【1ー6】兄想いの妹からの依頼






「酒です」

「お酒……ですか」


「酒です。それしかない」

「は、はぁ」


 応接室のような場所で、俺は王女様と向かい合って話をしていた。


 第二王女、エカテリーナ・リドル・ファルエンド。カールハインツの妹君であり、歳は今年で二十になるらしい。


「し、しかし流石にお酒というのは……」

「いえいえ、絶対に喜びますよ、あいつ」


 エカテリーナは第二王女という事なので、もちろん第一王女がいる。俺達が召喚された時にいなかったのは、騎士団を連れて魔物討伐の遠征に出ていたかららしい。


 そもそも勇者召喚は、成功すると思って行っている行為ではないとエカテリーナは言っていた。


 まず前提として、召喚術自体は大して難しい魔法ではないみたいだが、行うとなるとそれなりにコストが掛かるので頻繁に行っているのは大国と呼ばれる国くらいらしい。


 しかも何十何百年に一度しか成功しないので、無駄な行為だと召喚を行わない国も普通にあるという話だ。

 

 成功した時はさぞ驚いたのだとか。王妃様はめちゃくちゃ冷静だった気がするけどな。



 しかし王女様が魔物討伐? どんだけパワフルなお姫様なのだと思ったが、授かったギフトが完全に戦闘系ばかりだったそうで。


 ちなみにカールハインツは第二王子なんだって。第一王子の事もエカテリーナに聞いてみたのだが、なんか第一王子の話をするとエカテリーナが嫌そうにしたため、早々に話を切り上げた。



「まぁ、あれほどお兄様と仲良くしていらしたゴノウエ様が言うのであれば……」

「あいつビックリするほどの酒好きですよ? 酒をプレゼントすれば絶対に喜びます」


 そして今、話し合っていたのはカールへのプレゼントの話。どうやら近く、カールの誕生日らしい。


 “あ、そういえば……”と、あの時エカテリーナは足を止めた。何を言われるのかと俺は反射的に身構えてしまう。


 どこの世界も女性に対する扱いを間違えば牢屋行きだろう。それが例え冤罪だろうが不本意だろうが関係ない。


 王族をナンパするとか、よくよく考えればアホか俺? 不敬にもほどがある、王制国家ということをもっと考えて行動しなくては。


 しかし彼女の口から出たのは俺へのお願い、依頼だった。


 近く第二王子の生誕の日であり、大きな催しが行われる事。それとは別に、個人的に兄にプレゼントをしたいと考えていた事。


 でも兄の好みが分からない。しかし思い出した、今自分をナンパしてきた男は、昨日の宴会時に兄と肩を組んでバカ騒ぎをしていたアイツだ。


 “あなた様はお兄様が欲している物が分かりますか?” だから俺は答えた、もちろん分かりますと。



「お兄様がそこまでお酒が好きだとは知りませんでした。嗜んでいる程度なのかと」

「彼の部屋に入った事あります?」


「昔に何度か……ここ数年はありませんが」

「凄いですよ? 酒瓶が芸術品のように飾ってありますから」


 知らなかった、と言うエカテリーナは若干引いている様子。


 ここは二十歳が成人とされている珍しい異世界。そんな世界で二十三という若さで酒の魔力に取り憑かれてしまった男がカールハインツだ。


 そんな彼に酒をプレゼントすれば間違いなく喜ぶであろう。現金をプレゼントされて喜ばない奴がいないように、まず間違いない。



「しかし、どんなお酒をプレゼントすればいいのか……」

「あ……そうですよね」


 しまった、失念していた。それなりに酒の知識はあるからおススメな酒を教えようと考えていたのだが、ここ異世界だったわ。


 この世界にどんな酒があるのか分からない。そもそも紅竜の涙とかいう美味すぎる高級酒をゴクゴク飲めるような環境にいる奴に、どんな酒を与えればいいのか。


「ここには来客用にと、様々なお酒が各地から集められていると聞きました」

「な、なるほど」


「お兄様が知らないお酒を探せるでしょうか? 少なくとも、この城にあるお酒については知っていそうですし」

「えっと……」


「あの、ゴノウエ様。もし宜しければ、お兄様が欲しているお酒の事を調べてもらえないでしょうか?」

「あ、いいで――――」



『クエストを開始します』


【サブクエスト――――第二王女からの依頼】

【クリアー条件――――第二王女からの依頼を達成する】

【クリアー時間――――3日以内】

【クリアー報酬――――10好感度ポイント】



 いや俺まだ承諾してねぇけど!? いや頭の中で承諾はしてたけど、せめて言葉にするまで待ってくれないかな?


