第21話 先触れ、ヘルハウンド

 その時だ。

 なんの前触れもなく、視界がぐにゃりと歪む。

 更にはノイズが走り、今見ている景色が突如荒廃したものに見えたり、明度が変わったり、ダブって見える物のその片方が、やはり退廃して見えたり、これまでに無い異常に襲われた。

……なんだ、これは。

 もしや星剣を手にしたせいだろうか? 

 そう考えているところへ、タリアが瞼を擦りながら言う。

「……あれっ、私疲れてるのかな? なんか目が変かも……」

「タリアもか!?」

「えっ、ハルノ君も?」

 ならばこれは自分だけの症状ではなく、実際に起こっていることなのか!? 

「何かおかしい。タリア、注意しろ!」

「う、うんっ」

 ビキビキと景色の一部にひび割れが入った。

 そのありえない光景を見守っていると――。

――パキッ! 

 割れた景色の奥から、牙と殺意を剥き出しにし、尖った耳の獣が唸りながら現れる。

「グルルルルッ!」

 タリアは怯えながら言った。

「なっ、なにこのモンスター!? 今、どこからっ!? でもこの姿……書物で見たことがあるっ! ヘルハウンドかもしれないっ!」

「なっ!? ヘルハウンドだとっ!?」

 ヘルハウンドは魔族達が使役する凶悪な番犬獣。

 間違ってもこんな都会の真ん中に居るはずの無い、高レベルのモンスターだ。

 まさか、俺が星剣を手にしたことと関係が? 

 しかし、そんなことを考えている場合ではない。

「ゥゥゥヴァオゥッ!」

 唾液を撒き散らしながら吠え、ヘルハウンドが威嚇する。

 いつ襲いかかって来てもおかしくない状況だった。

 タリアが言う。

「確かヘルハウンドは氷の魔法を使うから……ハルノ君! 星剣に魔力を込めて、火の属性にしてみてっ!」

「ど、どうすれば!?」

「燃える火や、熱をイメージするのっ!」

「わかった!」

 魔力を込めるという感覚が俺にはよくわからなかったが、剣を自身の一部と考え、扱うことは得意だった。

 きっと、そういうことなのだろう。

 そして言われた通り、熱く燃える炎をイメージすると、一際眩しく赤い星が光り輝いた。

 同時に刀身が炎を纏い、さらにはその火が俺の体をも包もうと伸びる。

「なっ、なんだ!? 熱っ――くないぞ!?」

 それを見たタリアは驚きながら言った。

「ハルノ君凄いっ!? いきなり装火(オーバーフレイム)を使いこなしてるっ!?」

「よくわからないが、悪いものではないんだな!?」

「うんっ! 火属性の力が増しただけじゃなく、火の鎧によって火属性のほぼ無効化と、水属性への耐性もついたんだよっ!」

「よくわかった!」

 つまり、ヘルハウンドの相手をするのにこれ以上ないくらいに有利だということ。

 ヘルハウンドが頭を下げて脚を溜め、今まさに飛びかからんとしている中、俺はいつもの調子でコインを弾いてから斬りかかる。

 ダッ! 

 火の轍を後に残し、炎の半月がヘルハウンドを焼き斬る。

 ゴバァッ! 

「ギャオォォンッ!?」

 火刀炎怒(ヒートエンド)。

 装火(オーバーフレイム)を解いた俺は元居た場所でコインをキャッチし、背後でヘルハウンドは燃え尽きた。

「す……凄い。ヘルハウンドを一撃で……」

 衝撃を受け、元より大きな目を更に円くするタリアへと、星剣を持て余しながら俺は訊ねる。

「……ところでだが、この剣の鞘はどこだ?」

「あっ、ごめん鞘は無いのっ! でも魔力を込めた戦闘状態でない限り切れたりしないから安全だよっ!」

「いや、そうではなくて、悪目立ちし過ぎると思うのだが……」

「それもそうだよね……。鞘は明日中には用意しておくから、とりあえずはまた布にでも包んで……ねっ? てへっ」

 てへっじゃないがとは思ったが、可愛いからヨシ! 

 そう思うのだった。

――浮かれていたのだろう。

 俺は星剣に選ばれたことで。

 タリアは星剣の持ち手を見つけたことで。

 それぞれが失念していた。

 夢と現実の景色のフラッシュバック。

 そしてなぜ突然こんな場所に、ヘルハウンドなどという高レベルモンスターが出現したのかという大きな問題を――。

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