【3-30】見たくない現実
大密林へのお使いを終え、ボロ小屋へと戻ってきた。大量の木の実に蜂蜜、クエストは大成功も大成功であろう。
ボロ小屋の前にソフロンの姿はない。そのため入り口なのであろう朽ち果てた扉を開け、中に入ってみたがソフロンの姿は見えなかった。
「中は意外と小綺麗だな……ソフロンさ~ん! いないんすか~!?」
「いま行くよ! 待っててくれ!」
気のせいか、足元から声が聞こえた気がすると思ったら、次の瞬間に床下からソフロンが姿を現した。
どうやら地下室のようなものがあるらしい。ソフロンに連れられて、俺とクロエは地下室に、護衛たちはボロ小屋の前で警戒させる事にした。
「ここで酒を造っているんですか? 結構広いし、部屋数もありますね」
「そうだよ。部屋ごとに室温が違うんだ、酒造りの工程ごとに使い分けている」
酒をどうやって造るのか、その知識はない。そもそもソフロンが造っているのは醸造酒なのか蒸留酒なのか、それとも異世界酒なのか。
まぁ旨ければなんでもいい、アルコールが入っていればみんな酒だ。さらにこの世界の特性である魔力、それが含まれる酒は恐ろしく旨い。
「さて、とりあえずこれが、僕が造っているお酒だよ」
「おぉ! 翡翠色で綺麗ですね! まさにエルフの酒って感じだ」
透明なボトルに入った綺麗な色をしたエルフ酒。それをソフロンが飲みやすいようにグラスに注いでくれ、手渡してくれた。
このまま飲んでいいという事だったので飲んでみる。この世界に来てからカールに色々な酒を飲ませてもらったが、ここまで爽やかで飲みやすい酒は初めてだった。
「うまっ……飲みやすいですね! でも、まだ完成じゃないんですよね? 木の実と蜂蜜が必要なんでしょう?」
「そうだね。僕的には木の実エキスを入れた方が旨いと思っているのだけど、このままの方がいいっていう人もいるかもしれないね」
どうやら木の実も蜂蜜も、簡単に言えば味変らしい。味変ということはこれで一応は完成してるんじゃないか……最後の素材とかいうから苦労したってのに。
まぁこれより旨くなると言うのなら、それを入れて完成だろう。造り手が未完成だと言えば、どんなに完璧だろうが旨かろうが未完成なのだ。
「じゃあ木の実と蜂蜜、入れてみますか?」
「そうだね。いや~こんなに早く集めてくれるとは、予想外だったよ」
俺とソフロンは地下室を出て、ボロ小屋の前に具現化しておいた馬車の元へと向かった。
馬車の収納袋にしまっておいた木の実をソフロンに渡す。ソフロンはそれを見て完璧だと喜んでくれた。
「蜂蜜も取れたのかい? モルガン蜂は見つけるのが大変だから、木の実ほど量は取れてないだろうけど」
「え……? 見つけるのが大変って、ウジャウジャいましたけど……」
「ウジャウジャって……ま、まさか、モルガン蜂の巣に突っ込んだ……?」
「えぇまぁ、まずかったですか? 一応、積めるだけ積んできたんですけど」
馬車の扉を開け、中に積まれている大量の蜂の巣をソフロンに見せた。それを見たソフロンは目を大きく開け、驚いた表情のまま静止する。
どうやら、俺なんかやっちゃいました? 的な状態っぽい。まぁ普通に考えたら、蜂の巣に生身で突っ込むとかアホである。
「よ、よく無事でいられたね? モルガン蜂の針には強力な麻痺毒があって、掠りでもすれば即座に全身に麻痺毒が回って動けなくなるんだけど……」
「なるほど……まぁ、うちの護衛たちは特殊なんで」
クロエたちには状態異常攻撃が効かないからな。筋肉も血も、臓器もないから毒なんかには侵されない。針が刺さるという物理ダメージしか負っていないだろう。
恐怖心も嫌悪感も持たないから色々と便利だし。巣の回収もそうだけど、魔物の死体から魔石の回収とか本当に気持ち悪いからな。
「普通は、蜜を集めるために単独で飛行しているモルガン蜂を倒して、集めた蜜を回収するのがセオリーなんだ」
「めっちゃ非効率ですね。養蜂とか……無理か、あんな化け物」
「巣をここまで完璧な状態で持ち帰るなんて、なかなか出来ることじゃないよ! モルガン蜂の巣に近づける魔物も、ほとんどいないんだ」
「そんな化け物が作る蜂蜜、美味そうですね。でもこの量、使い切れますか?」
酒の量より圧倒的に多い蜂蜜の量。その使い道に疑問があったが、どうやらモルガン蜂が作る蜂蜜は基本的に腐ることがないらしい。
当分は蜂蜜の確保が必要なくなったと喜ぶソフロン。そんなソフロンが宴会をしようと提案してくれたので、俺は快く受諾した。
『クエストクリアーを確認しました』
【サブクエスト————欠かせない素材】
【クリアー報酬————エルフ酒】
あれ? そういえばこのエルフ酒、なんでクリアー報酬になっているんだ? インベントリを確認してみると、確かにアイテム欄にエルフ酒とある。
ソフロンからはまだ受け取っていないのだが……と思い確認してみると、体力の回復及び素早さがアップするアイテムとなっていた。
エルフ酒、ゲーム化アイテムだったのか。ソフロンが造る酒とは別物という事かな?
