【3-20】ヒロインバトル・その一






 メロドーナの納骨堂を出ると、辺りはすっかり日が落ちて真っ暗になっていた。


 昼前に納骨堂に入ったので、結構な時間ダンジョンに潜っていたことになるのだが、踏破時間としては早い方な気がする。


 急いでベッチホストの街に戻った俺達は宿を手配。王都へ戻るのは明日以降となったわけだが、俺はイネッサとの約束があるから遅れるかもしれない。


 その事を夕食時に説明した訳なのだが、酒を飲んだ女性陣に絡まれる事になっていた。



「女よ、絶対に女」

「ねぇヨルヤくん。なんで君の周りには女の子ばかりなの?」


「なんでって言われても……ヒロイン化されてしまうからで……」


「世界警察のエクスキューションとか、なんて奴と知り合ってんのよ」

「しかも厄災から救うとか……なんなの君? 実はすごく強いの?」


「いやあの時は自分が助かるためにだな……」


「クロエはいいとして、なんなのよ急にぽっと出の女が二人も……」

「ぽっと出の女って私のこと? ぽっと出じゃないし、前からの知り合いだし~」


 とりあえず言いたい事は、二人ともそれ以上酒を飲まないでくれという事だ。これ以上酒を飲むとヴェラは狂暴化するし、なんとなくラリーザも雰囲気がヤバい。


 ラリーザの目が据わり始めている。酒には強くないのかすでに真っ赤だし、普段の穏やかな雰囲気が無くなり始めている。


「ふんっ! あたしはね、ヨルヤの専属護衛よ? 専属って意味、分かる?」

「だ、だからなに? ただの雇い主と雇われ冒険者ってだけじゃん! その先なんてないですからぁ~」


「……もしかしてお前ら、結構俺のこと好きなんじゃね?」


「は、はぁっ!? そんな訳ないでしょうがっ! 勘違いも甚だしいわ! あたしはただ……! そうよ、自分の物を盗られるのが嫌なだけよ!」

「ヨルヤくんそれはほんと、ほんっとうにマイナス! そういう事は声に出して言わないでよぉ! そ、そもそも違うし……」


 いや確かにデリカシーがなかったが、俺はそこまで鈍感ではない。というか普通にこの歳になれば、ある程度は他人から向けられる感情には気が付くものだ。


 そういう会話を本人の前でしておいて、気づかない方がおかしいだろう。それに申し訳ないが、ゲーム化ギフトのお陰で君たちの好感度は丸分かりだ。


 ヴェラの好感度は55。最初の好感度からしたら驚くほどに上がっている。ラリーザの好感度は63。彼女は最初から高めだったが、すでにヴェラ以上だ。


 この数値がどれほどの感情を意味しているのかは分からないが、会話の感じや態度から考えてもそれなりじゃないだろうか。


「(ちなみにクロエの好感度は200です)」

「(そ、そうなんだ……)」


「(はい。それはどんなアブノーマルなプレイでも受け入れられるという意味です)」

「(お前の好感度のベクトルはおかしいぞ……)」


 なにはともあれ、好感度の数値はただの指標だ。よほど鈍感な奴でもなければ、女性の態度や行動で好意は感じ取ることは出来るだろう。


 まぁでも恋愛ゲーム化のお陰で、ここまでヒロインに囲まれている感は否めない。正直に言うと、俺はここまでモテた事がないからな。


 いいなぁと思う子と出会ったとしても、現実ではここまで順調に好感度は上がらない。


 そもそもの相性、周囲の環境、ライバルの存在などなど、そう上手くいかないのが現実の恋愛だ。


 一目惚れでもない限り、何があっても自分だけを見つめてくれる都合のいい女性なんて、早々いないだろう。


 そう考えると、順調に好感度が上がってくれている俺のヒロイン達は、ゲーム化ギフトに選ばれたのかもしれない。


 この女性なら、恋愛ゲームに出てくるような都合のいいヒロインのようになってくれる。そういう女性と出会った時に、ゲーム化ギフトが発動しているのかも。


