【3-14】スローライフを送りたかった






「なんだよこれ……マジかよ」


 護衛を先頭に、大峡谷の奥へと進む。どこに向かえばいいのかは、所々で見つかったポリス達の遺体が教えてくれていた。


 その異常な光景が俺の足を竦ませる。いくらここが異世界だからって、この数の死体は尋常ではない。


 何かが起こった、起こっているのは明白。経験したことがないほどに胸が高鳴り、呼吸が荒くなっていく。


「ヨルヤ、大丈夫ですか?」

「あぁ、まぁ……進めているのが自分でも不思議だよ」


 遺体を見た事はあるが、それは綺麗に整えられた遺体だ。血を流し、恐怖に顔を引きつらせ、ボロボロになっている遺体を見た経験は一度もない。


 それが一つや二つじゃないのだ。発狂したり嘔吐していないのが不思議だが、現実離れしすぎているせいで感覚が麻痺しているのかもしれない。


「いきなりこれかよ……もっと穏やかな異世界がよかった……俺は御者なんだぞ、スローライフを送りたい……」

「ヨルヤ、あそこに息のある者がおります」


 クロエの言葉に足を止め、クロエが示す所に目を向ける。


 翡翠色の髪をした綺麗なエルフ族がそこにはいた。軍服を纏い、荒い呼吸をしながら大きな岩にもたれ掛かっている。


 その者は頭から血を流していた。見るからに重症なのだが、それ以上に目を引いたのは彼女の腕。右腕の肘から先が無くなっていたのだ。


 警戒をクロエと護衛に任せ、急いでその人に駆け寄って声を掛けた。



「だ、大丈夫ですか!?」

「……大丈夫とは、言えないな」


「で、ですよね……待ってろ、今ポーションを――――」

「――――逃げろ……早く」


 インベントリからポーションを取り出そうとした時、女性がその行動を遮って逃げろと言ってきた。


 そして次の瞬間、体中に悪寒が走る。


 俺の体の中の何かがザワつき、怯えている。それは瞬く間に全身へと広がっていき、息をするのも困難になる。



「――――誰ですかねぇ、あなた」


 背後から若い男の声が聞こえてきた。どことなく知的な声は、たった一言で俺の体を縛り上げる。


 これが本能というものなのだろうか? 俺の中の誰かが、何かが、急いで逃げろと警鐘を鳴らしていた。


「世界警察の人間ではなさそうですが、冒険者でしょうか?」


 呼吸を整え、俺はゆっくりと声のする方を向いてみた。


 そこにいたのは、声の感じ通り若い男性。黄色い髪に黄色い目、眼鏡を掛け、ワイシャツを着たスラっとした男。


 見た感じはどこにでもいそうな好青年といった感じだが……なぜだろうか? なんとも言えない威圧感、光の無い目、希薄な存在感。


 人間なのに、人間とは思えない。



「おや? あなたのその感じ、久しぶりですねぇ」

「……?」


「あなた、異世界の者でしょう? 魔力がないのに命を感じますし。久しぶりな異世界の知識、欲しい……欲しいですねぇ」

「な、なにを言って――――」


「――――ここは欲に従いましょう、私は強欲ですからねぇ。そのエルフの魔石も、あなたの知識も全て頂きましょうか」

「は……? どういう……」


「暴れないで下さいねぇ? 暴れると言うのならそのエルフと同じように、四肢を切り落としますよ」


 なにやら急に物騒な事を言い出した男は、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した。


 それと同時に隣にいたエルフの女性が動き出そうとしたようだが、体に激痛でも走ったのだろうか? 小さな呻き声を出し、顔を顰めた彼女は再び大岩にもたれ掛かった。



「に……げろ。ダンジョンに……入れ」

「な、なんなんだよ!? くそっ! 護衛ッ!」


 男の言っている事はよく分からないが、俺を殺そうとしている事は分かった。


 ポリス達の惨殺、この女性への暴行を目撃した俺の口封じでもしようと言うのだろうか?


