【3-33】引きこもり厄災 アーケディア
遭遇率が低いとされている厄災と立て続けに出会ってしまったのだが、たった今それを凌駕する凄い事が起きていた。
なんと二体同時のエンカウント。もの凄くエンカウント率の低いレアモンスターに、一度の戦闘に二体同時に出現するという奇跡が起きていた。
全く嬉しくない奇跡である。出会ったら人生終了と言われている存在と、二体同時に出会ってしまったのだから。
人生で二度死ねる状況であるのだが、そんな状況を打破できるとしたら厄災同士を争わせ、隙を衝いて逃げるしかないと考えていた。
「ちょっとアーケディア、そいつは僕の食べモノだよ? 横取りしないでほしいなァ」
「グラー、お前うるさい……これはウチが見つけた寝床……邪魔をするな……」
問題は、どうやって二人を争わせるかだった。しかしそんな事を俺が考える必要がないほど、二人の間に流れる空気は張りつめている。
俺と馬車の中に残っている蜂蜜が狙いのグラー。それに対して、なぜか俺の馬車を寝床としていたアーケディアの狙いは前述通り馬車そのものだ。
このまま行けば勝手に争ってくれそうな雰囲気、しかしただ争ってもらうだけでは少し弱い。ベストなのは、互いを完全に敵だと認識してもらう事。
喧嘩ではなく戦争をしてもらうのだ。そうする事で、俺たちへの関心を薄れさせる事が出来るだろう。
「馬車はいらないよォ。まったく魔力が感じられないからね、食べても美味しくないし! 僕が欲しいのは中身さぁ」
「ウチはこの馬車が欲しい……中身はいらない」
「じゃあお互い邪魔をしなければいいんじゃなぁい? 君の魔力は魅力的だけどォ、今はちょっと厳しいかなぁ」
「邪魔をしないのなら……どうでもいい」
なにやら雲行きが怪しくなってきた。険悪な雰囲気は変わらずだが、話し合いによって妥協点を生み出し始めている。
本能のまま暴れる化け物も厄介だが、知性のある化け物というのもまた厄介だ。傍観していてはダメそうなので、俺は生き残るために介入を始める。
「グラー! 蜂蜜を渡せば、俺たちは見逃してもらえるんだな!?」
「う~ん……まぁいいか。魔力が乏しい君は見逃してあげるよ、けどそっちのエルフはだめ!」
「どうしてだ!? こんな初老エルフ、食べても美味しくないぞ!?」
「くふふふふ、分かってないなぁ。歳をとっている方が美味しいんだよ? 僕が食べたいのは魔力だからねぇ」
子供のくせに醜悪な笑みを浮かべるグラー。人を食べるなんて恐ろしい事を言うやつ、こいつはダメだ。
グラーとの交渉はこれ以上無駄だと悟った俺は、交渉相手をアーケディアに変更する。
実はアーケディアとの交渉には勝算があったのだが、正直に言うと避けたい所だった。こいつとの交渉は、結果によっては今でなく将来身を亡ぼす可能性があった。
「アーケディアだったよな?」
「うん……なに、ヨル」
「なんで俺の名前を知っているんだ? ついさっきまでいなかったお前が」
「ずっといたよ……存在していなかっただけで」
何を言っているのか分からない。存在しないという事を、いないと言うのではないのか?
