【1ー3】酒乱王子と初クリアー






「――――ではゴノウエ殿は二十歳を超えているのですね」

「えぇまぁ、今年で二十五になります」


 酒が注がれたコップを片手に殿下と話し込む。殿下の名前はカールハインツ・リドル・ファルエンドと言うらしい。


 初めはお互いにぎこちなく会話をするだけだったが、酒が入り時が過ぎるとお互いに饒舌になっていった。


「私は今年二十三になります」

「そうなのですか。もっとお若いのかと」


 俺の行動に学生も王や王妃も驚いていた様子だったが、特に何か言ってきたり話に混ざって来るなんて事はなかった。


 王子と話したがっている女子生徒は大勢いたようだが、出鼻を挫いた感じになってしまったな。



「ゴノウエ殿も酒がお好きなようで」

「酒はいいですよね。まぁ、たくさん失敗もしましたけど」


 酒が好きで大好きで毎日でも飲みたい所なのだが、そうもいかない。


 一度飲むと深酒してしまう愚か者なので、仕事に影響してしまうのだ。飲酒については本当に厳しい業界に就職したため、飲酒をするのは休みの前日のみと決めている。



「しかし今日は本当に嬉しいです。父上も母上も酒を飲まないので、私はいつも一人で飲んでいるのですよ」

「そうなんですか? 殿下の立場であれば、一緒に飲みたいという人は多い気がしますけど」


「……まぁ、寄って来る人はいますよ。でも酒は楽しく飲みたいじゃないですか」

「はは、ですね」


 どうやらあまりいい酒飲み友達には恵まれていない様子。一人酒は美味い、友酒は楽しい、それが絶対条件だろうからな。


 しかしこの王子、ペースが速いな。大丈夫だろうか? そういう飲み方をして大変な事になった友人を何人も見てきたのだが。


 俺は自重しよう。王族の前……向こうの世界で言うと社長の前。そんな人の前で失態を犯せば首を切られる、つまり追放される。



「ゴノウエ殿は酒ならなんでもいけますか?」

「アルコールが入っている物ならなんでも好きです!」


「それはいい! すなまい、紅竜の涙を持ってきてくれるかい?」

「畏まりました」


 酒を持って来るように頼まれたメイドさんが戻ってくると、その手には何やら高級感がバシバシ伝わってくるような赤いボトルがあった。


 思えばこの酒を飲んでしまったのが原因だと思う。



「――――っ!? おぉ……これはっ!?」

「どうです? 美味しいでしょう?」


「う、うめぇぇ。で、でもこれ、相当に度数が高いんじゃ……」

「おお! この美味さが分かるとはっ! ささっどうぞどうぞ」


 なにが嬉しいのか、ニッコニコした王子が次から次へと酒を注いできた。お返しとばかりに俺も注ぎまくったんだけど、それがいけなかったんだろうな。


 もう自重できる状態などではなかった。気が付いたら王や学生達はいなくなっており、広い宴会場に残っていたのは数人のメイドに数人の騎士達だけだった。




「ヨルヤ! 飲んでるかい!?」

「なぁカール……俺もう飲めねぇよ、飲んじゃダメなんだ」


「なに言ってるの! まだまだ酒はあるよ!」

「ダメだって……明日もバスの運転が……」


「ばしゅ? ヨルヤは馬車の運転手だったのかい?」

「馬車じゃなくバスだっての……」


 いつの間にか互いを名前や敬称で呼ぶようになり、お互いの苦労話を肴に酒を飲みまくる。


 他に聞きたい事がいっぱいあったのに、結局なにも聞けずじまい。俺達を呼んだ理由とか、ギフトの事とか魔王の事とか。


 全部が紅竜の涙とかいう酒に吹き飛ばされた。メイドさんに聞いたのだが、あのボトル一本で大きな屋敷が建つのだとか。ロマネコンティなんて目じゃねぇな。



「君、名前は何というんだい? そうか。ならマリー、ここに座りなさい。違う違う! 私の膝の上に座りなさいっ!」

「わはははは! 王子それセクハラですよー!」


「ぐふふ、よいではないかよいではないかっ」

「あ、せっかくですし貴女もどうです? えっと……ミレイナさん?」


「そうだね、君も飲みなさい! 王族命令だよ」

「うっわ今度はパワハラだよパワハラ」


 殿下の痴態を諫めるどころか盛り上げるように煽ってしまった俺にも責任があるだろう。


 殿下を残していく事ができずに残ってくれた二人のメイド。引きつった笑みは酒が入ってしまった事で変わっていく。


 無駄にイケメンな殿下に対し女の顔をするようになっていくメイド達。仕舞には殿下の膝を取り合って女の戦いをし出す始末。


 合コンで何度も見た光景だな。人気な男にアピールする女性、それを盛り上げる脇役たち。


 ……クソが。



「よしお前達、二次会場に行こう」


 それは数時間後、宴会場を片付けたがっている給仕さん達の姿が見えた時の殿下の言葉だ。