 あくまでそういう子が選ばれたのであって、ギフトの力で捻じ曲げられてヒロインになった訳ではない……そう思いたい。



「ちょっと聞いてるの!? あたしの方が可愛いわよね!? 若いし!」

「歳の事を言っちゃうなら、お子ちゃまにはない大人の色気ってのが私にはありますぅ」


「はぁ!? 誰がお子ちゃまよ!? あたしの方がスタイル良いし! ラリーザって、少しぽっちゃりしてるじゃない?」

「んにゃっ!? ぽっちゃり……ま、まぁヴェラちゃんのように引き締まりすぎて硬い体じゃないから? 抱き心地は私の方がいいだろうけどねっ」


「か、硬い体……」

「ほっちゃり……」


 一人で恋愛について、恋愛ゲーム化について考えていると二人の雰囲気が変わっていた。なぜそうなったかは分からないが、酒を片手にヒートアップしている。


 感情の浮き沈みが激しくなり、他者を巻き込んで騒がしくなる……典型的な酔っ払いの行動だ。


 これ以上は面倒になる、そろそろ引き上げた方がいいなと思った時、なぜこの面倒なタイミングで現れるんだと言いたくなる女に声を掛けられた。



「楽しそうだな、ヨルヤ。少しいいだろうか?」

「イ、イネッサ……? なんでここに……」


 世界警察エクスキューション、イネッサが場末の酒場に現れた。


 ヴェラやラリーザはもちろん、他の客たちもイネッサの登場に驚いて目を見開き固まっている。


「おい、一白線の制服だぞ? あいつ、エクスキューションだ」

「マジかよ……こんな近くで見たのは初めてだぜ」

「ここに大犯罪者でもいるのか……?」

「か、帰ろうぜ……」


 客たちがザワつきだすが、それは無理もなかった。


 お酒を飲みに来ましたぁ~……という雰囲気ではない。まるで誰かを処刑しに来ましたと言われても不思議じゃない気配を纏ったイネッサが、俺を睨んでいた。


 なぜ、睨む? 怖いぞ。



「イ、イネッサ? 俺、なんかしたか……?」

「どういうことだ? なぜ怯えている?」


「いやだって、めっちゃ睨んでくるから……」

「睨む……すまない、そんなつもりはなかった」


 そういうとイネッサは僅かだが目元を緩めてくれた。今まさに飛び掛かろうとしていた様子のクロエも、それを見て少し警戒を解いたようだ。


 イネッサの雰囲気が変わったのが客たちにも伝わったのか、彼らの緊張感が解れたのも感じた。雰囲気だけで他を圧倒するとは流石である。


「なぜだろうな。君が女性に囲まれている姿を見た時、心がザワついた」

「そ、そうなのか……?」


「どうしてかいい気がしなかった……そのせいで力が入ったのかもしれない、すまなかったな」

「あぁいえ、ありがとうございます」


 恋愛をした事がないので、この感情がなんなのか分かりません……なんて現実にはいないであろう事を言う、恋愛未経験ヒロインのイネッサ。


 まぁ現実にはいなくてもゲームには大勢いる、そして俺はそんな無垢なヒロインが大好きだ。


 そんなイネッサに、開いていた椅子に座るように促した。ヴェラとラリーザの顔が引き攣っているが、まぁなんとかなるだろう。




 ――――




「イネッサ・ランバドール・ウルディアだ」


「ヴェラ・ルーシー……」

「ラリーザ・イシルスです……」


「……? どうしたのだ? なぜ身構える、なぜ怯える?」


「だってアンタさっきから……」

「あの、殺気を飛ばさないで頂けると助かります……」


「むっ……そんなつもりは……すまない、どうしたのだろうな私は」


 飛んでた、めっちゃ飛んでた。二人はよく耐えたと思う、一般人なら卒倒ものだろう。


 酔いなど完全に吹き飛んだ様子のヴェラとクロエは警戒し、俺とラリーザは色々な意味で怯えていた。


 自分で招いておいてなんだが、どうか何事も起こりませんように。