幸運な事に、グラーほど敵意は感じられない。言葉数が少ないアーケディアと、どこまで上手く交渉できるか分からないが、やるしかない。
俺はソフロンを腕に抱いたまま、相変わらず眠そうな表情をしているアーケディアと交渉を開始した。
「寝床にされるのは正直困るけど、アーケディアはこの馬車にいたいんだよな?」
「うん……ここは良い……世界との切り離し、静かで好き……」
世界との切り離しとは、もしかしてインベントリに収納している時の事を言っているのか? だとしたら俺は何てものを収納していたんだ。
ともあれ、いずれかのタイミングからアーケディアは俺の馬車に住み着いた。そして居心地がよく、離れたくないと考えている。
もの凄く迷惑な話だが、今はこれを利用するしかない。
「俺が死んだら、この馬車は消えるぞ? こ、困るだろ?」
「困る……」
「だったらさ……助けてくれよ? グラーから守ってくれ」
「ん……ヨルは生かす……他は知らない」
そう言われるのは想定済み。どんな容姿、どんな性格であれコイツは厄災だ。人の願いなど聞くはずがなく、己に都合よく動くだけ。
だが言葉が通じるという事は交渉が可能だという事。だったらソフロンも生かしてもらえるように、上手く交渉するんだ。
アーケディアは怠惰と呼ばれている。要はこいつ、ダラダラと怠けたいのだろう。
つまりは、俺の馬車に引き篭もるつもりなのだ。
「さ、三食昼寝付き……いいや五食つけるし、昼寝なんて言わずにずっと寝ていてもいい! その代わり、このエルフの事も生かしてくれ」
「…………」
背に腹は代えられない。厄災を乗せた馬車なんて誰も乗りたがらないだろうが、アーケディアが怠惰を望むというのであれば、いくらでも隠し通せる。
馬車一両、厄災専用車両とするしかない。それまではアーケディアの機嫌を伺って、生かしておけば都合がいいと思わせるのだ。
その間にクロエとモモヒゲを最大強化、イネッサにも助力を願おう。戦力が整ったら、引き篭もりニートを家から追い出せばいい。
「……暖かいベッド、ふかふかのソファーも欲しい……」
「お……おぉ! すぐには無理だが、必ず用意する!」
「お菓子に漫画……ホームシアターも欲しい……あとコンシェルジュと学習机」
「お前調子乗んなよ? 現代人か!」
「なに……? 無理なの……? 無理なら……死ね」
「い、いいえ! すぐには無理ですが必ず、必ずご用意します!」
くそったれニートが、どこまでダラけるつもりなんだ。というか怠惰のお前が学習机って、もしかしてギャグかなにかのつもりか?
だが突っぱねる訳にはいかない。こいつの要望はなんでも叶えなければ……機嫌を損ねたら殺される!
「ん……ならいい……」
「えと……た、助けてくれるってことか?」
「助けるなんて事は……もうしない。ただ……生かすだけ」
「よく分からないが……じゃ、じゃあグラーをなんとかしてくれ!」
そういうと、実に面倒臭そうな表情をしながら、アーケディアは立ち上がり馬車を降りた。目を擦り、欠伸をしながらグラーの前に立つ。
ニートが少しだけやる気になってくれたようだが……大丈夫だろうか? 相手はモモヒゲを軽くひねった暴食少年、怠惰少女が勝てるのか?
「随分と長く話し込んでたねぇ? それより、なんで僕の前に立つのかな? 邪魔なんだけどォ」
「……説明めんどい……死ね」
小さい声でアーケディアがそう言った瞬間、彼女の体を真っ白なオーラが包み込んだ。
髪も肌も服も、オーラすら真っ白なアーケディアが神々しく見えてしまう。
それを見たソフロンが震え出した。魔力を持っていないせいなのか、俺にはよく分からないが魔力量がヤバいらしい。
「これが風の化身、アーケディアの魔力か……尋常じゃないね」
「そうなん……ですか? 俺にはよく分かりません」
「あんな存在とよく交渉できたね……」
「生きるために必死で……とりあえず、アーケディアが負けたら覚悟を決めてください」
「アレが負けるなんて想像がつかないけど……相手は炎の化身、どちらも化け物だ」
炎の化身とも呼ばれている、暴食の厄災グラー。対するは風の化身、怠惰の厄災アーケディア。
二大怪獣大激突。そうなるように仕向けた俺が言うのもなんだが、そんな迷惑な大激突をこんな所でやらないでほしい。
「今、逃げられませんかね……?」
「そんな事をしたら、たとえアーケディアが勝っても殺されるよ!」
ベストは共倒れ。
厄災に強い弱いがあるのかは分からないが、同格な存在だとしたら十分に考えられる可能性。
そんな可能性に掛けながら、グラーとアーケディアの戦闘を見守った。
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