 ここで拒否すればこのクエストは始まらなかったのか? まぁこんな可愛い子からのお願いを断れる男なんていないと思うが。


 もちろん俺だって断らない。俺は再び、精一杯のイケメンスマイルでエカテリーナからの依頼に承諾しようとした時だった。



「俺でよけれ……ば…………あ?」



【A・嫌だよめんどくさい】

【B・貴女からのお願いなら喜んで】

【C・そんな事より君の誕生日が知りたい】



 な、なんだこれ? これもゲーム化ギフトの影響か?


 なんか目の前にクエスト表示とは少し違った様子の文字列が表示されたんだが。しかも読み終えても消える気配がない。


 どこかで見た事あるような……? ABCとか、まるで選択肢みたいだな。


 今の状況に対応しているような内容、選択肢。この中からエカテリーナへの返答を選べという事か? この中からであれば……そうだな、これだろうな。



【B・貴女からのお願いなら喜んで】



「貴女からのお願いなら喜んで――――…………ひぃっ!?」


 な、なんだ!? 口が勝手に動いたぞ!?


 なんか表情も勝手に動いてニッコリした気がするし、なんだよ今の低音ボイス!? 本当に俺の声か!?



「あっその……ありがとうございます」


 俺の言葉に反応するエカテリーナ。恥ずかしそうに俺から視線を逸らし、僅かに頬を朱色にしたエカテリーナの体から……なんかハート柄のピンクエフェクトが出ている。


 めっちゃ可愛い……じゃなくて! なにその好感度が上昇しましたっていうような演出。


「あの、それでは宜しくお願いしますね? ゴノウエ様」

「あ、はい……」


 そして国の宝だと言われても納得してしまうほどの微笑み。こんな美しい微笑みを向けられた事は人生で一度もない。


 これが見れただけでも異世界に来てよかったと思えるほどだ。


 そして俺は気づいた。さっきの選択肢は恋愛ゲームだ。あの中から正解を選んで、女の子と仲良くなる事を楽しむ恋愛ゲームの選択肢だ。


 ヒロインリストや好感度、間違いなくゲーム化ギフトの力であろう。


 恋愛をゲーム化してしまえば、ハーレムだって目指せるのかもしれないぞ。だってゲームだもんね?


 ありがとう遊戯神様。俺、ハッピーハーレムエンドを目指します。



「急に変な事を聞きますけど、この世界って一夫多妻制ですか?」

「えっと……この国では財力などがあれば、男性女性問わず複数人と婚姻関係を結ぶ事は許されておりますが」


「なるほど、素晴らしい国ですね。ではさっそく行って参ります、マイヒロイン」

「は、はぁ。あの、まいひろいんとは私の事ですか?」


 困惑するエカテリーナからカールがいるであろう場所を聞いた俺は、応接室を後にした。


 カールは今公務中だという話だったが、まぁ俺とカールの仲であれば大丈夫だろう、酒飲み友達の絆は固いのだ。


 公務室の場所を道行くメイドさん達に確認しながら進む。そしてカールの公務室に辿り着き、秘書のような人にカールとの面会を申し入れた。


 拒否されるなんて事はなく、カールは部屋に通してくれた。部屋の中でたくさんの書類と格闘している様子のカールに、俺はまず労いの言葉を掛ける。



「お疲れ。なぁカール、俺はお前の義弟になるかもしれない」

「き、来て早々なんの話だい? というか労いの言葉が軽すぎない?」


 なんて苦笑いしつつもカールは俺との時間を作ってくれた。公務机から離れたカールは、来客と応対するように作られた椅子に腰かける。


 俺も向かい側の席に座り、メイドさんが用意してくれたコーヒーを頂きつつ、どうやってカールから欲しい酒の事を聞き出すかを考える。


 しかしなんか忘れているような……なんだっけ? というかあのメイドさん、あの時のメイドさんじゃん。カールの奴、専属にしやがったのか?


「なぁヨルヤ。今って今度どうしていくかを相談する場が設けられていたはずだけど、終わったのかい?」

「あ……」


 やべ、すっかり忘れてた。あの優しい文官さん、俺のトイレが終わるのをずっと待ってくれているんじゃ……?

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