第5話 わたしはやっていない(2)

 回廊を走り抜け、少女は中庭まで来て、ようやく足を止めた。

 

 大きな木があったり、複雑に入り組んだ生垣が作られている中庭には人影はなく、ほんのひとときであっても、少女は1人きりになることができた。


 思わず、本音がこぼれる。


「どうしてみんな、ひどいことをするの? わたしが『雑草』だから……?」


 ニニスは、少女が宝石を盗んだように見せようとしていた。


「どうしてわたしは『雑草』なの?」

 

 少女は悔しそうに言葉を吐き出す。


 みゃーん。


 その時少女は、まるで自分の言葉に応えるように鳴いた、小さな声を聞いた。


 みゃーん。

 みゃーん。


 少女が驚いて周囲を見回すと、黒と白の毛並みの子猫を見つけた。

 白い髪の下で、少女の目は大きく見開かれている。


(昨夜の、猫……?)


 少女は笑顔になると、猫に両手を差し出した。


「おいで」


 そう言うと、子猫は、みゃ、と鳴きながら、少女の膝に乗った。


「かわいい」


 子猫は膝の上で、身体を伸ばすようにして、少女の顎に頭をこすりつける。

 少女は細い指先を伸ばして、柔らかい子猫の体をしっかりと抱きしめる。

 少女は自分の頬が緩んで、微笑みを浮かべているのに気がついた。


「まるでお友達のようね?」


 少女がそう言うと、猫は肯定するかのように、みゃーんと鳴いた。

 その時、背後から、低い声が響いた。


「何なの、その猫は。『雑草』」


 恐ろしく不機嫌な様子で、ビアンカがそこに立っていた。


「この泥棒! お母様の宝石を盗んだかと思えば、今度は屋敷に野良猫を引き込む気? 本当にずうずうしい子ね。一体、あんたは何様なのよ? あんたなんか」


 ビアンカの青い瞳が『雑草』を睨みつける。


「あんたなんか、『雑草』のくせに」


 ビアンカの後ろにニニスが現れた。

「ビアンカ、その猫を始末しなさい。こんな汚らしい猫は、屋敷に置いておけない」


 その言葉に、少女はひゅっと息を呑んだ。


(始末……!?)


 少女はビアンカの手が、子猫の首を無造作に掴むのを見た。

 義母と義妹には、何度も何度も、数え切れないほど、傷付けられてきた。

 彼らが自分を憎むのはわかる。

 自分は醜いし、気もきかないし、見ているだけでイライラするのだろう。


 でも、この子猫は違う。

 この子は、何にも悪いことをしていないのに。

 

 少女は自分でも気付かずに、歯を食いしばり、長い前髪の下から、ビアンカを強い視線で睨みつけた。


 ふわり、と少女の前髪が揺れ動いた。


「なっ」

 ビアンカは、その瞬間、動揺したように見えた。


 少女は澄み渡るような、美しい空色の目で、ビアンカをまっすぐ見つめている。


「な、何なの、その目は。『雑草』のくせに! 逆らう気なの!?」


 ビアンカはそう叫ぶと、猫を掴んだ手に力をこめた。

 苦しそうな子猫の鳴き声に、少女は叫んだ。


「や め て!!」


 中庭に少女の声が響き渡った。

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