第32話 夜の一時
地上が深夜に差し掛かった頃。
通路で見張りをしていた俺は、ふと気配を感じて声をかける。
「お前も眠れないのか? ライナライア」
「……気付かれていたか」
陰から現れたライナライアは言った。
「見張りの交代時間は過ぎているぞ。次はベルだろう?」
「いいんだ。どうせまだ眠れそうにないからな」
「同感だ。自身の神経の細さを実感してしまうよ」
「いや、俺はワクワクしてしまって眠れないのだ」
「子供じゃあるまい……。それに私にだけ弱音を吐かせたな?」
「ふっ、勝手に言ったことだろう?」
俺は笑いながら、コインを弾いてはキャッチする癖を繰り返す。
するとそれを見ていたライナライアから訊ねられた。
「そのコイン。大事な物のようだな」
「……まあな」
「珍しい銀貨か? よければ近くで見たい。貸して貰っても?」
「いや、すまないが渡すのはダメだ」
「そうか、こちらも無理に借りるつもりはない。なに、軽い興味からだ、気にするな」
ライナライアに恥をかかせた上に、気まで使わせてしまったな。
そう感じ、せめてもと事情を話し出す。
「まだ幼い時分の、両親に連れられて参加した貴族達の集まりでのことだ。その頃の俺は魔法が使えないことの重大さをようやく実感し、この先の人生を悲観し、絶望していた」
ライナライアは静かに相づちを打った。
続ける。
「そんな時期だったんだが、俺は同世代の貴族の輪から離れ、一人庭園で泣いていたんだ。すると一人の高貴な少女が――ああ、身なりから察しただけで本当の身分や家はわからないのだが、とにかく少女がやってきてハンカチで涙を拭ってくれたのだ。それが嬉しくて、愚かにも魔法が使えないという秘密と悩みを少女に打ち明けてしまった。するとこの少女は共に本気で悩み、ならば魔法以外でがんばればいいとも言ってくれたのだ。ならば剣をと、この時固く誓ったのだよ」
「……そんなことがあったんだな。それで、まさかそのコインは……?」
「ああ、その少女から別れ際に貰ったものだ。勇気が欲しい時は、これを見て今日の決意を思い出して――と」
「……なるほど、大事なものなわけだ」
「うむ。のちに少女が誰だったのか突き止めるためにもコインのことを調べたのだ。どうやらこれは古代の稀少な銀貨のようなのだが、いつの時代のどの国のものかまでは記録を見つけられなかった。ますますわからなくなったよ」
「……一つ疑問なんだが、そんな大事なコインをなぜ戦闘時に弾いているんだ?」
「それを落とさぬよう、素早く動く訓練をアリネから課されていたのだ」
「……鬼畜だな」
「いや、鬼そのものだ。あの強さとオーラを見ればわかるだろう?」
「ふふっ、違いないな」
そう笑ってからライナライアは提案した。
「どれ、やはり私にコインを見せてみろ。何かわかるかもしれんぞ? もちろんお前が持ったままでいい」
「そうか? それならば……」
俺は掌に乗せたコインをライナライアの顔に近付けて見せた。
すると彼女の表情がすぐにひきつる。
「どうした?」
「……これはハガン王国時代の銀貨だ。とっくの昔に滅び、記録上でしか名前も残っていない。そしてその名が載っている記録すら限られている。見付からないわけだ」
「そうだったのか……」
ライナライアから知らされた事実にハルノは戸惑った。
「なぜそんな貴重であろうコインを、あの時の少女は持っていたんだろうか……」
「わからない」
「それとこのコインを見た時のお前のあの反応はなんなのだ? ハガン王国とはなんだ? 知っていることがあれば、隠さず教えてくれ」
ライナライアはしばらく逡巡したのち、重い口を開く。
「あくまで記述上でのことだが、ハガンは子供を神への供物に差し出したり、殺し合いを娯楽として見世物にしたり、邪悪を体現したような王国だとされている。だから伝えようか迷ったのだ」
「そうか……」
かつて存在した邪悪な王国のコインを持った、高貴な少女……か。
俺は複雑な感情と共にコインを握り締めた。
どうやら今日は、このまま眠れそうもないな……。
◇
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