【3-31】ゲームのように多事多難
トイレから戻ってきたら別人だった、そんな事はよくある事なのだろうか?
ついさっきまでテンションが高かった友人が、トイレから戻ってくると別人のようにテンションが下がっており、そろそろ帰ろうと冷静に言われた事は何度もある。
熱が冷め酔いが引きテンションが落ち着く事はよくあるだろう。しかし別人のように感じられる事はあっても、本当に別人になるなんて事はあり得ない。
そんな事が今、目の前で起こっているようだ。クロエの勘違いという一縷の望みにかけ目を開けてみたが、希望は砕け散った。
さっきまでソフロンの姿だったのに、目を開けてみるとまるっきり別人となっていた。
「こんばんはァ! 美味しそうな匂いがしたものだからさぁ、お邪魔しちゃったよ」
そこにいたのはソフロンとは似ても似つかない、まさに少年と言っていいほど幼い顔をした男の子だった。
オレンジ色のメッシュが入った赤い髪に赤い目、華奢な体躯に子供のような笑顔を浮かべながら無邪気に笑う少年。
正直、危険など全く感じられない。クロエは前に会った強欲の厄災と雰囲気が似ていると言っていたが、特にそのような感じはしない。
「このお酒もらうねぇ? う~ん、いい感じの魔力濃度だねぇ」
「…………」
「馬車の中にあった蜜もいい感じだったし、来て正解だったなぁ」
「…………」
机の上に置いてあった酒を次々と飲み干していく少年。見た目は完全にアウト、どこからどう見ても未成年が酒をグビグビと飲む異様な光景。
子供が飲んでいいものじゃない、そう言葉が出かかったが、なぜか言葉を発してしまったら俺も飲まれてしまいそうな気がしてならない。
「でも馬車の前にいた人たちも、君たちもそうだけど……あまり美味しそうじゃないねぇ」
「美味しそう……じゃない? そういえば、護衛達との繋がりが……」
酒に酔っていたせいが強いのだろうが、馬車の護衛を任せていた三人の護衛達との繋がりがなくなっている事に気が付いた。
そしてつい言葉を発してしまったが、少年は特に雰囲気を変えずに反応した。俺の問いに答えるような物言いだが、それは意味が分からないものだった。
「だって君たちからは魔力を感じないよ? 不思議な事もあるものだけど、僕マズイ物は食べたくないんだよねぇ」
「いやそもそも、俺達は食べ物じゃない……」
「食べモノでしょ。柔らかい肉があって新鮮な血が流れていて、魔力……はないけど、人間は立派な食べ物でしょぉ」
その瞬間、ゾッとした。口角を上げ無邪気に笑顔を作りながらそう言う少年、それを見た瞬間に分かってしまった。
こいつ、本気で言っている。ふざけている訳でも冗談でもなく、本気で人間は食べ物だと言っている。
そして次の瞬間、どこかで見た記憶のある光景が目の前に広がった。真っ赤なオーラを体中に纏った少年が、無邪気に笑いかけてきたのだ。
「君たちは美味しくなさそうだからシッカリ焼かないとねぇ。炭にならないように気を付け――――」
「――――ヨルヤ、逃げて下さい」
少年が言い終わる前に動き出したクロエは、少年の事を思いっきり蹴り飛ばした。少年はボロ小屋の壁を突き抜け吹っ飛ぶが、クロエは警戒を緩めない。
弓を生成し少年が吹っ飛んだ先を目掛けて多数の矢を射る。矢を射りながら、クロエは再び逃げるように促してきた。
「従馬を召喚し、急いでこの場から離れて下さい。クロエは例によって、あの者の足止めをします」
「や、やっぱり本当に厄災なのか!? ソフロンさんは? どうなった!?」
「東側の密林から気配を感じます。しかし捨て置き、逃げる事を推奨いたします」
「そ、そんな事、出来る訳ないだろ!」
「――――痛っいなぁ……この矢はなんだい? 魔力もなにもない、空っぽだ……これじゃ食べられないじゃないかァ!」
僅かに怒気が含まれている少年の声が聞こえてき瞬間、クロエに腕を掴まれ放り出されるようにボロ小屋から追い出される。
次の瞬間にはボロ小屋が激しく燃えだした。あと少し逃げ出すのが遅れていたら、俺はあの炎に焼かれていたのかもしれない。
炎にまかれたクロエが無事なのかどうかも確認せずに、俺は即座に馬車をインベントリに収納し、東側の密林の中に逃げ込んだ。
「ソフロンさん!? ソフロンさーんッ!!」
「こ、ここだよ! ヨルヤくん!」
密林に入ってすぐ、ソフロンの姿があった。手と足に何かが巻き付いており、身動きが取れなくなっているようだ。
一先ずそれを外そうと引っ張ったり色々としてみるが、手錠のようなものはビクともしなかった。
「は、外れねぇ……! これでも力には自信が……あるのにっ!」
「これは魔力錠だ! 魔力による解錠か、施した者の魔力が切れない限り外せない!」
「そんな……俺に魔力はないですよ! それならとりあえず、馬車に押し込んで――――」
再び馬車を具現化し、ソフロンを馬車に押し込んで逃げようとした時だった。
バキバキと木々がなぎ倒れる音が、密林の奥から聞こえてくる。その音は次第に大きくなっているので、どうやら俺達に何かが向かって来ているようだ。
まさかあの少年厄災だろうかと冷や汗を流したが、姿を現したのは少年厄災が可愛らしく見えるほどの見た目をした化け物だった。
「な、なんだコイツ……!? デカい、ヘビ……?」
「ス、スネークイーターだ! ヨルヤ君! 早く逃げなさい!」
人間なんか簡単に丸呑みできてしまいそうなほど大きな蛇の化け物が、密林の中から姿を現した。
こいつがゲオルグ達の討伐対象であるスネークイーターか。そりゃこんな化け物、一般人にはどうする事も出来そうにない脅威だ。
一難去ってまた一難。いいや違うか、厄災の脅威は去った訳ではない。多事多難な人生、まさかと思うがゲーム化のせいじゃないよな……?