「ところで二人は、ヨルヤとはどういう関係なのだろうか?」


「どういう……あたしはヨルヤの護衛よ」

「友人です……」

「守護者です」

「(クロエ、お前は黙っとけ。お前の行動が一番危うい)」


「そうか。ただの護衛にただの友人、安心した……ん? 私は何に安心したのだ?」


「知らないわよ……ていうか、あたしは専属護衛。ただの護衛じゃないわ」

「私もただの友人ではなく、仲の良い友人です」


「…………」


「……なんなのこいつ、また殺気を出し始めたわ」

「こわ……これがエクスキューションの殺気……」

「ヨルヤ、この女は危険です。しかし排除は難しいので逃げて下さい」

「(クロエ黙っとけ、大丈夫だから、みんな良識はあるはずだから!)」


 一体どれほどの殺気が飛ばされているのだろう。銀等級の冒険者とテトラ級の魔術師がたじろぐ程の殺気、俺に向けられたらどうなるだろうか。


 クロエは逃げろと言うが、そんな事をしたら女の戦争が勃発しそうだ。不本意だが中心にいる俺が場を収めるしかないだろう。



「あ~……とりあえず自己紹介はそのくらいにして……あの、イネッサ? なにか用事があったんだよな?」

「そうだ、忘れていた。エルフ酒の情報を持ってきたぞ」


「ほ、ほんとか!? まだ一日しか経ってないぞ、凄いなイネッサ!」

「ふふ、造作もない……ふっ」


「ちょっと今こいつ、こっち見て勝ち誇った顔したわよ」

「うわ~そういう系か……」


 イネッサからエルフ酒を造っている者の情報を聞く。王都から少し離れた場所にはなるが、とある変わり者のエルフが趣味で造っているらしい。


 どうやって情報を手に入れたのかは教えてくれなかったが、世界警察の上層部ともなれば色々と情報が手に入るのかもしれないな。


「書状を認めておいた。これを渡せば、スムーズに事が運ぶだろう」

「マジかよ……ありがとうイネッサ!」


「いいのだ、気にするな。先の礼だ」


 書状を懐にしまい込み、俺はイネッサから変わり者エルフがいるという場所の詳細について話していく。


 道中の話も織り交ぜながら話を進め、ある程度の事を把握した。王都に戻ってすぐに出発すれば、クリアー時間内にエカテリーナに渡す事が出来る事も確認した。



「一緒に行ってやりたいところだが、少し忙しくてな」

「いいよいいよ、そこまでしてもらう訳にはいなないから」


「すまない。だがデートはどうする? 日程を調整しておきたい」


「「デ、デートぉっ!?」」


 イネッサとの話し合いを黙って見ていたヴェラとラリーザが、デートという言葉に反応して騒ぎ始めた。


 それを見たイネッサは少しだけほくそ笑み、そのイネッサの様子を見たヴェラは苛立ち、ラリーザは慌てていた。


「ヨ、ヨルヤくん? 私が先約だよ? 動物園デート!」

「なによそれ、それも聞いてないわよ!? どういう事よヨルヤ!」

「動物園デート……だと? ヨルヤ、他の女ともデートの約束を?」


「あぁ……いや……」



【A・またの機会にする】

【B・みんなで行く】

【C・話を濁す】



 どうやら俺には無理なようだ。教えてくれよハーレム主人公、こういう時はどうすればいいのだ? 全く分からん……。


 きっとそいつらは上手くやるのだろう、きっと俺が出した答えは間違いなのだろう。


「じゃあ明日、みんなで行かない……?」


「「「…………」」」

「楽しみです、動物園」


 はい下矢印の好感度ダウン。黙って俺の目を睨みつける三人に、一人だけ喜んでくれた守護者。


 現実の恋愛も難しいが、ゲームも難しい。まさかクロエが一番いいと思う日が来るとは、思ってもいなかった。


 まぁでも、行ったよ動物園。その話はまぁ、機会があったらしよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る