第3話 わたしは『雑草』(2)

 少女は、ギシギシ音を立てる急な階段を、ゆっくりと登っていた。

 右手には小さなコップを、左手にはパンを握っている。


(気をつけて……落とさないように……食べ物はこれしかないのだから)


 今日は、朝食も、昼食も食べていない。

 そんな少女にコックが与えてくれたのは、硬くなったパンと、縁の欠けたコップに入れた薄いスープだけだった。


 少女は疲れて棒のようになった足を、必死で持ち上げて階段を上がる。

 裏階段を一番上まで上がり、ようやく屋根裏部屋のドアを開けた時には、ほっとした。


「服が濡れてしまったわ。着替えなきゃ……。でも、着替えがないんだった。明日までに乾くといいけど」


 少女は服を脱いで、窓枠に掛ける。質素な綿のシュミーズ姿の上に、薄く汚れた毛布を被った。


 無言で固いパンを割り、口に含むと、コップの中身を飲み込んだ。

 食事にかかった時間は、ほんの数分。

 それでも、喉を通るスープの水分はありがたかったし、パンが食べられることが、涙が出るほど嬉しかった。


 食べ終わってしまえば、この殺風景な屋根裏部屋では、何もすることがない。

 読む本もないし、日記帳とペンもない。

 練習する楽器も、刺繍の型紙も……。


「針と糸があれば、服の破れたところを繕うことができるのだけど」


 すでに夜の闇が迫った室内は、薄暗かった。

 物音ひとつしない。


 少女は部屋の中では、強いて独り言を呟くようにしていた。

 自分自身に話しかけてあげるのだ。


「ともかく寝よう。寝れば……明日になれば、なんとかなる……明日はきっと……」


 そう言って、傾いたベッドに横になった時だった。


 カリカリカリカリカリ……


 かすかな物音が、窓ガラスのすぐ外から聞こえてきた。


「えっ!?」


 少女はぱっと起き上がると、窓に駆け寄る。


 みゃーん。

 みゃーん。


 少女は驚いて窓の前に立ち尽くす。


「……猫!?」


 もちろん、猫なら屋根を伝って、屋根裏部屋まで来ることは可能だ。

 猫は身軽だし、あちこち登るのが好きな子も多い。


 少女は急いで窓を開けようとするが、古くて錆びついた窓は重く、窓を開けることはできなかった。


 みゃーん。

 みゃーん……。


 少女が窓に顔を押し付けると、暗闇に溶けるようにして、小さな、黒と白の子猫の姿を見ることができた。


「かわいい……」


 少女の顔に、その日初めて、笑顔が生まれた。

 窓を開けることはできないけれど、少女は窓ガラス越しに、愛らしい子猫の姿を見た。


「わたしに会いに来てくれたの? いい子ね。まるでわたしの本当のお友達のよう」


 子猫は、再び、カリカリと窓ガラスを引っ掻いて、中に入れるか確かめているようだった。


 どうしても中に入れないとわかると、猫は残念そうに、みゃう……と鳴いて、屋根を伝って、歩いて行ってしまった。


 ほおっと息を吐いて、少女も再びベッドに戻る。


 * * *


 少女の長い1日は、こうしてようやく終わった。


 少女はベッドに倒れるように横になり、眠りに落ちたが、もう前のように悲しい気持ちではなく、心のどこかが、ぽっと温かくなった、そんな感覚の中で眠ることができたのだった。

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