭遇率に混乱しているようだ。
俺としても直近で三回目、三人目。厄災がどのくらいいるのかは分からないが、人生で一度会えるかどうかと言われている存在への遭遇率がバグっている。
バグ……バグか。バグと言えばゲームだよな。やはりこのゲーム化ギフトが、
「いやふざけんなよ、どうしてくれんだよ俺の人生」
「どんまい……」
「いやお前のせいなんだけど!? エンカウント率高すぎだろお前ら!?」
「ヨル、うるさい……」
気怠げに耳を塞ぐアーケディア。それを見た俺は一つの可能性を見出だした。
どうやら厄災達は友好関係にない様子。となればここは争わせて、その隙に逃げるしかない。
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