 どちらにしろ、黙って殺される訳にはいかない俺は、護衛に男を排除すようにと命令を出した。


「こちらは逆に命を感じませんねぇ……魔法生物でしょうか?」


 そう言った男はパチンッと指を弾いた。何が起こるのかと身構えるが、特に護衛にも周りにも変化は訪れない。


 剣と槍を持った二体の護衛は、そのまま男に襲い掛かった。剣護衛が首を落とそうと斬りかかり、槍護衛が心臓を貫こうと槍を突く。


 しかしそれらの攻撃は、男に辿り着く前に見えない壁に阻まれたかのように静止した。



「おっと、魔法生物ではありませんでしたか……となるとギフトから生み出された物、全く面倒な力ですねぇ」


 刃物を突き付けられているというのに、男は余裕な表情を崩さなかった。


 男はゆっくりと腕を上げ、羽虫を払うかのように腕を振るう。


 一体なにをしたのかと思ったが、次の瞬間に護衛達の首が胴体から離れた。


 靄となり消える二体の護衛。何が起こったのかと男が払った腕を見てみると、手が黄色いオーラに包まれており、それは剣のような形状を取っていた。


「おや、予想より強力なギフト生物でしたねぇ。少しだけ抵抗を感じましたよ」


 男はそう言うが、護衛と男の間には圧倒的すぎるほどに力に差があるようだ。レベルマックスの護衛が、一撃で首を落とされたのだから。


 こうなると、俺の手札はクロエのみ。クロエが俺の最大戦力であり切り札、彼女にも対応できない相手であればお終いだ。



「クロエ……いけるか?」


 俺の傍から離れず、ずっと俺を守護してくれていたクロエ。


 そんな彼女に懇願するように問いかけるが、彼女からの返答は絶望を齎した。


「ヨルヤ、逃げてください。今のクロエではアレには――――勝てません」


 真剣な表情でそう言い切ったクロエ。相手との力量の差を完全に把握しているのか、一切の迷いなくそう言い切った。


「そんな……じゃあ一緒に――――」

「――――クロエはアレの足止めをします。それがヨルヤを護る最善策であり、唯一の道です」


「…………」

「ダンジョンに入り、残ったGPで護衛を召喚して下さい。そしてクロエが再召喚できるようになるまで身を隠していて下さい。幸いにしてあそこはトラップダンジョン、魔物の数は多くはありません」


 言い終わると同時にクロエは男の方を向き、ゆっくりと歩き出した。弓を生み出し、いつでも打てるようにと構えを取る。


 俺はクロエに戻って来いとか、一緒に逃げようとか命令しそうになるのをグッと堪える。


 さっきクロエは俺の言葉を遮った。俺が命令すればクロエはそれに従う、だがクロエが考える最善はそうじゃないんだ。


 俺はクロエに背を向け、エルフの女性を必死に持ち上げた。



「逃げましょう!」

「捨てて……行け。私はもう……助からない」


「アンタはまだ生きてんだろッ! 諦めんなよッ!」

「…………」


 レベルアップのお陰なのか、エルフの女性を抱いて走るのは訳なかった。


 俺はそのまま、必死になって来た道を戻り始める。


 走り出して数分後、クロエとの繋がりが切れたのが感覚的に分かった。恐らくクロエは敗れたのだろう。


 だがクロエが作ってくれた数分間のお陰で、俺達は助かった。もう目の前にダンジョンの入り口がある。


 ダンジョンは遊戯神の力が働いている。パーティーを組んでいない限りは、奴が追ってきても別次元のダンジョンに飛ばされるだけだ。



「よし、間に合っ――――」

「――――残念ですが、逃がしませんよ」


 あと少しという所で、俺達とダンジョンの間に男が舞い降りた。


 クロエとの繋がりが無くなって僅か数秒、いくらなんでも早すぎる。


「邪魔な執行者を屠るチャンス、異世界人の知識……それらを逃がす事は出来ませんねぇ」


 クロエを犠牲にしたのに間に合わせる事が出来なかった。俺がもっと早く走れれば、こんな事にはならなかったのか。


 どうする? この状況からどうやったら逃げ切れる? 考えの纏まらない頭で、俺は無意識にインベントリを開いて使えそうな物を探していた。


 使えそうなのはなにもない。金もないのでGP回復材などをショップから購入する事も出来ない。


 だがその時、一つのアイテムが目に入った。

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