 雰囲気的にはお開きなのだが、酔いに酔ってしまった俺と殿下は止まらない。ほろ酔いのメイド二人は殿下の言葉には逆らえない。


 そして俺の記憶はここまでだ。殿下の私室に移動した事も、そこからどんな事が起こったのかも全く覚えていない。


 まぁ、目の前に広がるこの光景を見れば、何が起こったのかは明白である。


 ベッドの上に転がる全裸の女性に避妊具らしきもの。一応付けるべきものは付けていたようだが、所々に赤いシミがあるという事は本当にやってしまったのだな。


 というか、避妊具あるんだ。それを使用する冷静さがあった事、そこだけは自分を褒めたい。



「……おいカール。起きろ、起きてくれっ」

「う、う~ん……」


 全裸のイケメンを揺すって起こす。近くで寝ているメイド達を起こさないように、小声かつ慎重にカールの覚醒を促した。


 当たり前のように二日酔い、頭が痛い。しかしその痛みのお陰で覚醒は早く、目を覚ましたカールはメイド達と自分の恰好、そして避妊具を見て頭を抱えた。



「こ、これは……そうか、ヤッてしまったのか」

「……なぁカール。こういう時、どうすればいいのか分かるか?」


「ど、どうすれば……いいのだろうか?」

「教えよう。いいか、彼女達が起きたら――――」


 カールと念入りに打ち合わせをする。ベッドの上の赤いシミを見たカールは顔を青くし、避妊具を見ては安堵の表情をしたりと忙しない。


 頭の痛みなどとうになくなっているようだ。


 そしてついに彼女達の目が開く。


 それを確認した俺達は打ち合わせ通り、ベッドの上で呆けている彼女達をベッドの下から見上げつつ―――



「「――――申し訳ございませんでしたっっっ!!!!」」


 土下座。それもただの土下座ではなく全裸土下座である。


 殿下が頭を下げた事に対し、全裸にシーツを纏っただけの煽情的な格好のメイド達が、慌ててベッドを降りて殿下に近づき声を出す。


 頭を上げてくれ、そして服を着てくれ。自分達は子供ではない、同意の上での行為である。


 むしろ初めてを殿下に捧げられて光栄だ。殿下の立場的に何の問題もない、殿下に優しくされて嬉しかったなどなど。


 殿下殿下殿下って、もしかして俺は何もしてないんじゃね……? と思ったが口には出さず、彼女達に頭を下げ続けた。



 その後、服を着た彼女達はテキパキとカールの私室を掃除し、ベッドメイキングまで完璧に終わらせた。


 プロである。つい数時間前に初めてを失った女性とは思えない動き。


 そんな彼女達を眺めながら、俺達は部屋の隅で彼女達が用意してくれた飲み物をチビチビと飲んでいた。


 というかこれコーヒーだぞ? コーヒーまであるのかよ、ここほんとに異世界?


 しかし、これが王子様の部屋か? 一切の芸術品がない代わりに、空になった高級そうな酒瓶やパッケージが飾ってあるんだが。


 まぁ焼酎とかのパッケージってかっこいいから、集めてしまう事の理解はできるけど。


 そんな事を考えていると仕事を終えたメイド達は退室する。出て行く際に女の顔をして、王子に視線を送る辺りが流石としか言いようがなかった。



「……なんとか、なったようだな」

「そ、そうだね」


 この部屋で起こった乱痴気騒ぎ、そんな痕跡は一切ない。ものの十数分で部屋は完璧に整えられ、空気ですら爽やかな物に変えられていた。


 容姿も良くメイドとしても完璧。そんな素敵な女性達との情事だが、全くと言って良いほどに覚えていないのが残念でならない。


「しかし楽しかったよ。こんなに楽しかったのは数年ぶりだ……ほとんど覚えてないけどね」

「それは良かった。あのメイドさん達の事、うまくやってくれよ?」

「あぁ、任せてくれ」


 王子であるカールはいいが、俺は別である。訴えられる可能性がないとは言い切れないので、うまくやってもらわなくては困る。



「なぁヨルヤ。また一緒に飲んでくれるだろうか?」

「もちろん。ただまぁ、ほどほどにしような」


 そんな事を苦笑いしながら言いつつ、俺達も身支度を整えた。この後、再び謁見の間で召喚についての説明が行われるらしいので、それに参加しなくてはならない。


 俺とカールは肩を並べながら部屋を出て、謁見の間へと急いだ。



『クエストクリアーを確認しました』


【特殊クエスト――――私の酒友は王子様】

【クリアー報酬――――10ギフトポイント】



 ……ってなんかまた声が聞こえて何か出て来たけど。どうやって使うんだよ? この10ギフトポイントって?


 いやしかし、友達が出来たのって久しぶりだなぁ。

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