【3-23】護衛馬車運行
「では手続きをして参りますので、少々お待ち下さい」
そう言って、商業ギルドの担当者はギルドの奥へと引っ込んでいった。
俺は現在、この世界で商売をするために商業ギルドに商人登録をしに来ている。いわゆる開業届を提出しに来た訳だ。
出さないとどうなるのか、出さないで営業した方がメリットがあるんじゃないか、とかそういう面倒な事は考えない。
いい感じの抜け道はあるのかもしれないが、その辺りの知識は乏しい。警察がいて税金がある国なのだ、知らない内に脱税で牢獄行きとかあり得ない話ではない。
「お待たせ致しました。まず身分証をお返しいたします」
「あぁはい、早かったですね」
「特級の身分証は信用がありますので。特級は発行が数年に一人と言われているのですが、ここ最近はあなた様で四人目ですよ」
「四人目……」
どうやら学生たちの何人かが商人登録を行ったようだ。どんな商売なのか分からないが、彼らは彼らで異世界を満喫しているようだな。
今となってはほぼ関りがないが、この世界にメインで呼ばれたのは彼らだしな。俺と担任の先生はオマケ……そういえばあの可愛らしい先生、元気にやっているだろうか?
「ではこちらが帳簿と、カッパーの商人証となります」
「銅板の商人証……商人のランクみたいなものですか?」
「そうですね、そのお考えで問題ないかと。商人証のランクは信用に直結します。取引がスムーズに進んだり、様々な申請が通りやすくなったりと……まぁ色々です」
「なるほど……」
冒険証は名誉の証、傭兵は強さ、商人は信用という訳だ。信用がない商人から物を買いたいとは思わない、この証があれば初めての相手にも信用を証明してくれる。
向こうの世界ではフリマが流行っていたが、やはり見ず知らずの信用ない相手から物を買うのは怖かったもんなぁ。
まぁとりあえずこれで、俺の商人登録は済んだ。この国の中でなら路線馬車の運行も認められたので、色々とやってみようと思う。
俺は商業ギルドの担当者に礼を言い、ギルドを後にした。
これで俺は自他共に認める商人だ。個人事業主となった俺は、自分の力で道を切り開いていかないといけない。
「さてじゃあまずは……あそこに行ってみるか」
――――
「どうだ? 初回価格で安くしとくぞ?」
馬車商人となった俺は冒険ギルドへ足を運んでいた。まだ何の実績もないので、客は自分で見つけなければならない。
まず運行するのは護衛馬車。客を目的地まで安全かつ疲労なしで運び、目的の達成に全力を注げるように助力するための馬車。
この馬車に乗せる初めての客は、まぁ最初から決めていた。
「おぉ! ついに運行するのかよ!」
「待っていたぞ」
「運行おめでとうございます!」
「アンタの馬車は快適だからねぇ、ぜひ利用したいわ」
タゴナ率いる冒険者チーム、チーム名は……あれ、また忘れた。
ともあれ彼らを最初に乗せる事は決めていた。なんと言っても彼らと出会った事で護衛馬車の事を思いついたのだからな。
金がなく初級ダンジョンの踏破にも四苦八苦している彼ら、特別に格安で運んでやろうと思う。
「そんで、いくらなんだ?」
「そうだな……まぁ今回は特別だ、四人で一万でいい」
「マジかよ!? 乗る乗る! 乗せてくれ!」
「あくまで今回が特別だからな? 値段設定とかなんも考えずに来たから」
タイミングが良かったようで、四人はすぐにでも出発できる様子だった。行先は初級ダンジョン、ルベールの洞穴だ。
まずその前に、冒険ギルドの受付に護衛馬車の事を宣伝しておこう。広告でも作りたい所だが、俺にはそのセンスがないから難しい。
もし絵が上手い人とかいたら金を払って作ってもらうのもアリかもしれない。まぁ今は噂が広がってくれるのを願おう。
ギルドの受付に宣伝し、準備ができた様子のタゴナ達を馬車まで案内する。初の護衛馬車運行、俺もこいつらで色々と確認させてもらうとしよう。
こいつらを選んだ一番の理由はそこだ。こいつらは色々な意味での実験台、まぁほんの少し感謝の気持ちがあるのは嘘じゃないが。
「……あれ? なんか前の馬車に比べて……みすぼらしくないか?」
「お前、人の車をみすぼらしいとか……思っても言うなよな」
「あはは、わりぃわりぃ! まぁ馬車も安くねぇもんな、初めは安い中古車で十分だと思うぜ?」
「確かに中古車だけど、安くないんだけどな……」
見た目から想像できないだろうが、300万もしたんだぞ。お前らに取ったら大金も大金を叩いて購入したってのに。
そんな彼らを馬車に押し込み、俺は馬車を発車させた。このサイズであれば従馬は一頭で十分、護衛もクロエだけで問題ない。
「じゃあ出発します」
「おうっ! よろしく頼むぜ!」
「おい、いきなり寝ようとすんな。後でレポートを提出してもらうんだからな」
「はぁ? レポートってなんだよ……?」
「この馬車についてのレポートだ。乗り心地、サービス、快適性、総評、所感、色々と聞かせてもらうぞ」
「え……」
馬鹿が、一万で町の外を走る護衛付きの馬車に乗れるかってんだよ。
一応そこら辺の相場は調べてあるんだ。破格も破格、レポートくらい提出してもらわなきゃ割に合わないっての。
こいつらの今回の注文は往復運行だしな。要はこいつらがダンジョンから戻ってくるのを待ってなきゃないので、俺の時間も使うのだから。
「それじゃ改めて、出発しま~す」
「「「「…………」」」」
やべぇ馬車に乗ってしまった……なんて顔をする四人を乗せ、ルベールの洞穴という初級ダンジョンに向けて馬車を走らせる。
道中、彼らの様子をチラチラと確認しながら進む。前に比べて馬車自体の性能は大分下がっているので少し不安だったが、表情を見る限り大丈夫そうだ。
「あ、水魔石は自由に使っていいですからね。喉が渇いたらお飲み下さい」
「え……水魔石の使用が自由なんですか?」
「まぁ腐るほどありますから。でも馬車内だけでお願いします、持ち出しは厳禁ですよ」
「というかなんだその口調は? 不気味な……」
「私も色々とクレームを受けてましてね……声が低いだの陰気だのアクセントがおかしいだの……」
「よく分からないけど、色々あったのね……」
バスの運転手も馬車の運転手も大して変わらない。客と実際に触れ合う客商売、言動には注意を払う必要がある。
「そっか、俺達は金を払ってる客だもんな。レポートなんてやってられ――――」
「――――客は客だけど、俺はお客様は神様だなんて思ってないぞ」
しかし今の俺は雇われ運転手ではない。会社の方針に従う必要がない、俺の考えが方針なのだ。
気に入らない奴は客だろうが叩き落す、その力(クロエ)が俺にはある。
「走っている馬車から叩き落されないよう、ご注意ください」
「どんなアナウンスだよそれ……」
「いいからタゴナ、黙ってレポート書きなさい」
「そうですよ! 運転手に逆らっていい事なんてないです!」
「叩き落されては敵わん。この御者は俺達よりも強いのだからな」
「冒険者より強い御者ってなんだよ……」
馬車の中で御者に逆らう、そんな事は許されません。まぁ少し大げさだが、安全な運行を行うにあたって重要な事だ。
もし御者が下に見られている……とかなら意識改革を行っていかなければならないな。
そんな事を思いながら、ダンジョンへと馬車を走らせた。
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