「ヨルヤ君! 僕の事はいいから逃げるんだ! 二人一緒に死ぬ事はない!」
「だ、だめですよ! 待っててください、いま護衛を……!?」
涎のようなものをダラダラと垂れ流しているスネークイーターと目がった。知性を感じさせない有隣目は、一瞬で考えの愚かさに気づかせてくれた。
護衛ではだめだ。正確には、相手の力量が分からないのに最低限の戦力をぶつけるのは愚策、ここは俺が持つ最高戦力をぶつけるべきである。
ソフロンがいるため選択できるシステムはリアルタイムアクションバトルのみ。となれば俺が切れる最高のカードは、守護者を召喚する事だ。
【召喚できる守護者がいません】
【新しい守護者を作成しますか?】
そんな表示が出てきて、守護者作成を後回しにしていた事を激しく後悔した。何度も作成しておいた方がいいと自分に言い聞かせていたのに、結局この様だ。
だが後悔している時間も作成している時間もない。しっかり作ろうが適当に作ろうが守護者の力は変わらないので、今回に限り適当に作成する。
キャラクリ画面の下の方にあったランダムという項目を選択し、守護者をランダムに作成。
【過去に召喚された護衛の中からランダムで選出しますが、よろしいですか?】
そんなアナウンスがされたが、迷っている時間などないため【はい】を選択。その後、すぐさま残ったGPを使用して守護者を召喚した。
「来いっ……早く、早くっ……!」
「ヨルヤ君!? 何をしているんだ!? 早く逃げなさい!」
地面より赤い靄が立ち上り、徐々に人型を形作っていく。
立派な体躯をした男性型の守護者に色が付き始めると同時に、痺れを切らした様子のスネークイーターが俺たち目掛けて突っ込んできた。
俺達を丸呑みにするつもりなのだろう、大きく口が開かれる。物凄い腐敗臭が感じられ、恐怖のあまり目を閉じてしまった。
次いでやって来るであろう未知の脅威に身構えるが、腐敗臭がするだけでいつまで経ってもその脅威は訪れない。
恐る恐る目を開けてみると、風になびくマントを身に着けた男が大蛇の太すぎる首に腕を回し、その動きを止めていた。
「いやはや閣下、危機一髪でしたな! しかしワイが来たからにはご安心召されい」
「お、お前は……!?」
「さて大密林の覇者よ、ここでその命を終えてもらおうか」
「まさか選ばれたのがお前とはな……」
ランダムの奇跡が起こったのか。今まで多く召喚した護衛の中から、選ばれたのがコイツだとは。
この際、男が選ばれたのには文句は言うまい。俺がランダム選出をしたのだから、約50%の確率で男なのは仕方ないだろう。
「先祖代々伝わる至極の宝剣! 受けてみよッ! バーニングエクスプロージョンッ!」
「す、すげぇけど、どこら辺がバーニングなんだ……?」
そんな召喚されたイケメンは、大蛇から距離を取ったのち長剣を構え、大声で技名なのであろう言葉を吐き出しながら大蛇へと切りかかり、その首を斬り落とした。
一斬であの太い首を斬り落としたことは凄いが、別にバーニングもしていないしエクスプロージョンもしていない。
コイツ、こんな性格だったのか? どこか侍を彷彿とさせる口調に、恥ずかしげもなく大声で技名を叫ぶ度胸。
装いは勇者のそれなのに侍、イケメンなのに厨二病。クロエを痴女エルフとするならば、コイツは厨二侍だ。
「閣下! お怪我はありませぬか!?」
「なんだよ閣下って……」
「よもや、御自身で作成されたのを忘れたと申すのですか!?」
「忘れてねぇけど……とりあえずさ、剃ったら? そのピンク髭」
再び俺の前に現れたのは、桃色の頭髪に桃色で立派な髭を蓄えた、あの印象深いイケメン護衛であった。
「そんなご無体な!? これはワイのトレードマークですぞ!?」
「なんだよワイって……」
とりあえずまた、ヘンテコな守護者が作成されてしまったようだ。削除して作り直すべきなのか、本気で悩むところである。
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