【1ー8】馬車はあまり発展していない異世界






 王城を出た俺は、王城の目の前の通りをキョロキョロしながら歩いていた。


 随分と活気のある通りで、メインストリートなのかもしれない。様々な店が並んでおり、客引きの声もそこら中から聞こえてくる。


 しかし……ここは本当に異世界か?


 道は石畳だし、ほとんどの店の造りが木造だったりと文明の低さは感じるが、それ以上に歩いている者の姿に驚いた。


 今すれ違った女性が着ていたのは、俺と同じでワイシャツだろう。それにあそこの男、着ている服は学ランだ。


 いや、どちらかというと学ランより軍服だろうか? 帯刀しているし、写真で見た大日本帝国の軍服に似ている気がする。



「まさか軍人……いや警察か? なんか一般人の雰囲気じゃないな」


 だがどうやらワイシャツや学ランは高級服な様子。着ている人は少なく、ほとんどの人は文明レベルに違わない服装だ。


 昔の勇者が学ランを着ていたのだろうか? しかしそうなると、数百年に一度しか召喚出来ないと言っていた事に疑問を覚える。


 数百年前に学ランがあった? それとも時の流れというかそういうのが違うのだろうか?


 単純に前回の勇者召喚が最近だったのかもしれない。百年前くらいならあったのかもな。



「そこの紳士様、当店をご覧になりませんか?」

「ん……?」


 他の店とは少し雰囲気が違う、レンガ造りっぽい店の客引きが声を掛けてきた。呼び込みも他の店の者とは違い丁寧で、高級店なのかもしれない。


 この世界では高級なのであろうワイシャツとパンツを身につけている俺を、金持ちだと勘違いした可能性がある。


 物価を知ると言う意味で足を運ぼうと思ったのだが、店先のショーケースに飾ってあった学ランを見て足を止めた。


 学ランだ、今度こそ間違いなく学ランだ。


 しかし展示されていた学ランの値段は五十万ゴルド。五十万の学ランとか、高級スーツの位置付けなのか?


「その服が気になりますか? 世界警察が着用している制服の元となった洋服です、試着も出来ますよ?」

「いえ、結構です」


 中々に押しが強そうな客引きなので急ぎ足でその場を去った。


 それにしても世界警察か。俺達の世界から来た人間が作った組織に違いないな。


 元となった服という事は、あの軍服を着た男が世界警察なのだろう。


 単純に警察官でいいのだろうか? しかしなぜか、嫌な予感がしたのを覚えている。






「西地区行きの馬車、まもなく発車しま~す!」


 通りの端まで歩いてみると、馬車の発着場みたいな場所に辿り着いた。複数の馬車が止まっており、その中の一台の馬車が発車するようだ。


 う~む、馬車だ。しかし思ったより大きいな、車輪が片側に三つもついている。


 大型馬車なのだろうか? 確かにあのサイズなら一度に大勢の人を運ぶことも可能そうだ。


 馬車を引くのは……うん、馬だな。なにか特殊な生き物かとも思ったが、普通に馬だ。


 そうこうしている内に馬車は発車する。ガラガラと喧しい音を立てながら、想像通りのスピードでゆっくりと遠ざかっていった。



「次は南門行きの馬車が発車しま~す!」


 せっかくだから乗ってみよう。馬車というのには乗った事がないし、これから俺も従事する仕事となるのであればどんなものか知っておきたい。


 俺は馬車の近くに立っている御者っぽい人に話しかけた。



「すみません、乗りたいのですが」

「兄さん若いのに珍しいね? 足を怪我でもしてんのか?」


「いえ、怪我はしてないですけど……怪我とかしてないと乗れないんですか?」

「いやそうじゃねぇけど。若いもんは路線馬車には乗らずに歩く事が多いからな」


 なるほど、確かに客層を見るとご老人が多いようだ。


 しかしこの国がどれほど広いのか分からないが、歩くのがキツイ距離ならば公共交通機関を使うだろう。


 別に乗ってはいけない訳じゃないので、銀貨を一枚払って馬車に乗り込んだ。


 お釣りが銅貨九枚という事は……この馬車は銅貨一枚、千円くらいの支払いが必要と言う事か。



「南門行きの馬車、まもなく発車しま~す!」


 馬車に乗り込み待つこと十数分、ついに馬車が動き出した。


 初めての乗り物にワクワクしていたのだが、あまり良いものではない……というのが正直な感想だった。


 まず乗り心地が悪い。車内は狭く向かい合っている人と足がぶつかりそうになるほど。


 そして嫌な振動。石畳の道でこの振動ならば、舗装されていない道を走った時の振動なんて最悪だろう。


 ガタガタギイギイと煩いし、隣の人との会話も一苦労なのではないだろうか。


 それに外の景色を見れるような窓もないので、ほんとただ座っているだけである。


 街中だからなのか人数の影響なのか、速度もゆっくりだ。歩くよりは多少早いだろうが、千円払ってこの振動と居心地の悪さ、そして速度を考えると割に合わない。


 この馬車には窓がないがそれが普通なのだろうか? 窓っぽい物は付いてはいるが、外が見えるようには出来ていない。


 そのせいか薄暗いし、なんとなく空気も悪い。もう早く降りたくて仕方がないぞ。


 なんかほんと、荷物の様に運ばれているだけといった感じだ。客の快適性なんて全くと言っていいほど考えられていないな。



「南門に到着です、ありがとうございました」


 時間にして三十分ほどで目的地にたどり着いた。俺は微妙に痛くなった腰と尻を摩りながら馬車の外に出る。


 一つ言える事は……もう街中を走っている路線馬車には乗りたくない、という事だ。


 街と街を結ぶという定期馬車はもう少しマシなのだろうか? まぁ恐らく同じような感じであろう。


 路線馬車と同じ快適性で、移動時間が長く化け物の襲撃すらあり得るとなると……最悪としか言いようがない。


 この世界特有の事情もあるのだろうが、出来る事なら乗りたくない公共交通機関とかダメだろ。


 まぁともあれこの世界の馬車というものは理解した。サスペンションは使われていたようだが、あの振動を考えると質が悪いのだろうか?


 せめてクッションくらい設置すればいいのに。


 そこら辺を上手くやれば集客問題は解決できるかもしれないな。



「……せっかくだから、外にも出てみるか」


 三十分もケツを痛めてここまで来たのだから、このまま帰りたくはない。カールにも街の外を見てみろと言われたし、丁度いいから行ってみよう。


 大きな門に近づくと人の行列が出来ていた。どうやら出入国を管理している様である。


 貰った身分証を見せるとあっさりと通してくれた。陽が落ちれば大門を閉じるので、その際は端にある小さな門からの入場となるらしいが、入るのには結構時間が掛かるっぽい。


 陽が落ちる前までには帰る事を決め、俺は大門を潜った……その時だった。



『チュートリアルを開始します』



「……はぁ? チュートリアルって、ゲームじゃないんだから……ってもう慣れたわ」


 再び頭に響いてきた機械音声に溜め息を付きつつ、俺は変化を待った。


 やれやれ今度は何をやれと言われるのか、僅かばかり辟易としながらそれを待つ。


 まぁ王子と友達になったり王女と知り合った俺だ、ある程度の事ならできる自信があるが。



【インベントリを開いてステータスを確認しよう!】



「……なんだそれ?」


 いきなりの無理難題に、俺は途方にくれるのだった。



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