【3-26】ハンドル握らなきゃ飲酒運転じゃないから
「だからよ、俺はぜってぇに黒鬼まで上り詰めてやるぜッ!」
「あぁら随分と大きな事を言うじゃない? いま王国に黒鬼は三人しかいないのよぉ?」
「がっははは! ゲオルグよ、おめぇ赤鬼になったばかりでもう黒鬼の話か? 気が早ぇこったのぉ!」
客車から轟く雷鳴のように大きく陽気な声。ゲオルグと傭兵仲間の二人、計三人の傭兵が乗り込んだ馬車は、まだ昼前だってのに酒臭い。
もちろん酒はゲオルグ達が持ち込んだものだ。実はいずれ酒を常備しようとは思っていたが、今はまだ資金がないので調達できない。
「しっかし静かな馬車だな! まさか酒が飲めるほど快適な馬車だとは思わなかったわ! なぁヨルヤもよ! こっちに来て飲もうぜ!? 」
「いやいや、私は御者ですので」
「あぁらでもアナタ、出発前にそのお馬ちゃんの事を説明してくれたじゃない? 手綱なんて握る必要ないんでしょぉ?」
「いやまぁ、そうなんですが……飲酒運転は出来ませんよ。危なく……はないですが、ポリスに捕まってしまいます」
「傭兵からの盃を断るってぇのかのぉ? なぁ御者さんよ、御者ってぇのはの、客の要望に応えるもんじゃろ?」
「しかし流石に飲酒運転は――――うっぶぶぶッ!?」
「はぁ~っはははは! 飲んじまったなぁ! こりゃ逆に手綱を握らねぇ方がよくないか? 握らなきゃ飲酒運転にはならねぇだろ!」
御者席まで乗り出してきたゲオルグに、強引に酒を飲まされてしまった。クロエが即座に反応して動き出したのは見えたが、ゲオルグの方が一歩早かった。
ゲオルグの事を親の仇の如く睨みつけるクロエに、念話で大丈夫だと伝える。まさか俺もクロエもこんな強引な手段を取るとは思ってもいなかった。
傭兵を舐めていたな。こいつらは面白ければ何でもするし、楽しければ何でもいいという連中だった。
「おいゲオルグ……なんて事しやがる! 俺は運転手だぞ!? 酒なんか飲ませやがって……!」
「お~お~! やっと口調が戻りやがったかよ? ため口でいいって言ってんのに、ずっと敬語だから背中がむず痒かったぜ!」
「そりゃ運転手としての覚悟っつーか決め事っつーか……とにかく! 御者として俺はだな!」
「まぁ~まぁ~怒らないのぉ。もう飲んじゃったんだしぃ、こっちに来てもっと飲みましょ?」
「そ~そ~。その状態で手綱を握れば立派な飲酒運転だしの! ほれ、お前さんの盃じゃ!」
「くそ、いきなりコレかよ……ポリスに見つかったら免許剥奪されんぞ……」
小柄な傭兵にコップを押し付けられた俺は、クロエと従馬に命令を出してから客車に乗り移った。
辺りを警戒してくれるクロエと、御者なしで走り続ける従馬には申し訳ないが、確かに今の状態で手綱を握れば飲酒運転になる。
まさか出発して数時間で手綱を手放す事になろうとは、思ってもいなかった。
――――
「――――ふひゃーっはははははっ! そりゃお前が悪いよゲオルグ! 可哀そうだわぁその子!」
「仕方ねぇだろ!? 酔っぱらってたのに、女が動け動けうるさいから頑張って腰振ったってのによぉッ!」
「その結果、背中に嘔吐……ないわぁ。アタシがそんな事されたらブチ切れて粗末なその棒を切り落としてやるわぁ」
「がっははははは! まぁ背中ってのが不幸中の幸いだの! 正面から突いていたら大惨事も大惨事だしのぉ!」
下品な会話で盛り上がる車内。モテるゲオルグの過去の失敗話を肴に、狭い車内で身を寄せ合って馬鹿笑いをする四人。
運転手としての職責も覚悟も吹っ飛び、陽気な傭兵たちと酒盛りを始めてから数時間が経過していた。
「まさか俺も下からじゃなく上から出す事になるとは思わなかったぜ!」
赤髪の残念イケメンがゲオルグ・ボナバルド。黙っていれば完璧とも言えるほどにイケメンなのに、口を開けばあっという間に三枚目となる。
「おバカな男ねぇ。なぁんでこんな男がモテるのかしらぁ? アタシは絶対にお断りだわぁ~」
丸刈りで大きなピアスを付けているのが特徴の、スミノフ・ザーヴァ。口調が少々おかしいが、どうやら所謂おねぇらしい。
