【1ー7】求めてるのは魔物観光馬車
「御者か……ふむ」
顎に手を添えながら、カールは考え込む仕草をする。仕草の一つ一つがいちいちイケメンなのだが、なぜか鼻に付かない。
ここに来てすぐに文官さんと相談中だった事を思い出した俺は、今日の所は出直そうと思ったのだが、せっかくだからとカールが相談に乗ってくれる事となった。
文官さんへの伝達は秘書の方が行ってくれるらしい。それならばと俺はカールにギフトの事を伝え、相談する事とした。
「確かにこの世界の主な移動手段は、ヨルヤの言う通り馬か馬車だよ」
「一応聞くけど、自動車はないのか? 自転車とかは?」
「自動車……? あぁ、数十年前から魔石を使って車輪を動かす、魔動車というものの研究がされているけど、実用には程遠いとの話だよ。安全性や金額的な意味でね」
「でた魔石! ほんと有能な石だよね。しかし魔動車か……やっぱり自動車の技術は伝えられていないんだな」
自動車がどのようにして動いているのか、俺だってなんとなくは分かる。エンジンが動いてタイヤが回って……なんてその程度だけど。
タイヤとかは分かるけど、エンジンなんてどのようにして作るの見当もつかない。そもそもこの世界には電気がないんじゃないか?
この部屋を照らしている光も、なんか電気っぽくない。ガスランプというのが一番近いのかもしれないな。
「ヨルヤは向こうの世界でも御者をしていたのかい?」
「まぁ、御者みたいなもんだな。大勢の人間を大きな乗り物に乗せて、色々な場所に運ぶ仕事をしていた」
「なるほど、御者だね」
「ああ、御者だな」
向こうの世界でバスの運転手をしていた俺が与えられたギフトは、御者。
神の思し召しだろうか。この世界でも乗り物を運転して、人々を各地に運ぶ仕事をしろと言っているのかもしれない。
「ヨルヤは二十歳を超えているから、この御者というギフトを成長させていくしかないからね」
「あぁ、まぁ……そうなのかな?」
一応ゲーム化というギフトがあれば新しいギフトも取得可能だと遊戯神は言っていたが、今の所どうすればいいのか全く分からない。
御者のギフトはクエストクリアーの報酬で貰ったはずだから、今後もクエストクリアーでギフトが貰えるという事なのだろうか?
しかしそもそも本当にクエストクリアー報酬を貰っているのかも謎だ。いくつかクエストはクリアーしたはずなのに、俺の手元には何もないし変化も感じない。
「街中を移動する路線馬車、街と街を行き来する定期馬車、急いでいる人用の高速馬車とかが一般的かな?」
「へ~、そこらへんは似ているな」
馬車をバスと言い換えればまんまだ。様々な用途、色々な人に応じて俺の世界ではバスが走っていた。
しかしこの世界は元いた世界とは違う。道が整備されているのかも分からないし、街と街との距離とはどのくらいなのだろうか?
高速道路なんてないだろうし、馬の速度や体力を考えると到着まで何日も掛かるとかもあるのだろう。
それにモンスターが人を襲う世界なんだろ? 向こうの世界で言えば、ライオンや熊が街の外を闊歩していて、人々を見境なく襲うという事。
……あれ? それって普通か? なんか最近、熊の被害が多いとか聞いた記憶が……。
「夜行馬車とかはあるのか?」
「夜行馬車って、夜に走らせるって事? ないない、魔物に襲われる危険性が昼とは段違いなんだから」
「じゃあ観光馬車ってあるか?」
「観光馬車……? 聞いた事はないね、なんだいそれは?」
俺がここに来る前に運転していたのは大型の観光バス。修学旅行へ向かう学生を運んだり、ツアー客を乗せて色々な場所を巡るバス。
俺がバスの運転手に憧れたのは、両親とこの観光バスに乗ったからだ。こんなにデカい車を動かして、いや無理だろ!? と言いたくなるような狭い駐車場に華麗に駐車して見せたあの運転手さん、元気かなぁ。
「観光目的で使用するバス……じゃなくて馬車の事だよ。馬車で移動すること自体も一つの観光、みたいな」
「観光目的で馬車を、馬車の移動自体が観光……へぇ、それは面白いかもしれないね。馬車なんて本当に移動するだけの物だから」
観光地に付く前の、バスの車内のワクワク感。車窓から見知らぬ土地を眺めながら、これから向かう場所へ思いを馳せる。
カールの反応から、そんな馬車は今までないようだしイケるかもしれない。
色々と課題はあるだろうが、最終目的は観光馬車でいいんじゃないだろうか?
