【3-27】耳が長ければエルフだよね
イネッサに教えられた場所は、大密林の東側に位置する場所にあるという。なんだその曖昧さは……と、カーナビが当たり前の環境にいた俺には信じられなかった。
まぁしかし、いくつかの目印の話は聞いていたので特に迷う事なく、目的地には辿りつけた。辿り着けたのだが……。
「……この小屋だよな? ここ、人住んでんのか」
「建物の中に人の気配はありません」
大密林の浅い場所にその小屋はあった。木々が生い茂り歩くのも困難な環境なのに、その小屋の周辺だけは綺麗に木が伐採され整地されている。
周辺は綺麗なのだが、小屋の老朽化が酷い。まるで何十年と放置された感じの小屋は、今にも倒壊してしまいそうな雰囲気だ。
「ここでエルフ酒を造ってんのかな? こんな汚い小屋で造られる酒……大丈夫なのか?」
「密造酒の可能性がありますね」
「いやイネッサの紹介だし、それはないと思うが。というか、名前からして神秘的な場所で造ってんのかと思ってたのに……」
エルフが造る酒。それは美しい森の中で造られる、神々しく神秘的な酒である……なんて勝手に思っていたのだが、蓋を開けてみるとこれだ。
鬱蒼とした密林の中の、小汚い小屋の中で造られる密造酒。神々しいどころか禍々しい、神秘的のしの字もない。
「人の気配はないって事だけど……すみませ~ん! どなたかいらっしゃいませんか~?」
「……ヨルヤ、私と護衛の後ろに下がって下さい」
「な、なんだ? この小屋の中に何かあるのか……?」
「いいえ、小屋の中ではなく……あちらの方角から、何かが向かってきています」
クロエが指さした方角は小屋ではなく、密林の方だった。こんな場所にやって来るなんて、お目当ての変わり者エルフなんじゃないかと思ったが、違うようだ。
弓を生成し構えるクロエに、俺を護るかのように一歩前に踏み出す二体の女護衛。やって来るのが悪意のない者ならば、クロエ達はこんな行動は取らないだろう。
「……来ます」
「ま、まさかスネーク―――――」
イーターじゃないよな? そう言い終わる前に、密林の木々の間から一人の男性が飛び出してきた。
焦った様子で必死に走っているその男性の耳は長く、どうやら例の変わり者エルフだと思われるのだが、何をそんなに焦っているのだろうか?
「クロエ、あれが酒を造ってるエルフじゃないか? 危険なのか?」
「いいえ。あの者ではなくその後ろ、いくつかの悪意を感じます」
クロエがそう言った次に瞬間に、人の形をした何かが密林の中からエルフの男を追うようにして飛び出してきた。
それは一体ではなく四体もいる。どうやらエルフはその人型の魔物に追われて逃げてきたようだが、その姿には身に覚えがあった。
「ゴブリン……だよな? なんか体が青いけど……ゴブリン(青)か?」
「ブルーゴブリンではないでしょうか?」
「き、君達こんな所でなにをしているんだい!? 早く逃げるんだ! ブルリンに襲われてしまう!」
こちらに必死の形相で走りながら大声を出すエルフ(男)。どうやらあの青いゴブリンはブルリンと言うらしいが、あの様子だとそんなに強いのだろうか?
なんと言えばいいか、ただの色が違うゴブリンに脅威を感じない。だってゴブリンなら俺だってワンパンで倒せるのだから。
「ブルリンだってよ」
「スラ〇ンなら知っています」
「クロエ、お願い」
「畏まりました」
バトルシステム選択画面が表示されたが、選択できるのはリアルタイムとタワーディフェンスだけだったので、黙ってリアルタイムを選択。
エルフ(男)がエルフ(女)の横を走り抜けたのと同時に、エルフ(女)はブルリン達に矢を射った。
「
雨の如き矢がブルリン達に降り注ぐ。矢を無限生成できるクロエや射手の護衛達は、こういった多射攻撃を得意としている。
恐怖心を持たない前衛に、弾切れがない後衛。敵にしたら非常に厄介だが、味方だと随分と心強い。
前衛となり前に出ていた女剣士護衛は特に何をする事もなく、戦闘は終了した。靄の矢が消え穴だらけとなっていたブルリンの死体から、魔石を回収するように命じる。
「た、倒したのかい……? 大密林のハイエナ、ブルリン達を……」
「ハイエナ……えっと、ケガはないですよね?」
「あ、あぁ……大丈夫だ、ありがとう」
慌て過ぎたのか転んでしまっていたエルフの男に手を差し出し、立たせてやる。特に大きなケガはなさそうだが、念のために回復材(N)を手渡し飲ませた。
男性だが髪の長いエルフだ。髪色はイネッサと同じく綺麗な翠色だが、彼女と比べると少しだけ色素が抜けているように感じる。
「ふぅ……いや本当に助かったよ。君たちがいなければ僕は死ぬ所だった」
「無事でよかったです。でもあのブルリン、そんなに強いのですか?」
「いや、僕が弱いんだよ。戦闘力もない年寄りだし、戦闘に関するギフトなんて一切持っていないからね」
「年寄り……? いやいや、まだ全然お若いじゃないですか」
世辞でもなんでもなく、エルフの男は若く見える。二十代から三十代といった見た目だし、その年齢を年寄りとは言わないだろう。
「そんな事はないよ、僕はもう五十八歳だからね。外がよくても中身はガタガタだよ」
「ご、五十八……!? いや、嘘でしょ!? あぁあれか! エルフって長寿だから、だからか!」
「君はエルフ族の仲間がいるのに知らないのかい? エルフは歳を重ねても外見が大きく変わるなんて事はないんだよ。あと長寿ではないよ? 人間族と同じさ」
「そ、そうなのか……知らなかった」
エルフは歳を重ねても大きく外見が変化しない。凄い若く見えるエルフでも、実は八十近い年寄りエルフという事もあるのか。
そして何百何千年と生きるエルフはいない。正確には、今はいないそうだ。
長い歴史で色々な種族と交わったエルフ族。大昔は長命なエルフもいたそうだが、他種族と交わった事で種族特徴は薄れていった。
残っている特徴は長耳や外見の変化が緩やかという所だけ。まぁその特徴がまさにエルフなのだが。
「簡単に言えば、今いるほとんどのエルフはハーフエルフという事になるね」
「おぉ、ハーフエルフ! なんかカッコいいですね!」
「はは、そうかい? 純粋なエルフは、もういないんじゃないかな……そんな事より、君たちはこんな所で何をしていたんだい?」
「あぁ、えっとですね――――」
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