「ソフロンさん。ちなみに酒の名前はなんなんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。これはね……ユーレシアンクリスタルスピールト……」
「あっはい、もういいっす」
とりあえずインベントリに入ったエルフ酒とは別物らしい。
――――
「だからね、初めは本当に苦労したんだよ! 最初の10年は失敗の繰り返しでね……」
「なるほどぉ~! 長寿なエルフだから出来る事ですね! 失敗続きの10年なんて信じられない!」
「いやだから、長寿じゃないって。僕はあと30年くらいで死ぬよ」
「いやしかし、旨いっす。この木の実エキスを入れると、味に深みが……」
「だろう? でも爽やかさが少し失われるからね。嫌な人は嫌かもしれない」
「蜂蜜いれると女性にもウケそうですね!」
ソフロンのご厚意により、ユーラシアクリスタル……スピリッツの試飲会を始めて数時間。
傭兵達との馬鹿酔い騒ぎの宴会とは違い、良い感じに酔えて気分がいい。
洗練されたエルフ酒は悪酔いしなさそうだし、いくらでも飲めてしまいそうなのが怖い所ではある。
「これもどうぞ。ユーラシアンクリスタル……スペシャルのシャーベットだ」
「うぉぉすげぇ! 注いだ酒が凍っていく!?」
「過冷却って奴だね。質の良い氷魔石が必要だから、作るのが難しいんだ」
「これも旨い! これもウケそうですね!」
俺は決めたぞ。馬車に積んで客に提供する予定のアルコール、それはソフロンから仕入れよう。
これを売るために造っているのではないのかもしれないが、この酒は多くの人に知ってもらうべきだ。
趣味で終わらせるには惜しい酒。大々的に売らないとはしても、是非とも俺の馬車には卸してもらいたい。
「あの! ソフロンさん、ちょっとお話が……!」
「随分と真剣な表情だね? じゃあシッカリ聞くために、先に手洗いに行ってくるよ」
そう言ったソフロンはボロ小屋を出ていった。この小屋内にはトイレがないので、外でするしかないのだ。
数分待ち、ソフロンが小屋に戻ってきた。俺はソフロンが椅子に座るのを確認し、話を切り出した。
「ソフロンさん。このユーラシアクリキントンという酒の事なんですが……」
「うんうん、どうしたんだい?」
「是非とも、定期的に購入させて頂きたいんですが……!」
「なるほどなるほどぉ! いいよぉ!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「うんうん、じゃあ契約しようかぁ? 僕の目をシッカリ見ててくれるかなぁ?」
何かエルフ独特の契約でもあるのだろうかと、ソフロンの目を見つめる。
なんと言えばいいのか、頭の中に何か入って来た……と思った瞬間に、俺の視界は塞がれた。
どうやら傍に控えていたクロエが、手で俺の視界を遮ったようだ。
「ク、クロエ? どうした、見えないぞ?」
「ヨルヤ、この者の目を見てはいけません」
「ど、どうしてだ? ソフロンさんが契約だって……」
「結ぼうとしていたのは奴隷契約です。そしてこの者は――――ソフロンではありません」
「くふふふ……うんうん、優秀なんだねぇ」
その声は、ソフロンのものとは違った声だった。
視界を遮られているという事もあるだろうが、声を聞いても相手の位置も気配も感じられない。
「ヨルヤ、お逃げ下さい。この感じ、似ています」
「な、なにと似てるって?」
「うんうん、なにと似ているのかなぁ?」
「あの者と似ています――――強欲の厄災と呼ばれていた、あの者と」
「か、勘弁してくれよぉ……」
どんな遭遇率だよ。一度も出会わないで生涯を終える事もザラだって言ってたじゃないか。
目を開けたくない。頼むクロエ、そのまま俺の目を塞いでてくれぇぇ。
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