「がッはははは! お前さんなんかこっちからお断りじゃい! 気持ち悪いのぉ」
この少し小柄なオッサンは、ドワーフ族のセルゲイ・ドンガ・ジリアス。小さいが受付のジルコフ曰く、この中で一番の強者らしい。
「あぁッ!? なんつったこのチビゴリラがァッ! ぶっ殺すぞらァァッ!?」
「誰がチビゴリラじゃ!? このヒョロガリのオカマ坊主が、舐めた口を利くのぉ!?」
「なぁなぁヨルヤ、あのエルフの別嬪さんはお前の女か? お前の女じゃないっつーなら手ぇ出すけど」
「やめとけ、お前じゃ無理だ。そもそもさっきお前の事を殺そうとしていたぞ」
馬車の騒がしさは夕飯の時間となるまで収まらなかった。
御者がいない馬車が暗い夜道を爆走する光景は、傍から見たらさぞかし異様に見える事だろう。
陽気な幽霊馬車という噂が立ちかねないその馬車は、御者なしでも立派にモルガン大密林へと進んでいった。
「うっ……オロオロロオロロ……」
「うわコイツ、やりたがったぞい!?」
「お前っ……エチケット袋は用意してたのに……!」
「ほんと、なんでこんな男がモテるのかしらねぇ」
――――
そして次の日の昼、モルガン大密林へと到着した。
朝に到着の予定だったのだが、セルゲイを除いた全員が酒の飲み過ぎで気持ちを悪くし、数時間の休憩を取ったのだ。
その後、汚れた馬車を綺麗にするために傭兵達と一時的にパーティーを組んで魔物狩りを行った。そこで手に入れた成長素材で馬車を完全洗浄。
まぁ魔物との戦闘は、セルゲイが無双してくれたお陰で問題なく片付いていた。
「よっしゃ! じゃあ行きますか!」
「何日かかるかしらねぇ」
「のぉヨルヤ、帰りの馬車は手配できんのか?」
「う~ん、帰りの時間がハッキリしているのなら何とか……一応、三日くらいなら待てる」
どちらにしろ俺は、今日か明日中にエルフ酒を手に入れて、遅くとも四日後には王都に戻っていないといけない。
エカテリーナのエルフ酒クエストの期限は残り四日。馬車ではなく従馬に乗って帰れば一日と掛からないが、いくらかの余裕は欲しいところ。
「そんじゃま、タイミングが良かったら帰りも乗せてもらうって事で!」
「そうだの。では一応、三日後の早朝としようか。それまでに俺達が戻れれば、帰りも乗せてほしいのぉ」
「そうね、それがいいと思うわぁ……じゃあヨルヤちゃん、これ、片道分の運賃ねっ」
「ありがとうござい……って、こんなにいいのかよ?」
「いいのいいのぉ。楽しかったし快適だったし、なによりアナタ……好みだしぃ?」
ゾワッとする笑みを見せてくれたスミノフ。運賃の設定はまだしていなかったので言い値としていたが、まさかの金貨10枚……100万ゴルドもくれるとは。
昨日飲んだ酒も全部こいつら持ちだし、なんなら俺はほとんど運転していないのだが。
白金貨をポンと渡せる懐、やはり赤鬼ともなればかなり稼いでいるのだろう。護衛馬車は客の状況に応じた値段設定でもいいかもしれないな。
「じゃあヨルヤ、行ってくるぜ! スネークイーターの蛇酒、楽しみにしてろよなぁ!」
「あなたも気を付けなさいよぉ~」
「どれ、では行こうかの」
大密林の入り口で、傭兵たちと別れる。彼らの姿が密林の中に消えると、途端に辺りが静まり返った。
赤鬼三人衆、スネークイーターはヤバい化け物という話だが、彼らなら問題なく討伐して帰還するだろう。
笑顔で戻ってくる三人の姿しか浮かばない。
「さてと、じゃあ俺達も行こうか」
「はい。ヨルヤ、念のために護衛を召喚して下さい」
クロエに言われた通り護衛を召喚し、俺達も教えられたポイントへと馬車を走らせる。俺達が向かうのは大密林の浅い場所なので、大した危険はないとは思うが。
なぜこんな場所で酒造りなんてしているのだろうな。確かにエルフといえば森だが、目の前に広がっているのは森なんて可愛いもんじゃない。
鬱蒼とした大密林。人なんてまず足を踏み入れないであろう未踏の地。ゲーム的に中心部には何かがありそうだが、絶対に行かないぞ。
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