「確かに、近くで魔物を見られる馬車というのはいいかもしれない。私も見てみたいし、そう思っている民は大勢いると思う」
「近くで魔物を見られる……? なにを言っているんだ、お前は?」
「なにって、馬車の移動自体が観光になるんでしょ? それって馬車から魔物を眺められるって事だろ?」
「いや、そういうつもりじゃ……」
俺が言ったのは景色とか、その土地ならではの光景とか、街の造りとか建物とかの事を言ったのだが……魔物が見られる?
いや確かに、サファリパークとかで車窓から見る動物は凄かったけど、それって観光バスじゃなくサファリバスじゃねぇの?
「魔物を見た事ない人なんて大勢いるからね。その人達に向けて観光ツアーを組めば、人気が出るのは間違いないよ! 私も魔物が見たい、是非乗せてくれ」
「いやいやいや! 魔物だろ!? 危ないんだろ!? サファリパークにいるライオンがみんな飢えてて、乗客に襲い掛かって来るみたいなイメージでしょ!?」
そんなサファリバスに誰が乗りたいのか。命の危険がございますがご了承ください、いやご了承できねぇよ!?
それとも何か? 魔物って狸や狐みたいなものなのか? たまに引っかかれてケガをしますがご了承くださいって? それならまぁ、ご了承するけど。
「確かに馬車が魔物に襲われて一行が全滅、なんて話はよくあるね」
「あるんじゃねぇか! やっぱ狸や狐じゃなくてライオンや熊じゃねぇかよ!」
「護衛の雇用は必須だねぇ。それに魔物観光を目玉にするなら、中途半端な護衛じゃなくて実力のある護衛を雇わないとね」
「いやそもそも、魔物観光なんて俺は一言も言ってねぇからな?」
ただまぁ、なぜか目を輝かせ始めたカールの話を色々と聞いている内に、イケるんじゃないか? とか、面白そうだなと思った自分もいる。
せっかく異世界に来て特殊な力を貰ったのだから、向こうの世界と同じような事をして過ごすのでは面白くない。
まぁ課題は沢山ある。護衛の雇用、ルートの開拓、馬車の快適性や安全性、集客問題。そしてそもそも、馬車がない。
なんかカールが私財を使って馬車を購入してやるとか言い出したけど、それは丁重にお断りした。
最初から人に頼っていては成長できないし、新しい世界なのだから地盤は自分で踏み固めないと不安である。
チートキャラのカールにはどうしようもない時に助けてもらおう。なんて都合の良い事を考えつつ、とりあえず街中や街の外の様子を見てきたら? というカールの言葉に従い公務室を出る事とした。
「あ、忘れてた。なぁカール、欲しい酒とかってある? もし俺が色々な所に行けるようになったら、手に入れられるかもしれないだろ?」
「あぁ、御者なら色々な国に行くもんね。それなら……ここ最近、エルフ族が酒を造っているという話を聞いたんだ。エルフ酒、飲んでみたいと思っていた」
「なるほど、了解」
上手い事カールから酒の話を聞き出した俺は、公務室を後にした。その足でエカテリーナの事を探すも見つからず、とりあえずは王城の外に出てみる事とした。
王城を出る際に、文官から身分証とお小遣いみたいなのを渡された。銀色の貨幣……銀貨でいいのだろうか? それを五枚、五万ゴルドという話だ。
単純に五万円でいいのだろうか? 物価がどれほどなのかはこれから調べるとして、こんなに貰ってしまっていいのか?
まぁ俺は一足先に王城を出て生活した方が良さそうだから、貰えるものは貰っておくけど。
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