第2話 わたしはやっていない
翌朝、『
中庭を見渡す、大きなガラス窓から明るい光が差し込んでいる。
食堂に
そこにニニスとビアンカの2人が座っている。
ニニスとビアンカの前には、すでに果物のプレートと、卵料理とソーセージ、ジャガイモの付け合わせを
ワゴンの上には、温かな野菜のポタージュの入ったフタ付きのボウルと、冷めないように清潔なフキンに包まれ、カゴに入れられたパンが見える。
温かな料理の匂いに、めまいがするようだ。
少女のお腹が小さく、くう、と音を立てた。
それでも、少女はレードルを握ると、こぼさないように気をつけながら、ポタージュをスープ皿によそった。
無事に2人にポタージュを出すと、ビアンカが口を開いた。
「パンを
「かしこまりました、お嬢様」
少女はトングで丸みのあるパンをつかむと、ビアンカの前にあるパン皿に載せる。
ビアンカは満足そうにパンを手に取り、そして。
ぽとり、と無造作に床に落とした。
ビアンカは少女を見ることもなく言った。
「早く片付けなさい、『雑草』。つまみ食いをしたら許さないわよ」
「は、はい、ただいま……」
少女は慌てて床に
つかもうとして、一瞬、手が震える。
昨日の食事は、夜に食べた固いパンと、薄いスープだけだった。
今朝は何も食べていない。
(このパンを今、ポケットに入れられたら……!!)
少女が床の上のパンをじっと見つめていると、いつの間にか食堂に入ってきたメイドの手で、パンはすぐに取り上げられ、これみよがしにゴミ箱へと捨てられた。
「グズグズしないでよ、『雑草』。本当にあんたは役に立たないんだから」
少女はうなだれた。
「申し訳ございません、お嬢様」
* * *
少女の目の前にまるで果物のような、色とりどりの宝石が並んでいた。
ニニスのお気に入りの商人が、次々に
少女が悔しがると思って、ビアンカはわざと少女を部屋に呼んだ。
買い物を見せつける必要なんてないのに、と少女は思った。
豪華な宝石も、少女には何の意味もないのだから。
(お腹がすいた。あのパン、食べられたら、よかったのに……)
少女が考えているのは、朝食の席での、床に落とされたパンだった。
いつも空腹を抱えている少女には、床に落ちたパンの方が、宝石よりよほど大切なのだった。
その時、ニニスはすっと立ち上がると、ずらりと並べられた宝飾品の中から、赤い宝石の付いた小さなブローチを取った。
無言で少女に近づくと、少女の右手にブローチを握らせる。
「何を……」
少女が困惑してニニスを見上げると、ニニスは、ニヤリと笑った。
「『雑草』、何てことをしているの? ブローチを盗むなんて、さあ、返しなさい!!」
ニニスの大声に、少女の顔が一気に青ざめる。
「あ……」
小さな手に握らされたブローチを、少女は見つめた。
(「申し訳ございません、奥様」、じゃない!」)
だって、わたしは何もやっていないのだから。
少女はブローチを放り出すようにしてテーブルに置くと、後ろを見ることなく、サロンを飛び出した。
少女は中庭まで来ると、ようやく足を止めた。
大きな木があったり、複雑に入り組んだ
思わず、本音がこぼれる。
「どうしてみんな、ひどいことをするの? わたしが『雑草』だから……?」
「どうしてわたしは『雑草』なの?」
その時少女は、まるで自分の言葉に応えるように鳴いた、小さな声を聞いた。
みゃーん。
みゃーん。
少女が驚いて周囲を見回すと、黒と白の毛並みの子猫を見つけた。
「おいで」
そう言うと、子猫は、みゃ、と鳴きながら、少女の膝に乗った。
「かわいい」
子猫は膝の上で、身体を伸ばすようにして、少女の
少女は自分の
「まるでお友達のようね?」
少女がそう言うと、猫は肯定するかのように、みゃーんと鳴いた。
その時、背後から、低い声が響いた。
「何なの、その猫は。『雑草』」
恐ろしく不機嫌な様子で、ビアンカがそこに立っていた。
「この泥棒! お母様の宝石を盗んだかと思えば、今度は屋敷に野良猫を引き込む気? あんたは何様なのよ?」
ビアンカの青い瞳が『雑草』を
「『雑草』のくせに」
ビアンカの後ろにニニスが現れた。
「ビアンカ、その猫を始末しなさい。こんな汚らしい猫は、屋敷に置いておけない」
少女はビアンカの手が、子猫の首を無造作に
義母と義妹には、何度も何度も、数え切れないほど、傷付けられてきた。
彼らが自分を憎むのはわかる。
自分は醜いし、気もきかないし、見ているだけでイライラするのだろう。
でも、この子猫は違う。
この子は、何にも悪いことをしていないのに。
少女は自分でも気付かずに、歯を食いしばり、長い前髪の下から、ビアンカを強い視線で睨みつけた。
少女は澄み渡るような、美しい空色の目をしていた。
「何なの、その目は。『雑草』のくせに! 逆らう気なの!?」
ビアンカはそう叫ぶと、猫を掴んだ手に力をこめた。
苦しそうな子猫の鳴き声に、少女は叫んだ。
「や め て!!」
中庭に少女の声が響き渡った。
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